ニールの憂鬱
第9話!
「おはようリリィねぇね!」
「ん…おはよう」
今日は週末。学校は休みで訓練もないので日が昇ってもまだ私は布団でゴロゴロしていた。
「モカね、行きたい場所があるんだぁ!」
「そっかぁ…。行ってらっしゃい…」
「何言ってんの!リリィねぇねも行くんだよ!」
「えー?そうなの?」
「うん!決まってるの!」
「いつの間に…」
「ほら、カレンダーみて?」
「あれ…?なんか今日の日付に書いてある」
"モカちゃんと楽しいデート!"…。
「こんなの書いてあったっけ…」
「ついさっき書いたの」
「知らないわけだ…」
「というわけで!今日はモカと一緒にお出かけしよ!」
「でも特にやることもなかったし、そうしよっか」
「うやったーい!」
「それじゃあ支度するね」
「はーい」
出発の準備をして寮を出た。
「ねぇモカちゃん。結局今日はどこへ行くの?」
「んーとね。マシュゥ~!」
「はーい!」
「例のアレ、どうぞ」
「任せて!」
マシュゥはエトンにチカラを込めるとパラパラとページがめくれた。
「はい!これだね!」
示されたエトンのページにはスポットの情報が表示されていた。
「え、エトンってこんなのも載ってるの?」
「載ってるっていうか表示してるのもあるんだよ。だから僕たちが念じる必要があるんだね」
「なんて便利…。PCみたいなものなのね…」
「ぴーしー?」
「あ、いやなんでもない」
「それでね、ここに行きたいの」
「わかった!案内するね!」
マシュゥはふわふわと浮かびながら前に進み出した。
「うわすごい!経路案内を物理的に!」
「アミィちゃんも多分やってくれるよ」
「今度頼んでみよう」
「さ、じゃあマシュゥについてこ!」
「うん!」
マシュゥについていくこと十数分。私たちは目的地に到達した。
「ついたね!」
「うわぁいい匂い!」
どうやら女の子に人気のシュークリームを売るお店らしい。
「結構並んでるね」
「早く来たつもりだったんだけどねぇ」
既に店の前には10人ほどの行列が出来ていた。
「でも男の人も並ぶんだね」
「そりゃあそうだよ。おいしいスイーツを食べるのは女の子だけの特権じゃないんだから」
「まぁそうよね…って…あれ?」
行列の最後尾に見知った顔を見かけた。
「あれ!ニールだ!」
「……リリィか。…元気そうだな」
何となく一瞬驚いた様子が見えたがすぐにいつもの冷淡な調子に戻った。
「へぇー!シュークリームの店に並ぶなんてちょっと意外!」
「…放っといてくれ」
「ニールはひとり?」
「…あぁ」
「じゃあおしゃべりしよ!」
「賛成ー!」
「勝手に話を進めるな…。俺は別に騒ぐつもりでここに並んだんじゃない」
「シュークリーム食べるためでしょ?」
「……」
「あんまりいじんない方がいいか」
「…当たり前だ」
「ね、ニール。この前の迎撃の時何してたの?」
「もちろん戦っていた。…特に活躍をしたわけではないがな」
「そんなことないくせにー」
「ニールさん強そうだもんね!」
「……ふん」
「そういえばニールってハートたちとなんかあったの?」
「…なぜだ?」
「なんか知り合いってだけじゃなさそうだったから」
…ほんとは知ってるけどね。
「……話したくない」
「…あ…そう。ごめんね」
「………いつか話す」
「…!ありがと!」
しばらく沈黙が続いたが心地悪くはなかった。
「あ、そろそろ順番だね!」
「じゃあな」
「あ、うん」
ニールはシュークリームを1つ買って列を出た。
「よーし!私たちの番だね!」
「いえーい!」
私たちは5個ずつ買って列を出た。
「あれ、ニールは?」
「帰っちゃった?」
「一緒に食べようと思ったのにー!」
一方ニールはその時、ひとり街中を歩いていた。
「やれやれ…甘いものは苦手なんだがな」
「あれ?ニールさんじゃないですか。」
「ん…ハートか」
「こんにちは!あれ?その手に持ってるの…キューティクル・マッマのシュークリームですよね!並ばないと食べられないっていう!」
