10 求婚の条件
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輝夜は獅子宮で働き始めた。でも有能なゴーレムが沢山いるので、彼女の仕事が残っていない。たまに殿下にお茶を入れて差し上げるくらいだ。暇なので、同じく暇そうなグランパに魔法を教えてと頼んだが、魔力が全然足りないと言われた。
「そんなに落ち込むな。人族の99%はそんなものだ」
居間の隅でしくしくと泣く孫を、祖父は優しく慰めた。殿下やグランパみたいに、跳んだり火の玉を放ったりは出来なくて良い。冷めたお茶をパッと温められたら、素敵だと思ったのに。
そこへ、殿下が出張から戻ってきた。大きな籠いっぱいの、黄色い果実を持っている。今日のお土産だろう。輝夜は駆け寄って出迎えた。
「お帰りなさい!何ですか? それ」
「ジュノスの実とか言ったな。南方では搾り汁を料理にかけるらしい」
籠を受け取ると、柑橘系の爽やかさの中に、覚えのある和風な香りがした。柚子だ。嬉しくなった輝夜は、数個をもらって、柚子茶を作った。よく洗った果実から種を取り除き、搾り汁と刻んだ皮を砂糖と蜂蜜で漬け込む。お湯に入れて飲むと、風邪予防に良い。
(誰に飲んでもらおうか。グランパは…風邪引きそうにないな。殿下も。あとはゴーレムか…)
自分で消費するしかないなぁと思っていたら、セバスさんが、王太后様がお風邪を召したらしいと教えてくれた。なので、柚子茶を献上することにした。
王族に差し上げるので、グランパに頼んで、殺菌と保存の魔法をかけてもらった。すると、
「解毒魔法も追加しておいた。これで輝夜に毒殺の疑いはかからない」
などと、恐ろしいことを言う。孫は笑ってツッコんだ。
「またまた。ご冗談を。芝居じゃないんだから」
「冗談なものか。この宮に搬入される食品の一割には毒が入ってるぞ」
「ええっ?!」
輝夜は思わず喉を押さえた。グランパは首を振った。
「大丈夫だ。セバスが弾いている。そもそも、我々には毒は効かぬ。アスランも恩寵に護られているしな。盛った奴にその毒が返るようにしてあるから、今頃は死んでるだろうよ」
「ひえええ!」
「甘いな。我々が何百年生きてると思ってるんだ」
祖父は極悪な笑みを浮かべた。でも、毒を盛るなんて、酷い。アスラン殿下は、無償で壊れたインフラを直して回っているのに。
輝夜は複雑な気持ちで、柚子茶をセバスさんに託した。後日、回復した王太后様から、レシピを教えてくれと手紙が来たので、喜んでお教えした。すると、茶寮から王城、果ては王都中に流行ったそうだ。南方の産地も潤ったらしい。
(誰かの役に立った!)
それが何より嬉しかった。
◆
輝夜嬢は、アスランが持ち帰る野菜や果物を使って、新しい特産品が作れないか、日々研究している。茶寮を出てから元気が無かったので、良かった。
修復がきっかけとなり、多くの領主達が獅子宮に出入りするようになった。暴れ川の治水や、農作物の病気など、自領が抱える問題をエルフ王に相談するためだ。必ず良い助言をもらえるらしい。もはや賢者様だ。
「陛下。イシドール殿下及びクラウス殿下がお越しでございます」
ある日、弟王子たちがやってきた。彼らも領地を持っているから、何かの相談かと思い、アスランも立ち会った。
「お久しぶりです、陛下。今日は正式に、輝夜嬢への婚姻を申し込みに参りました」
応接間のソファに座るなり、イシドールは自身の釣書と貢物をテーブルに置いた
「同じく。是非とも我が妃になっていただきたく」
クラウスは釣書と花束だ。アスランは驚いた。夜会で一度、会っただけじゃないか。
「本気で恋焦がれている訳ではあるまい。ルナニア王の差金か?」
エルフの王は冷ややかに訊いた。途端に、クラウスはくだけた口調で言った。
「そりゃそうですよ。今をときめくガブリエル陛下のお孫さんですから。何としても王族に加えたいのでしょう。我々としても、女狐みたいなリッチマン侯爵令嬢より、月の精霊とまごう輝夜嬢の方が、断然良い」
「ふん。しかし、それだけではないな。王はアスランが怖くなったのだろう」
美貌の王は確信を込めて言った。
「でなければ、あれほど毒入りの食料を送るものか。ほう。王子たちも知っていたようだな」
「滅相もない」
イシドールの顔色が悪い。だが、アスランの胸は痛まなかった。10歳で戦場に送られ、辛勝して戻った時も、労いの言葉一つ無かった。親子の情はその時失せたのだ。
「良いだろう。今から言うモノを持ってこい。お前達だけではない。平民だろうが王子だろうが、至高の宝を捧げた者に、求婚する権利をやろう。セバス!」
王が命じると、エルフの執事がサッと書類をテーブルに広げた。弟達はみるみる険しい表情になった。
「どうぞ」
アスランにも同じ物が渡された。
『以下の宝を献上した者、輝夜姫に求婚することを許す。
・オリハルコンの水盤
・世界樹の枝
・不死鳥の羽根
・ドラゴンの魔石
・人魚の涙
期限は3ヶ月以内とする』
と書かれている。どれも伝説級の宝物だ。本当に存在するかも怪しい。
「…一旦、持ち帰らせていただきます」
イシドールは持ってきた釣書と、宝の一覧を持って席を立った。
「金で買うのはアリですか?」
クラウスも同様に席を立ち、尋ねた。エルフ王は薄笑いを浮かべて頷いた。
「売っていたらな。…セバス。これを獅子宮の門の横に貼っておけ。惨めったらしく彷徨いている、負け犬共が諦めるようにな」
「…」
弟達は背に怒りを滲ませて出ていった。これで諦めたら、負け犬と同列ということになる。さすが、嫌味も年期が入っている。アスランも辞そうとした。しかし、エルフ王がグッと肩を握りしめてきた。
「待て。どこへ行く? 貴様も参加するんだぞ」
「え? しかし、そんな金は…」
「採りに行け。特別に場所は教えてやる。命の保障はできんがな」




