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第2話 見捨てられた者がすべてをあきらめたあの日

冷たい。

枕の顔が当たっている部分がしっとりとして冷たい。


俺は顔の冷たさで目が覚めた。

閉めた木の窓の隙間から光が漏れている。

あぁっ、もう夜が明けたのか。


灯り用の油が貴重なため、ここで暮らす村人は太陽が昇ると起き出し、そして、陽が沈むとすぐにではないが、灯り用の高価な油を無駄に使わないようにするために出来るだけ早く寝るような習慣だ。


こんなに明るい陽の光が窓の隙間から入ってきているのは、少し寝過ごしたかもしれない。


隣のベッドでごそごそ音がする。

妹が起き出したのかもしれない。

ぼんやりした頭を隣のベッドの方に向けると聞き慣れた声がした。


「お兄ちゃん、いつまで寝ているの。

顔を洗う水を井戸から汲んできてよ。

寝ぼけた顔のこのままじゃ、私が部屋から出られないでしょ。」


すぐ下の妹が毛布から顔を出して俺に命ずるような、少し寝坊したことを非難するような口調で命じてきた。

妹は一つ下で今年7歳になる、リンだ。


リンは既に魔法が使える。

水属性魔法術士としての才能を開花し始めている。

この年で初級とはいえ複数の魔法が使えるとは。

神様に最も祝福されたとされる中級以上の魔法使いになることは間違いないだろう。


人々の2割は魔法が使える。

こうすれば魔法を使えるようになるという手法はなく、ある日突然に魔法に目覚める様だ。

ろうそくや油に火を灯そうとイメージしたら、ある日に本当に灯がついた。

コップに水を一杯にするというイメージをしたら、本当にコップが水でいっぱいになった。

というように、イメージしたことが実現することで魔法を使えるようになったとみなされる。

始めは灯のような火やコップに水を満たすという小さい魔法しか発動できないが、それを繰り返し練習することで、やがて灯は薪が燃えるような炎となり、そして、等身大のファイヤーボールのようなより大きな魔法が発動できるようになるのだ。


このように魔法は修行を積むことでより大きな魔法を使えるようになるが、多くの魔法術士はファイヤーボールのような初級魔法までしか習得することができない。

複数のファイヤーアローとかファイヤーランスなど中級以上の魔法を使えるのは魔法使い中でも一部に限られる。


魔法が使えなくても人の7割はスキルという特殊技能が使える。

魔法使いが修練を重ねることで、炎系統などの得意な魔法系統には限られるが、いろいろな魔法を覚えていくのに対して、スキルは一つか二つの技能を習得するのが精いっぱいである。

言い換えると、魔使いは様々なスキルを覚えていく者というのに対して、一般の人は一つ二つのスキルを身に着けるに留まった者と言える。


スキルは魔法を習得できなかった不幸な人々に、それを哀れと思った神様が下された贈り物と考えられている。

ちなみに魔法が修築できるのは神様の祝福を受けた者とされている。


そして、神様の祝福である魔法を習得できない、神様からの贈り物であるスキルを使えない、神様から見放された者が1割ほど存在する、俺の様に。

神様の祝福や贈り物がない、神様に見捨てられた人。

神様の祝福や贈り物を授けられし者と、神様に見捨てられた者の間にはどうあがいても越えられない見えない壁というものがあるのだ。


妹のリンは小さい頃に水属性魔法に目覚めた。

今では既に数種の水属性魔法を習得し、特に回復系の魔法を得意としている。

春立祭の主役として参加する前だというのに、母親に付いて教会で軽いけが人などの治療も行っている。

将来は中級はおろか上級の水属性魔法に目覚めて、聖女様の一人となるのではないかとも噂されている。


そうだ、リンは当然、顔を洗う水なんて簡単に出せるのだ。

桶に水を張るなんて寝ぼけ眼でも出来るのだ。

それを俺にわざわざ水を汲んで来いという。


兄妹とはいえ、神から大きな祝福を受けた者と見捨てられた者との間にある壁を自然と感じているのだろう。

まして周りからは将来の聖女様と持ち上げられているのだ。

心のどこかで俺のこと蔑んでいる、或いは、見捨てられた者を下の者と見ている。農民が代官様や貴族様に感じているような差、身分の差のようなものを感じているのかもしれない。


