14 ドローン
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結局、輝夜に好意を持つ男性は一人もいなかった。皆、グランパの権威とか、功名心とか、そういった理由で求婚してきたのだ。好きでもない人に好かれるのを負担に思っていたが、気が楽になった。
品評会の後半はただのお茶会となり、お茶請けにアスラン殿下に渡したお菓子などを振る舞ったら、好評だった。
「これはアポーの実ではないですか!乾燥させるなんて、斬新ですね!」
「え? アスラン殿下も道中、これを召し上がったのですか?」
「製造法を教えていただけますか? 我が領で販売しても?」
もちろん、レシピも喜んで教えた。特産品を作りたい領主の皆さんとは、後日、相談に乗る約束もする。溺れて医務室に運ばれた、マノロ・ストーンという青年もいつの間にか復活して、
「我が領自慢の塩です。お納めください。実は、輝夜様の開発された“ユズ茶”を知って、お近づきになりたくて。この塩を王都で売りたいのですが、お力を貸していただけますか?」
と、上等な塩をくれた。輝夜は喜んで協力を約束した。夕方には、最後のお客様を見送り、お茶会は終わった。
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輝夜はテーブルに並んだ名刺を見て、祖父に礼を言った。
「ありがとう、グランパ。私に仕事を回す為に開いてくれたんだね、これ」
「それはついでだ。負け犬どもを追い払う事。それからアスランの力を知らしめる事が目的だった」
それを聞いて思い出した。アスラン殿下は、亜人の里の方へケガレを調べに行ったきりだ。心配していたら、夕食も終わった頃に帰ってきた。
「お帰りなさい!」
「ただいま。これを次郎丸とローズ殿から預かったよ」
殿下は手紙を渡してくれた。久しぶりに両親の字を見て、輝夜は涙が出そうだった。
「ありがとうございます…」
食堂で遅い夕食を食べながら、殿下は里の様子を教えてくれた。ケガレが出たものの、被害は無く、両親も元気だそうだ。そこへ、グランパが来た。
「戻ったか。ケガレはどうだった?」
「出たのは夜だったので、もういませんでした。ただ、出現地に死骸があったので、持ってきました」
殿下は魔法の収納から、紐でグルグル巻きにされた包みを出した。
「死骸だと? そんなもの、今まで見た事ないぞ」
何でも、ケガレは、太陽の光に当たると消えるらしい。まるで吸血鬼だ。
「ローズ殿から陛下に手紙を預かっています。この死骸はおかしな点が多く、まるでゴーレムのようだと。ですが、魔力は感じられないんです」
グランパは渡された手紙を読んだ。そして包みを慎重に開けた。中からは、妙につるりとした黒い物が出てきた。輝夜は驚きの余り、ガタンっと椅子を倒して立ち上がった。
「!!」
それは、小型のドローンだった。
「どうした? 輝夜」
「輝夜嬢?」
祖父と王子が彼女を見る。急にドローンに電源が入った。プロペラが回り始め、飛び上がると、輝夜の目の前で静止する。そして滑らかな日本語の音声が流れた。
「充電完了。再起動します。ーー月出輝夜様。こちら子供家庭庁です。お迎えに参りました」
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アスランは剣を抜こうとしたが、陛下が「よせ!」と制した。輝夜嬢に近過ぎて斬れない。すると、小型のケガレは聞いた事もない言語で話し始めた。
輝夜嬢は真っ青な顔で答えた。こちらも未知の言語だ。攻撃する様子が無いので、アスラン達は警戒しながら、様子を見た。数回、ケガレと彼女の間にやり取りが行われた。
「嫌っ!!」
何を言われたのか、彼女が突然、ドアに向かって駆け出した。しかし、身体を強張らせたかと思うと、パタリと倒れてしまった。陛下が叫んだ。
「アスラン!斬れ!」
王子は一瞬でケガレを真っ二つにした。それは床に落ち、動かなくなった。陛下が倒れた孫娘を抱き上げ、彼女の部屋に運んだ。完全に気を失っている。アスランは何が何だかわからなかった。
「今のは一体何ですか? 輝夜嬢は何と言っていたんです?」
「私も知らない言語だった」
数百年を生き、叡智の結晶のような陛下ですら、知らない言葉。二人は無言で食堂に戻り、床に落ちた黒い物体を調べた。
「ローズの言う通り、魔力ではなく、未知の動力で動いていた。瘴気も出しておらず、陽の光でも消えない。ケガレでは無い、ということだ」
「輝夜嬢は何故、これと話せたんでしょうか?」
「恐らくだが、これと同じ世界から来たからだ。知らぬ言葉だったが、大意は分かった。あれは輝夜を迎えに来た、と言っていた。償いは終わった。この穢れた地から帰る時がきた、とな。だが、輝夜は嫌だと拒否した」
アスランの全身の毛が逆立つのを感じた。
「では、彼女が気を失ったのは…」
「雷魔法のような気配だったが…分からん。これ以上は、本人が目を覚ましたら訊こう。今夜から、警備を増やすぞ」
エルフ王は結界の強化をすると言って、出ていった。アスランは、輝夜嬢の部屋の前で不寝番をすることにした。何かが彼女を連れ去ろうとしている。それは彼にとって、初めての憎むべき“敵”であった。
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ドローンは言った。
『月出さんの刑期は終了しました。お疲れ様でした。衛生・医療の劣悪なこの世界から、お戻りになれます』
『戻る? 私、死んだんでしょ?』
彼女は久しぶりの日本語に苦労しながら訊いた。
『いいえ。現実世界の時間では数日しか経過していません。月出さんのお身体は、病院で眠っています』
『どうやってそんな事が可能になったのよ!ワープだってタイムマシンだって、実現してなかったわ!』
『詳細は国家機密です』
『帰ったって、どうせ結婚しなければ、別の罰則があるんでしょ?』
『はい。先日、DNA婚が義務化されました。おめでとうございます。すでに相手の方は了承しています』
『嫌っ!!』
輝夜は逃げ出そうとした。しかし、激しい痛みを感じて気を失った。スタンガンだ。




