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ゼムナ戦記 鋼の魔王  作者: 八波草三郎
第八話

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魔の啼く城へ(5)

 クラフターの最前部、張り出した操縦席の下にニーチェはルージベルニを寄せる。双肩の上に浮く青いリングから放たれるビームで敵機は不用意に近寄ってこない。


「ナジー、来て!」

 キャノピーから覗き込みながら訴える。

「だから無理。この子は外に出せないの」

「いいから! 下のハッチに連れてきて!」

「でも……」

 彼女は「早く!」と急かす。


 操縦室の空気を抜く暇など無い。そもそも抜けば子猫は死んでしまう。


「ドゥカル!」

『仕方がないのう』

 機器の操作に関してはかなりの事ができる老爺に頼む。

「……!」

「そのまま身を任せて!」

 急に開いた脱出口に息を飲んだナジーに呼び掛ける。


 噴出する空気に彼女は簡単に吸い出されてしまう。アームドスキンのハッチを開いていたニーチェは泳いできた身体を抱きとめた。


「ルーゴが!」

 子猫は脱出口の縁に爪を掛けて踏ん張ってしまっていた。

「大丈夫!」

「でも!」


 身を乗り出したニーチェは右手を差し出す。左手でヘルメットのバイザーを開ける操作をすると真空に顔をさらした。

 声は伝わらない。それでも彼女は子猫に「おいで」と唇の動きだけで伝える。怯えるルーゴも思い切って身を躍らせる。確実に受け止めると、すぐに操縦殻(コクピットシェル)のプロテクタを閉じ、一気に内部に空気を注入させた。


「すぅ……。ルーゴ、偉かったし」

「みー……」

 大きく息を吸ったニーチェはまだ震える子猫を抱き締める。


 聖母のように微笑んで子猫を撫でていたニーチェの形相が一瞬で変化する。奥歯を噛み締めた口元が震え、眦が吊り上がった。


「無力な者から狙い、何もかも奪っていく!」

 赤い瞳が闘志に染まる。

「あんたらもやっぱりライナックの手先! 許さないし!」

 彼女の激情に呼応するが如く対消滅炉の唸りが高まる。


 推進機(ラウンダーテール)が金色の光を吐き出し、赤いアームドスキンを舞い踊らせる。煌々と輝く頭部のスリットセンサーが筋を引いてゼムナ軍機を睥睨した。


(墜とす! 一機残らず仕留めてやるし!)

 悪意に身を任せ、フィットバーに腕を食ませた。


「ニーチェ、ニーチェ! このままじゃ持たないから!」

 急加速にシート裏にしがみ付いたナジーが悲鳴を上げる。

「分かったし。ちょっとだけ時間を稼ぐ」

「サブシート、出すまで待って!」


 ルーゴは驚きに「みゃっ!」と鳴いて彼女のお腹に掴まっている。爪を立てて必死にしがみ付いているがスキンスーツの上からなので痛みもない。

 ペダルを踏み込んで加速し、敵部隊から遠ざかりながら慣性飛行をする。その間にナジーはサブシートを展開させると子猫を抱き取ってベルトを締めた。


「いいよ。でもお手柔らかにお願いします」

「それは無理な注文かもしれないし」

「うっそー!」

 彼女の悲鳴はルージベルニの旋回場所に取り残された。


 赤いアームドスキンは二千m近い距離を数秒で駆け抜ける。爆球へと変わってしまったベリゴールに突進すると、一つの灯りに狙いを定めてビームカノンを向けた。

 ジェットシールドでビームを受けたニ―グレンは衝撃で姿勢を崩す。そこへボールフランカーからの一撃が襲い掛かった。

 高速旋回する砲口からのイオンビームは斜めに一文字を描く。それに胴体を薙がれると半壊した。貫通力は弱まっても破壊力は半減した程度だ。


「まだまだぁ!」

 次の一撃で火球に変える。

「怒らせちゃったから激しいね、ルーゴ」

「みゃうー」

 乗客は観戦する余裕があるようで安心する。


 集中する砲火に機体を流す。振り出した脚のパルスジェットを噴かし派手にロールさせる。途中で推進機(スラスター)をひと噴かしして反転。腰部のパルスジェットで旋回させつつビームカノンを放つ。


「はうあうあー!」

「にゃーうみゃー!」


 踊り狂う機体に掻き回されたコクピット内は悲鳴に満たされる。ニーチェの視界も外を認識できるような状態ではない。それでも彼女はターゲットを見失ったりはしない。視覚(・・)は常に敵機の灯りを捉えて離さない。


「ガドまで! またやられたぞ!」

 共用無線には別の悲鳴が響いてやまない。

「誰だ! (くれない)の堕天使が大したことないって言ったのは!」

「仕方ないじゃないさ! あんなに素人っぽかったのに!」

「名前負けなんていうから怒っ……! がっ!」

 また一機部品を撒き散らしながら跳ね飛ばされていく。


 縦横無尽に駆け巡っては正確無比の狙撃を食らわせる。敵部隊にすれば堪ったものではないだろう。撃破は十に満たないものの大破から中破のアームドスキンが量産されている。


「あんな無茶な機動で、どうやって狙ってくる?」

「どこが堕天使だ!」

「でも、あれを見ろよ」


 舞い踊っていたかと思えば、スッと上方へ向かったルージベルニは青白い電光のリングから死の光を撒き散らした。ニーチェは意識していないが、その様は本当の堕天使のように映る。


「神々しい……」

「馬鹿野郎、見惚れてたら死ぬぞ」

「隊長、早く増援要請を!」


 相手にはまだ戦力に余裕がある。だが、高揚感に身を任せて漂うニーチェは怖ろしいとは感じていなかった。


「いくらでも来ればいいし」

 傲然と言い放つ。

「いや、今のうちに逃げられるんなら逃げようよ」

「みゃー!」

「え? ダメ?」

 子猫にまで突っ込まれた。

「じゃあ我慢する」

「我慢なんだ……」


 ボールフランカーの回転が止まり、通常の狙撃で敵部隊を追い立てる。マーニたちを包囲していた部隊も一時後退の兆しを見せていた。


「ごめんなさい。結局暴走しちゃったし」

「あなたはそういう子よね」

 ドナの声音は諦め混じりだ。

「とりあえず、このまま離脱するわ」

「逃がしてもらえるのん?」

「レーダーに血の誓い(ブラッドバウ)艦隊が映っているそうよ」


 マーニの報告に歓声を上げた彼女らは、クナリヤ号を取り囲んだままで戦場を離脱した。

次回 「気になるなら、ちゃんと救護して貸しを作っておけば?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……ON/OFFが激しい(?)娘だなぁ……。
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