流石に村の大人たちが見捨てられた者に対して直接的に身分の優劣の様なものを持ち出すことは無いと思うが。

口には出さなくてもそうは思わなくても、見えない壁はあるのだ。

スキルを持つ者はスキルを生かした仕事に就き、見捨てられた者はスキルを必要としない、おのずと誰でもできるような仕事に就かざる負えない。


俺の父さんのダンは教会の畑仕事と用務員をしている。

父さんのスキルはバワーアップだ。

その力自慢を生かして、畑を耕すだけでなく森や荒れ地を開墾することもある。

俺は日々父さんの仕事を手伝っているが、荒れ地の開墾には連れて行ってもらえない。

それはまだ子供で力がないためだと父さんや村の大人言うが、この先も連れて行ってはもらえないだろう。

開墾するだけの力が大人になってからも付かないからだ。

開墾などというできもしない仕事を無駄に見せるより、俺でもできる丁寧に畑を耕すことを覚えるべきだからだ。

何回か開墾の現場に連れて行ってくれとせがんだ時も、お前は畑をきっちり耕すことをまずは覚えろと言われて、結局は連れて行ってもらったことは無い。

同じ年頃の他の子は連れて行ってもらえているのに。

開墾の仕事を見て将来は手伝えるようにって。


村の大人たちは見捨てられた者たちを差別どころか、大事にしてくれようとしている。

しかし、それが逆に見捨てられた者であることを浮き出させてしまっている。

まるで出来損ないであるかのように。


それを見ている子供たちは、見捨てられた者は自分たちとは違うと感じるのであろう。

大したことはできないけど、出来ることはやらせなければならないと。


そんな家や村の雰囲気で育ったリンは俺に顔を洗う水くみを頼んでくる。

それが下に見ているせいなのか、出来ることをさせようとする義務感からなのかはわからないけど。

俺はそういう見えない壁のようなものに対してはもう麻痺しているのかもしれない。


水を汲んできてという少し棘が入った言葉に対しても特に思うことは無く、さっと毛布を剥いで靴を履き、子供部屋から居間に通じる扉を開ける。

そして、居間から玄関に抜ける扉の前に置いてあった桶の取っ手を掴んで家の外に出た。

井戸は隣の教会のものを使わせてもらっている。


俺は井戸端にあったつるべを落として、水をくみ上げ、持ってきた桶に移し替えた。

その時に手に掛った水滴の冷たさが春がまだ浅いことを告げてきたような気がした。


俺は水桶を持つと、こぼさないようにゆっくりと戻って、そして、子供部屋に別に置いてある顔を洗う桶に汲んできた水の半分ぐらいを注いだ。


リンは水のお礼をいうわけでもなく、そそくさと顔を洗い始めた。

自分の魔法で水が出せるようになってからは、お礼を言われたことは無いように思う。

リンにとっては礼を言うほどの手伝いではないと思っているのかもしれない。


一番下の妹のレイも起き出して来てたので、一度桶の水を窓から捨てて、汲んできた新しい水を注いでやった。


レイは俺の方を見てニコッと笑うと口を開いた。


「ありがとう、お兄ちゃん。」


レイは今年5歳。

4歳にしてヒーリングが使えるようになった。

一緒に遊んでいた友達が転んでケガをした時に、"怪我が治れ"と母さんやリンのまねをして念じたらヒールを覚えたんだとか。


まだ、ヒールしか使えないが5歳という年齢もあり、将来は水か土属性の上級魔法術士、或いは聖なる光の魔法術士になるんじゃないかと父さんたちは期待しているようだ。

レイがヒールを、魔法を習得したと聞いた両親は本当は小躍りして喜びたかったはずであるが、俺に遠慮したのかあの日は嬉しそうにレイの頭をなでるにとどまっていた。


そして、あの日、ついに家族で俺だけが見捨てられた者となってしまった。

7歳で神様の祝福やギフトを得られないものは、もう、それを期待することはできないと誰かが言っていたのを聞いた。


家族で一人だけ。

あの日から俺は一人になった。


今日か明日にはもしかしたら俺も魔法を習得できるかもしれないと、指先に炎を灯すイメージをしたり、コップに水を張るイメージを秘かな繰り返していた。


しかし、あの日にそのような魔法のまねごとをするのは無駄だと悟った。


今日か明日には何かのスキルに目覚めるのではないとか思い、必死に神様に祈った。


しかし、あの日で神様にスキルをねだることは止めにした。


自分が神に見捨てられた者だということがあの日に思い知らされた。


あの日は俺以外、にこやかな歓喜の光に包まれていた。


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