13 宝の品評会・後篇
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「さあ、残るはお二人!ここは順番に兄王子から行きましょう!イシドール殿下、お願いいたします!」
第二王子は、不機嫌そうな顔で立ち上がった。
「知能指数はなんと228!ルナニアが誇る天才が選んだのは、『オリハルコンの水盤』!作れるのはドワーフだけと言われる逸品です!」
「…」
イシドール王子は無言でワゴンの布を取った。銀よりも光沢のある、大きな平たい器が出てきた。一見、普通の水盤に見える。
「国交のあるドワーフ族に作らせました。オリハルコンの剣でも切れなかったので、本物だと思われます。どうぞ、ご確認ください」
淡々と説明し、審査員の前に水盤を置く。グランパはやおら剣を抜き、振り下ろした。キイーンという嫌な音が響くが、剣も水盤も無傷だった。
「ふむ。確かにオリハルコンでできている」
「では、本物ということですね?」
無表情の王子が確認する。しかし、グランパが逆に尋ねた。
「試したのは、切れるかどうかだけか? 水を張ってみたか?」
「いいえ」
グランパは、置いてあった水差しの中身を、水盤に注いだ。数秒待ってからグラスに汲み、イシドール王子に手渡した。
「飲んでみろ。本物の『オリハルコンの水盤』なら、酒になっているはずだ」
一口飲み、イシドール王子は顔を顰めた。どうだったのだろう。皆が結果を見守っていた。
「ただの水です。…これまでの流れだと、本物をお持ちなんですよね?」
「まあな」
グランパが手を振ると、ゴーレムが同じような水盤を運んできた。中は空。そこにセバスさんが再び水を注ぐ。すると、みるみる葡萄色に染まった。「お飲みになりたい方!」という呼びかけに、手を挙げた男性が飲んだ。
「上等なワインだ!」
輝夜は胸を撫で下ろした。本物じゃなかった。だが、イシドール王子はサッと手を挙げた。
「異議あり。貴方は元から『オリハルコンの水盤』を持っており、その特徴も知っていた。我々の知り得ない情報を後から出すのは、不公平です」
「確かに。ドワーフ族は、酒に変える機能をわざと付与しなかったのだろう。本当に性根の捻じ曲がった連中だ。では、半分合格だ」
会場がどよめいた。半分とは言え、初めて合格者が出たのだ。輝夜はギュッと手を握りしめた。王太后様が優しく背を撫でてくれた。
「おめでとうございます!さて、最後はこの方、第三王子クラウス殿下です!」
「きゃーっ!!クラウス様ーっ!」
黄色い歓声が上がり、クラウス王子が登場した。
「ルナニア王国一の色男!嘘か真か、誕生日には千人の乙女が駆けつけるとか!さあ、出していただきましょう!『世界樹の枝』を!」
「君に言われてもね。嫌味にしか聞こえないよ」
クラウス王子はセバスさんの肩をポンと叩いてから、審査員席に向かった。美男のツーショットに、令嬢が卒倒する。彼がワゴンに掛けられた布を取ると、キラキラと煌めく宝飾品が現れた。
「僕は知り合いの商人に頼んで取り寄せました。でも、どう見ても小枝型のブローチなんです。どうせ本物をお持ちなんでしょう? 並べてみてください」
「正直だな。これが『世界樹の枝』だ」
グランパは小枝ブローチの横に、虹色の葉が繁る枝を置いた。色味は似ているが、ブローチはオパールのような宝石と金の台座でできており、人工物であるのは瞭然だ。しかし、輝夜がホッとした次の瞬間、2つの宝物は燦然と輝き始めた。
「!」
人々が凝視する中、世界樹の枝から根が出てきた。根はブローチを取り込み、ワゴンを伝って地面に着くと、そのまま地中に潜った。あっという間に、小さな木が生える。その根元には、金の台座だけが落ちていた。
「陛下。これは一体?」
クラウス王子が驚いた顔で訊いた。グランパは虹色に輝く若木と、ブローチの残骸を見比べ、答えた。
「お前が持ってきたのは、世界樹の葉の化石だ。死して尚、芽吹きたかったのだろう。アスランが切ったばかりの枝に、自らを吸収させたのだ。凄まじい生命力だな。よろしい。半分合格だ」
「…僕の聞き間違いでなければ、今、アスランが切ったとおっしゃいました?」
第三王子の言葉に、会場がざわめいた。
「そうだ。『不死鳥の羽』も『ドラゴンの魔石』も『人魚の涙』も、アスランが魔物を倒して手に入れた。『オリハルコンの水盤』だけは、ドワーフの族長と飲み比べをして勝ったそうだ」
「そのアスランは、何故この場にいないのです?」
「どこぞでケガレが出たらしい。午前中に王命が来て、調査に向かったぞ。昨夜戻ったばかりなのに、よく分かったな。お前の父は、なかなか良い密偵を飼っている」
「そうですか…」
クラウス王子は席に戻った。セバスさんが品評会を締め括る。
「これにて品評会は終わりです!お時間がある方は、この後、大広間でお茶をどうぞ!宝物を間近で見るチャンスですよ!アスラン王子が冒険の旅に持参したお菓子などもご用意してあります!」
大半の人はゾロゾロと獅子宮の中に移動していく。王太后様、弟王子達は別室に案内されていった。輝夜とグランパは、お客様をもてなすために大広間に向かった。
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「お二方には、輝夜姫との半日デート権を差し上げます。希望日はありますか?」
無駄に美しいエルフの執事が訊いてきた。イシドールは全く気乗りしないので黙っていた。彼の従者が主人に代わって答えた。
「再来週の土曜しか空いておりません」
「偶然だね!僕もそこしか空いてないよ。じゃあ、午前中は兄上、午後は僕にしようか」
弟が勝手に決める。兄は素っ気なく答えた。
「どちらでも良い。何時間も拘束する必要は無い。少し茶でも飲んで、そちらから断ってくれ」
元々、父に命じられて求婚しただけだ。大金をはたいてあんな水盤を作らされ、しかも偽物だったので、彼は腹を立てていた。輝夜嬢はともかく、祖父であるエルフ王は狡猾で好きになれない。こんな縁談、早く片付けてしまいたかった。
「承知いたしました。では暫し、お休みください」
執事は出ていった。その後、やけに似た顔の侍女達が茶を淹れて、下がる。豪華な応接間に、祖母と二人の孫、それぞれの従者だけが残った。
「何を怒っているのです? イシドール」
王太后が茶を飲みながら尋ねた。第二王子はイライラして、本音をぶつけた。
「アスランの華々しい復活に利用された事ですよ。リッチマン侯爵が寝返ったら、私とクラウスは暗殺されるでしょう。それもこれも、お婆様が、エルフ王の孫をアスランに近づけたせいです」
「言葉に気をつけなさい!アスランは、何一つ与えられなかった子ですよ。どれほど冷遇されてきたか。弟が呼び捨てにするぐらいね!」
祖母は激昂し、音を立てて茶器を置いた。二人は睨み合った。
「我々が安穏と生きてきたとでも? 常に父や侯爵の顔色を伺い、日和見主義者達に金をばら撒いてきた。それが全て、無駄に終わったんです」
「アスランには人としての尊厳すら無かったわ!それを取り戻しただけよ!」
「内戦の危機だと申し上げている。そんな事もお分かりにならないのか」
「!!」
「まあまあ。お二人とも、その辺りで」
クラウスが仲裁に入った。彼は真剣さのカケラもない口調で提案した。
「兄上。獅子宮に玉座が置かれても、僕達が生き延びる道が一つあります。輝夜姫を籠絡すれば良いんですよ」




