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ゼムナ戦記 鋼の魔王  作者: 八波草三郎
第八話

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魔の啼く城へ(6)

「なあ、あのちっせえのは地獄(エイグニル)の戦闘艇だっつったよな?」

 突如として立ち上がったリューン・バレルは通信士に尋ねた。

「は……、はい! 漏れ聞こえた無線からはそう聞き取れましたが……」

「どうしたの、リューン。そんな怖い顔して」

 空気を和ませるようにフィーナがくすくすと笑う。


 にらみ合いを続けていた第一打撃艦隊が、にわかに分艦隊を哨戒に出し始めたのを探知して興味をそそられた彼は旗艦ベネルドメランを動かす。対峙する血の誓い(ブラッドバウ)艦隊を放置してまで戦力を分散させるのは嘗められたと感じたからだ。


(一瞬だけだが何も見えなくなっちまったぜ)

 接近して戦闘光を確認したところでとてつもない戦気が放たれた。それは誰にも見えない類の眩しさだが、リューンの戦気眼(せんきがん)は金色の光に覆われて何も感じられなくなった。


「ゼムナ本星から上がってきたって事は、例のポレオンを騒がした挙げ句に情報部の連中に一泡吹かせて逃げ出してきた部隊か」

 その報告には笑わせてもらった。

「たぶん、そうじゃない? 救援する?」

「……いや、脅しをかけとくだけにしとけ」

「それでも十分援護になるけど」


 フィーナの言う通り、護衛に戦闘空母十隻を引き連れてきたベネルドメランが接近すれば分艦隊は警戒せざるを得ない。結果的に動きにくくなった分艦隊は目標を取り逃がしてしまうだろう。


「気になるなら、ちゃんと救護して貸しを作っておけば?」

 まだ目が笑っている。

「今回は笑かしてもらった分の礼だけでいい」

「見込んでるって言ったじゃない」

「そのうち挨拶はする。手ぇ組むかはそれからだ」


 彼女との寝物語にも地獄(エイグニル)の話は出ている。その時に彼らの活動方針には頷けるものがあると伝えてあった。ところが今の件で、別の意味で興味を惹かれてしまった。


(魔王の野郎、何てもんを飼ってやがる)

 何一つ口を挟まず涼しい顔のエルシも気になる。


 結果として、珍しく踏み出すのを躊躇ったリューンだった。


   ◇      ◇      ◇


 惑星軌道警戒網突破から二日、クナリヤ号は改めて魔の啼く城へと進路を取っている。コクピットでスクランブル待機中のドナとギルデを除けば全員が集合した操縦室で、ニーチェも微かな緊張感を含む空気を吸っていた。


「まだ引っ掛かっているわね」

「ずっと張り付いてるぜ。厄介な事にな」

 マーニの質問にタルコットは顔を顰めている。


 撃退した第二十一分艦隊は一時的に距離は取ったものの、継続して追跡を受けていた。隠密航法中のクナリヤは、保持用の磁場でターナ(ミスト)を纏いつかせている為に電波レーダーは使用不能。仕方なく重力場レーダーで監視を続けている。

 3Dで投映された黄色い光のリングがゆっくりと横軸を中心に縦回転して球形を描いている。内側に見えるワイヤーフレームの波の円盤は、リングが艇の後方に差し掛かった時だけ四本の棘を立たせた。そこに重力場を発する大質量の物体が存在する証拠である。


「ベネルドメランがうろちょろしてた間は分からなくもないけど、帰った後は何で仕掛けてこないのかしら?」

 本題はそれだ。

「邪推してんのかもしれないな」

「どういうこと?」

「あの時、剣王がやってきた事で、連中は俺らが血の誓い(ブラッドバウ)と繋がってると勘違いしたのかもしれないだろう?」

 マーニは唇に立てた指を押し当てると「一理あるわね」と思案する。そんな姿も色っぽい。


(剣王が来てた)

 それはニーチェも知らされていた。

(あの状況で飛び出すわけにもいかなかったし、まだ立場も安定してないし。今回は見逃してあげる、リューン・バレル)

 せっかくパイロットとしての足場固めを進めているのに、突然ゼムナ軍以外に襲い掛かって立場を危うくしたくはない。


「だからって魔啼城(バモスフラ)までご案内って訳にもいかないわね」

「振り切るのはロドシークとランデブーしてからで十分さ」

 旗艦との合流を急ぐのが先決である。

「そうね。無茶をする必要は欠片もなし」

「なにせこっちはぎゅうぎゅう詰めでまともな運用もできてないしな」


 ベリゴールを爆沈させられた所為で全員がクナリヤ号に集まっている。寝起きするのも大変だ。マーニを除けば、かなり狭い個室を二人で使わなくてはならない。ニーチェはタルコットとフォイドの二人部屋の様子など想像したくもなかった。


(ルージベルニも座らされてるし)


 アームドスキン搭載クラフターといえど専用基台は四つしかない。重量級のクラウゼンは論外で、サナルフィと比較しても軽量機体のルージベルニを座らせてワイヤー固定するのが順当だった。


「もっとガンガン加速すればいいし」

 合流を急ぐならそれが手っ取り早く思える。

「それだと止まれなくなっちゃうじゃない」

「え? 重いから? ルージベルニが入ってた工作ベッドとか全部廃棄したのに?」


 帰投時にもひと悶着あった。クナリヤ号のカーゴスペースには補給資材も満載されており、食料や反物質コンデンサパック、弾体ロッドなど絶対に必要になる物を除いて廃棄したのだ。


「重量の問題ではないのよ。それは反重力端子(グラビノッツ)で解消可能だもの」

 グラビノッツで質量制御可能である。

「一定以上の加減速は中の人間のほうが持たないの。タルコットみたいな筋肉質でも壁に押し付けられてぺっちゃんこよ」

「うげ」

「だから加速にも減速にも時間を掛けなくてはならないわ。今の巡航速度が数分で停止できる限界速度ってわけ」

 速度合わせができなければ他の艦艇との合流も不可能だと説明された。


(アームドスキンで飛び回ってる分にはそういう感覚が分からないし)


 宇宙航法の感覚に戸惑うニーチェであった。

次回 「俺たちがどんな思いを抱え込んでいようが、こいつらにはただのテロリストにしか映ってないんだろうぜ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……エネルギー保存の法則……。
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