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あなたのために(「あなたのそばで」ビハインドストーリー)

作者: せっきー

──街は爆弾低気圧の影響で、強い雨が降り頻る。こんな日に病院なんて憂鬱が過ぎる。いくら定期的な検査通院っていっても、明日でも良いんじゃないのかなぁ。ぶつぶつ言いながら病院で検査を受け、いつも通り特に異常もなく帰宅になった。傘は持っているけど、この豪雨のなかを帰るのも嫌だな。屋根のある出入り口のところで少し待っていよう。


うん…?こんなどしゃ降りの中、私の他に出歩いてる人がいるの?てか荷物すごい。あんなに何を買ったのだろう。


おぉ?こっち来た。なんだなんだ、すごい雨ですねぇなんて、病院の出入り口でナンパなんて新しいな。でも不思議と嫌な気はしないな。長身だろうが、清楚だろうが、金持ちだろうが、そもそも人間に興味ない私がこの人に興味を持ってる。もしかして私の運命の人?そんなわけないか。


雨が弱まってきたので、駅まで一緒に歩くことにした。この病院の徒歩圏内に住んでるなんて羨ましすぎる。連絡先も交換してくれたし、いつか居候させてもらおうかな。



──それにしても、私たちの出逢いは本当に運命だったのかな。それから半年経った今でも連絡を取り合っている。だけどまさか、あなたの好きな食べ物が蕎麦だったなんて。一緒に食事に行ったときもあなたは私のことだけを優先してくれて、自分の好きなものについては何も話してなかった。


本当にごめんなさい。私が蕎麦アレルギーだって知ったときのあなたの顔は、とても寂しそうだった。あなたは「君のせいじゃない」って言ってくれたけど、あなたの好きなものを共有できない自分に憤りを感じた。どうにかあの人には、蕎麦を好きでい続けてほしい。私のために蕎麦を排除しないでほしい。私にも何かできることはあるかな。なんでも試してみよう。



──それから1年の月日が流れた。突然「僕の家来る?」って訊かれて、そりゃ行きたいに決まってるよ。男の人の家に行くなんて初めて。緊張するなぁ。


連れられて部屋に入る。へぇ、意外と広いんだなぁ。こんな機会は滅多にないので、少し部屋の中を見せてもらおっと。


部屋の中はとても整頓されていて、ワンルームがとても広く感じた。ひとしきり見回った頃、私が好きなパインジュースをコップに注いでくれた。蕎麦が合わない私だけど、こんなに優しくしてくれる人にならキスされたいな。でも、蕎麦を食べた人とキスしたらアレルギー出ちゃうのかな。まあそれでもいいや。この人のキスで死ぬのなら本望かもしれない。


そうだ。こんなに広めの部屋だけど、すぐ隣に座ってみよう。自分は別に可愛くないけど、好きな人と隣り合っててキスしたくない人なんていないよね。


うわぁ、ドキドキする。人間に興味はないけど、この人のこともっと知りたいな。


しかし、全然キスしてくれないなぁ。隣に座ってすぐテレビゲームを始めて、お腹が空いて慣れない料理を一緒に作って、それなのにそういう動きが全くない。私が舞い上がってるだけなのかな。それとも、もしかして私が一番避けたかったことが起こってしまっているのか。


──すっかり暗くなり、私は明日も仕事があるので帰ることにした。彼の家から駅まで6分、手を繋ぎながら歩く。ふと、彼に訊いてみる。


「そういえばさ、、」


「うん、どうした?」


微かに震える私の声に、優しく返事をしてくれた。


「今でも蕎麦、、作ってるの?」


「ううん、作ってないよ」


「どうして?」


もしかして私、いけないこと訊いちゃった?少し考え込んだような不思議な間をおいて彼は一言、


「君に悲しい思いをさせたくなかったからだよ」


そう答えた。


私は自分の罪を自覚した。私の好きな人の好きなものを、私は好きな人から取り上げてしまった。自分に失望した私は立ち止まり、絞り出すような細い声で、


「…そっか…」


としか言えなかった。


3駅隣に住んでる私は、電車に揺られながら考え込んでしまった。私はあの人と一緒にいて良いのだろうか。私がいるせいで、彼は自分のことを犠牲にして私に費やしてる。普通の人が相手なら、それが時間や金銭面におけるものだけなのだろうが、もはや私は普通じゃない。あるいは、彼も普通ではないくらい蕎麦が好きで、そもそも私たちはそういう運命じゃなかった。つまりそういうことなのかな。


でも、私は彼のことが好きで、彼も私のことが好き。そして彼は私に生きてほしいと願うし、私のために自分の好きなものを食べないようにしてくれてる。それは彼なりの優しさだし、それが私の望んでることじゃないって面と向かっては言えない。


まるで蕎麦を食べたかのように、胸が締め付けられ心苦しかった。


無事に家に着いたことを連絡したいけど、その言葉がうまく見つからない。余計なことを言ってしまうのが怖くて、結局「無事に着きました」としか書けなかった。



──それからお互い仕事が忙しくなり、1週間ほど連絡が疎遠になってしまった。でも私のなかでは、これから先も彼と一緒にいて良いのかをずっと自問していた。だけど自分一人で考えていても(らち)が開かない。思いきって連絡をしてみよう。


「今度の週末、会えませんか?」


──雲ひとつない、晴れ渡った青空の下。私がずっと行きたがっていた遊園地で1日を過ごした。終始笑いっぱなしの1日だった。お化け屋敷では少し怖がって、つい腕に抱きついてしまった。ジェットコースターでは絶叫し続けて喉がちょっぴり痛い。観覧車では個室で2人、景色に感動してしまった。そして同時に、気持ちの踏ん切りがついた。


1日遊び終わって、夕日が私たちを照らす。毎分ごとに伸びる影が、私たちの残り時間をカウントダウンしているみたいで切ない。これが2人で過ごす最後の時間なのかな。そう考えると涙が流れてしまった。私が泣いているのを誰かに指摘されるのが嫌なことを分かっているからか、それとも全く気づいてくれてないのか、いずれにしても彼は私の涙には触れなかった。



──これでもう、私は悔いはない。また心が揺れ動く前に、実行に移すんだ。


まずは、あの人宛の手紙を書こう。自分が最期に伝えたいこと、全部ここに書き記す。


『この手紙をあなたが読んでくれているということは、きっと私に最後の挨拶をしに来てくれたんだね。こんな形であなたと話すのが最後になるのは申し訳なく思ってます。あなたが私のために蕎麦から離れた生活を始めたことを聞いたとき、私はあなたから大切なものを奪ってしまった、真の笑顔を奪ってしまったと思いました。もしかしたら気のせいかもしれません。でも、もし私たちが結婚していたら、あなたには永遠に我慢を強いてしまう。それは私が望んでいたあなたではないんです。それと私は気づいてました。あなたは私とキスしたかったよね。しかしあなたの家でも、あの観覧車でも、あなたは何もしてこなかった。それが私たちの本当の未来なんだと確信しました。あなたのキスで死ねるなら本望です。せめて最後は、あなたのキスでお別れさせてください。あなたのそばで生きられたこと、私の人生で一番の幸せです。今まで本当にありがとう。』


遺書とは思えないような落ち着いた字になってしまったけど、荒ぶって汚くなるよりは良いか。


湯船にぬるま湯を溜める。10分くらい待っていれば良いか。目を瞑って待っていれば、あなたと過ごした1年半が走馬灯のように蘇る。


…しっかり溜まった。もう時間だ。



──みんな。ありがとう。さようなら。



──終──

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