「好きか?」
「甘いもの大好きなんです!まだ食べたことないから羨ましいですねぇ」
「…食うか?」
「えっ!いいんですか?だって、わざわざ並んでひとつだけ買ったのに…。あ、もしかしてもうひとつ食べちゃったんですか?」
「…いや。そうじゃない。渡して喜ぶやつがいたら、それでよかったんだ」
「ニールさん……もしかして私のために…?」
「……いや、そんなことはないが」
「ふふっ!そうですよね!でも嬉しいです!ありがとうございます!」
事実ニールの照れ隠しでもなんでもないのだがこれを勘違いしたハートは上機嫌でシュークリームを頬張るのだった。
「いやぁ!おいしかったね!みんな並ぶだけあるなぁ」
「ほんと!モカこれがずっと食べたかったからリリィねぇねと一緒に食べられてすごく嬉しかった!」
「でもニールがいるなんて意外だったね」
「ね!なんかそんな甘いもの得意じゃなさそうなのに」
「実際ニールは甘いもの苦手なはず…。気が変わったのかな?」
「まぁいいじゃん!男の人の話なんてさ!」
「はは。そうだね」
「この後はぁ、お買い物でもする?」
「そうしよっか。案内してよ、モカちゃん」
「うんっ!」
モカちゃんの案内でショッピングモールを回って過ごした。
「ふぅ…結構歩いたね」
「重たいよぉ。ちょっと買いすぎちゃった」
「モカちゃんもう顔見えないじゃん…」
両手に抱えるほどの戦利品は既にモカちゃんを覆い隠し、まるで歩くショッパーのようだった。
「だってあれもこれも欲しいと思って」
「半分持ってあげる」
見かねた私はとりわけ大きい荷物を持ってあげた。
「わぁありがとう!」
「流石にもうこんな荷物じゃ寮に帰るしかないよね」
「残念だけどそうするしかなさそう…」
「まだどこか行きたかったの?」
「そりゃあ行きたいよー!」
「これからもたくさんお出かけしようね」
「うんー!」
日が落ち始めた街は私たちの影を長く伸ばしていた。
「そろそろ暗くなるね。急がなくちゃ」
「あ、前あんまり見えないから急いだら危ないよっ」
「平気平気。……わっとと!」
「あーっ!リリィねぇね!」
体勢を崩した私は足をもつれさせた。両手で荷物を抱えていたから受身をとることもできない。
「うわーっ!」
モカちゃんも手がふさがってるからどうしようもない!
「なにしてるんだ!」
唐突に身体がふわりと起こされる。
「やれやれ…また怪我をするぞ…」
「ニール!?なんでここに?」
「…通りすがりだ」
「危なかったですね」
「あ、ハート!」
「なになに?そういう感じ?」
「や…やめてくださいよぅ。恥ずかしいです…」
「…誤解するな」
「そ…そうです。私、ニールさんにもらったシュークリームのお返しになれればと思って今日1日お付き合いさせていただいていたんです」
「え!あのシュークリーム、ハートにあげるためだったの!」
「お付き合い!?」
「…だから……もういい」
「あ…ニール…」
ニールは踵を返すと歩き出してしまった。
「待ってよ!なんか勘違いしてるかも!」
「あぁ…そうだな」
「えっと…どうしたの?」
「…お前は危なっかしい。さっきもそうだ。すぐに怪我をする」
「ご…ごめんなさい」
「…次の戦闘は俺も呼べ。お前が怪我さえしなければ、差し入れに気を使うこともなくなる」
「えっ…それじゃあ…」
「……もう行く」
ニールはそのまま歩いていってしまった。
「なんのお話をしていたんですか?」
「いや…なんでも…」
「あ、なんかリリィねぇね顔赤いよ!」
「なんでもないったら!」
「あやしい…」
「はい!じゃあもう帰るよ!」
「あー!急いだらまた転ぶよ!」
「待ってくださーい!」
今度は荷物を落とさずに寮まで帰った。
ニール…私のためにお菓子屋さんにならんでくれたんだ…。
口数の少ないニールの純粋な一面に、私は胸が熱くなるのを感じていた。