第4話 見捨てられた者への恵み
春の麗らかな空気を吸いながら村から森に向かう道を歩く。
先日、春のゴブリン狩りを終えたことで村の周辺で想定される魔物の脅威がぐんと減ったこともあり、村の入り口で警戒に当たる門番もどこか気怠いそうだった。
椅子に座ったらきっとこの陽気に負けて、陸の上にも関わらず船をこいでしまいそうだ。
俺はそんなやる気が感じられない村の門番に軽く頭を下げてから籠を見せながら、これから森に山菜を取りに行くことを暗に告げた。
門番は欠伸をしながら俺に頷いた。
特に何か言われないことから、村のみんなが山菜取りをする場所である森の入り口付近であれば特に危険はないということだろう。
春の森は山菜などの食料が一杯だ。
もしかしたら、タケノコにもありつけるかもしれない。
秋の森はキノコや木の実が豊富に取れて村の畑ではは得られない大きな恵みを村人にもたらしてくれる。
日陰であれば雪もたまに積もったままになる冬の間は漬物や根菜類は秋の間に備蓄しておいて食べられるのだが、青菜等の新鮮な野菜は食べられない。
今日探しに行く糖柑などは冬の間に食べられる貴重な新鮮な果物なのだ。
もし、これから行く森の周りに菜の花でもあれば久しぶりに青菜が食べられるかもしれない。
今日は何が採れるかに期待を胸に膨らませながら、俺は伸びて固くなったフキノトウがぼつぼつ生えている森へ続く道を歩き続ける。
フキノトウはこの春も何度が食して、飽き気味なので今日は取らないし、そもそも育ちすぎてあまりおいしくはなさそうだ。
もし、森での収穫が絶望的だったら帰りに引っこ抜くかもしれないけど。
空気は暖かいが地面がまだ茶色の世界が支配する春の道を進む。
本当は朝方が山菜も芽を吹き出した直後でお柔らかく灰汁も少ないのだけど。
午前中に畑仕事、午後からは開墾や冬の間に壊れた道などを修繕することにしている父さんの予定に合わせると、どうしても山菜取りは午後になってしまう。
はぁ、タケノコ取りは朝方がいいのにな。
20分なほど歩いただろうか、目の前が茶色い下草から葉の芽が付いた木や緑の葉を持つ常緑樹、竹藪が目に入ってくるようになった。
森の入り口にたどり着いた。
暖かい陽気にまだ体が慣れていないのか、村から森まで緩やかな上りの道を20分ほど歩いただけで少し汗ばんでいた。
俺はわずかに喉の渇きを覚えたので籠の中に入れてきた水筒を取り出して一口、喉を潤した。
「あぁぁぁっ、冷てぇ。」
皮袋に目一杯に教会の井戸で汲んだ水を入れてきたため、水を飲むために皮袋を傾けたところ思った以上に水が溢れ出てきた。
俺の口から溢れた水が俺の顔や顎、上着を濡らし、そして気が付くとズボンや靴までも少し濡らしてしまっていた。
「まぁ、この陽気じゃ直ぐに乾くか。」
俺は自分のうっかりさが招いた失敗の言い訳をするように独り言を吐く。
これ以上の水害を引き起さないように皮袋の口をしっかりと閉め、籠にもどす。
そして、視線を森に戻した。
森の中は緩やかな傾斜が続き、緑が切れた先は高い山の頂が見えていた。
俺はその頂が雪をかぶっているのを見て冬の寒さを思い出し、身震いをした。
無意識のうちにすこし濡れた服が冷たく凍るところを想像したのかもしれない。
「よし、やるかぁ。」
そんな妄想を振り払うかのように一人気合を入れ直した。
森の淵付近を少しうろついてみたが山菜などの食べておいしい野草は見つからなかった。
う~ん、午後から来たのではやはりだめか。
村の誰かが朝に来て、手ごろな場所に生えている山菜はほとんど採られた後みたいだ。
あるのは食べごろを見失ったために大きく育ってえぐみの増した山菜や成長したタケノコ、人の足跡、夜中にタケノコを食べに来たのかイノシシの蹄の跡や掘り返した痕跡だけが見つかった。
