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第1章 授けられし者と見捨てられた者 第1話 見捨てられた者が静かに流すもの

新しい物語が始まります。

宜しくお願い致します。


早春は日中の暖かさが嘘のように日が沈むと急激に寒くなり、寝るときには丁度良いと思って掛けていた毛布では薄くて体が冷えて目が覚めることがある。

その日は俺は丸まった体を一度ぶるっと震えることで目が覚めた。

このままでは寒くて再び眠りに就くことはかなわないと思い、部屋にある据え付けの棚に入っている追加の毛布を取り出すために仕方なく床に置いてあるすっかり冷たくなった靴に素足を通す。


流石にこの季節は窓を閉めてから寝ているために月明りは入ってこない。

何時もは手探りで棚とそこに置いてある毛布を探すのだが、今日は隣の居間とを隔てる扉からわずかに灯りが漏れていて、部屋の中を薄暗く照らしていた。


父さんたちはまだ起きているのか。

貴重な油を使ってまで、こんな夜遅くに何をしているんだ。

俺たちには知られたくない大人だけの話だろうか。


俺は珍しく遅くまで灯りが付いていたことを不思議に思ったが、これ以上体が冷えるのは耐えられないし、隣のベッドで寝ている妹たちにも早く追加の毛布を被せてやりたい。

そう思って、いつもはすり足で毛布のある棚までゆっくりと移動するところを、薄暗くはあったがしっかりと足もとを確認できるために急いで毛布を取りに行った。


そして、扉の近くを通った時に父さんと母さんがつぶやく様に話しているのが聞こえてきた。

何を話しているんだろうか。

俺はそんな疑問よりも早く毛布をかき集めて暖かくして眠ろうと思ったのだが、扉の向こうから俺の名前が聞こえてきたためにその足を止めることになった。


低い声が伝わる。


「シュウの春立祭、いよいよだな。あいつも無事に大きくなったものだ。」


低い声だけが響いて、それに答えるはずのおおらかな声が聞こえてこない。

おおらかな声の代わりに沈黙、いやすすり泣くような音が隙間から漏れてくる。


「結局はシュウの下に神が降りて来てくれることは無かったな。

残念だけど。

でも、大きな病やけがもなく元気に立派に育ってくれたじゃないか。

別に魔法やスキルを受け取る事だけが神の祝福ではないと思うんだが。

丈夫な体やすれていない真っ直ぐな心を持つことができたのも神様からの贈り物だと俺は思うよ、母さん。」


父さんのなだめるような優しい声に答えて聞こえてきたのはやはりすすり泣くような音だけだった。

そのすすり泣くような音はやがてその哀しみを声に変えたような音となって漏れてきた。


「私が、私がもってと神様に祈っていたら。

もっと、教会での仕事に精を出していたら。

ううつ。」


絞り出した悲しい声はやがて元のすすり泣く音に変わっていった。


「なにもシュウだけが持たざる者、見捨てられたものというわけではないだろ。

10人に1人は持たざる者だというじゃないか。」

「それはそうだけど、でもそれは10人に9人は授かりし者だということだし。

それにこの村で今年の春立祭に立つ者で持たざる者はシュウだけというし。

それに何よりもこんな小さな家族5人の中で一人だけ持たざる者っていうのは。

知り合いの中でっていうのならまだしも、家族で一人だけっていうのは。」

「それはそうだが。

こればかりは私たちが持たせてやれるわけでもないし。」

「どうして神様はシュウにだけ辛い思いをさせるの・・・・・」


父さんと母さんの扉から漏れ出で来る声に、体が寒さで耐えられないと震えているにもかかわらず、じっと聞き入ってしまった。

持たざる者、見捨てられた者。

俺のことだ。


そう俺は結局、持つことができなかった。


神様の祝福をもらう事が出来なかった。


このまま一生涯、持たざる者として生きていくことになってしまった。


その事が村の皆に知られてしまうのが来週に迫った春立祭。

一生で一度、8歳の春に訪れる春立祭。


他の村の子供たちはその日を待ちわびて、きっと暖かい布団の中で春立祭を迎えている夢を見ているはずだ。


しかし、俺は寒い部屋で望みを絶たれて、立ち尽くしている。

母さんまで泣かせて。

父さんまで言い訳をさせて。


左足のくるぶしに何かが当たった。

それはすっと流れて、踵の方に消えていった。

また、一つ。

今度は右足のくるぶしに掛った。


ぽたり、ぽたりとその何かが止めどなく足に当たった。


その何かは何故落ちてくるんだろうか。


神から見放された絶望のためか。


持たざる者として友達や村の皆に知られてしまう恐怖か。


はたまた、持たざる子を持ってしまった両親への贖罪の念か。


何でそれが止めどなく落ちてくるかはっきりとはわからないが、心の底に巣食った黒いものがそうさせているのかもしれない。


俺は袖で何かをひと拭いすると、毛布の入った棚に近づいた。

靴はその何かが溜まって、ぐじゅっとなった。

俺は構わず毛布を3枚取りあげた。

そして、やはり寒いのか丸まって寝ている妹たちに追加の毛布を掛けてやった。


俺も毛布を重ねるとなんとか寝床に潜り込んだ。

潜り込んで、耳を塞いだ。


ドアの隙間から漏れてくる音はもう聞きたくない。

俺が持たざるものであることは俺が一番知っている。

俺が神様に祝福されなかったことは俺が一番わかっている。


どうしようもないじゃないか。

一生懸命に毎日神様にお願いしても。

一生懸命に父さんの畑仕事や家の手伝い、妹たちの相手をしても。

一生懸命に村の人たちと仲良くなろうとしても。

俺の願いはかなえられることは無かった。

持たざるもののままだった。


俺は父さんのため息、母さんの嘆き、妹たちの安心しきった寝息、それから逃れるように毛布を頭から被って耳を塞いだ。


外の音は聞こえない。


でも、心の音はドキドキと聞こえる。


それが持たざる者と言うように聞こえて来て仕方がなかった。


俺の心、俺の心臓までもが持たざるものであること何度も何度も伝えてくるようで、堪らなかった。

そして、先ほど俺の足を濡らした何かは今度は俺の枕を濡らすのだった。


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