こんな下までイノシシがタケノコを掘り返しに来たとすれば、森の奥の竹林のタケノコは期待できないか。
俺は午前中に来なかったことを後悔した。
明日は父さんに頼んで午前中に山菜採りをさせてもらうか。
明日はそうするにしても今日はどうしようか。
もちろん糖柑などはこんな森の端に残っている訳もない。
手ぶらで帰るしかないか。
でもこのまま手ぶらで帰ったら今日の午後はただ無駄な時間を過ごしたことになってしまう。
ただでさえ俺はあまり役には立たないのに。
それが全く役に立たないというのは。
俺は母さんと父さんに掛けられた言葉、森の奥には入るなという言付けが頭をかすめた。
しかし、それ以上に全くの役立たずという烙印を押されるのはたまらないという考えが頭の中に渦巻いてきた。
そして、意を決して森の奥に続く緩やかな上り、下草の新芽がまだ生えていない枯草の上を歩き出した。
誰かが踏みつけて出来た道伝いを行けば楽に森の奥に入れるのだけど、人が通った後では目的の山菜は見つからないと考えて人の足跡が付いていない枯草の上を歩くことにした。
こちらの方に人が入ってくること思わなかったのか、地面ではかさかさと頭の上ではバサバサと小動物や鳥が逃げ去る音が聞こえてきた。
俺はそんな音には耳を傾けずにひたすら地面を睨み続けてゆっくりと森の奥に入って行った。
何もないなぁ。
ときたま糖柑の樹を探すために顔を上げる。
こちらの方は木は有っても実が残っていることはほとんど期待できないから必然的に下の方を見て歩く方が多くなる。
何もないなぁ。
俺は森の奥に入ってしばらく探し回っても山菜の類が全くない事に少し苛立ちのようなものを覚えた。
森は大きな山々の中間から下の方に広がっている。
森の奥に入るということは自然と傾斜の緩い山を登るような格好になった。
少し冷えてきた。
山を登ったというのもあるが、先ほどこぼして服に付いた水が乾き切らなくて冷えてきたということもありそうだ。
は~っ、全然見つからない。
誰かが先に山菜を採って行ったというよりも森の奥はまだ暖かくなっていなくて山菜がまだ生える環境になっていないということだろうか。
ますます俺は焦る。
両親の言付けに背いてまで森の奥に入って来たのに,帰り道で食べごろをとうに過ぎたフキノトウを抜くしか今日の収穫はないのか。
他所の家では春の恵みの山菜が夕食のテーブルを賑わせ、春の恵みを口を通して楽しむのだ。。
俺の家では食べ飽きた上に食べごろが過ぎてちっともおいしくないフキノトウが申し訳なさそうに並んでいて、そして、誰も手を伸ばさない。
とことん俺は見捨てられていんだな。
俺には春の恵みすらも縁遠いのか。
何かが服を濡らす。
先ほどこぼした水でない何かが落ちて来て、服を濡らす。
俺は天や神様の恵みにはとことん恵まれないと言うことだよな。
そんなことはわかっていたんだ。
期待するから悲しくなるんだ。
そうだろう。
あの日に諦めたんじゃないのか。
恵みいうものに。
フキノトウが食べられるだけでも十分じゃないか。
見捨てられて者が何かを得られたんだから。
俺はそう思い直して顔を上げた。
その反動で目じりからは先ほど服を濡らしていたものが一粒頬を伝わった。
そして、ぽたりと。
今度は服を濡らすことは無かった。
枯れた下草の上にぽたりと落ちて、消えて行った。
俺は引き返すことにした。
見捨てられた者が天の恵みを求めるなんてしちゃいけなかったんだ。
「はぁ~っ。」
俺はため息を一つ。
そして、帰るためにゆっくりと下る方に身を翻した。
"お~い。聞こえてる? "
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