魔の啼く城へ(5)
クラフターの最前部、張り出した操縦席の下にニーチェはルージベルニを寄せる。双肩の上に浮く青いリングから放たれるビームで敵機は不用意に近寄ってこない。
「ナジー、来て!」
キャノピーから覗き込みながら訴える。
「だから無理。この子は外に出せないの」
「いいから! 下のハッチに連れてきて!」
「でも……」
彼女は「早く!」と急かす。
操縦室の空気を抜く暇など無い。そもそも抜けば子猫は死んでしまう。
「ドゥカル!」
『仕方がないのう』
機器の操作に関してはかなりの事ができる老爺に頼む。
「……!」
「そのまま身を任せて!」
急に開いた脱出口に息を飲んだナジーに呼び掛ける。
噴出する空気に彼女は簡単に吸い出されてしまう。アームドスキンのハッチを開いていたニーチェは泳いできた身体を抱きとめた。
「ルーゴが!」
子猫は脱出口の縁に爪を掛けて踏ん張ってしまっていた。
「大丈夫!」
「でも!」
身を乗り出したニーチェは右手を差し出す。左手でヘルメットのバイザーを開ける操作をすると真空に顔をさらした。
声は伝わらない。それでも彼女は子猫に「おいで」と唇の動きだけで伝える。怯えるルーゴも思い切って身を躍らせる。確実に受け止めると、すぐに操縦殻のプロテクタを閉じ、一気に内部に空気を注入させた。
「すぅ……。ルーゴ、偉かったし」
「みー……」
大きく息を吸ったニーチェはまだ震える子猫を抱き締める。
聖母のように微笑んで子猫を撫でていたニーチェの形相が一瞬で変化する。奥歯を噛み締めた口元が震え、眦が吊り上がった。
「無力な者から狙い、何もかも奪っていく!」
赤い瞳が闘志に染まる。
「あんたらもやっぱりライナックの手先! 許さないし!」
彼女の激情に呼応するが如く対消滅炉の唸りが高まる。
推進機が金色の光を吐き出し、赤いアームドスキンを舞い踊らせる。煌々と輝く頭部のスリットセンサーが筋を引いてゼムナ軍機を睥睨した。
(墜とす! 一機残らず仕留めてやるし!)
悪意に身を任せ、フィットバーに腕を食ませた。
「ニーチェ、ニーチェ! このままじゃ持たないから!」
急加速にシート裏にしがみ付いたナジーが悲鳴を上げる。
「分かったし。ちょっとだけ時間を稼ぐ」
「サブシート、出すまで待って!」
ルーゴは驚きに「みゃっ!」と鳴いて彼女のお腹に掴まっている。爪を立てて必死にしがみ付いているがスキンスーツの上からなので痛みもない。
ペダルを踏み込んで加速し、敵部隊から遠ざかりながら慣性飛行をする。その間にナジーはサブシートを展開させると子猫を抱き取ってベルトを締めた。
「いいよ。でもお手柔らかにお願いします」
「それは無理な注文かもしれないし」
「うっそー!」
彼女の悲鳴はルージベルニの旋回場所に取り残された。
赤いアームドスキンは二千m近い距離を数秒で駆け抜ける。爆球へと変わってしまったベリゴールに突進すると、一つの灯りに狙いを定めてビームカノンを向けた。
ジェットシールドでビームを受けたニ―グレンは衝撃で姿勢を崩す。そこへボールフランカーからの一撃が襲い掛かった。
高速旋回する砲口からのイオンビームは斜めに一文字を描く。それに胴体を薙がれると半壊した。貫通力は弱まっても破壊力は半減した程度だ。
「まだまだぁ!」
次の一撃で火球に変える。
「怒らせちゃったから激しいね、ルーゴ」
「みゃうー」
乗客は観戦する余裕があるようで安心する。
集中する砲火に機体を流す。振り出した脚のパルスジェットを噴かし派手にロールさせる。途中で推進機をひと噴かしして反転。腰部のパルスジェットで旋回させつつビームカノンを放つ。
「はうあうあー!」
「にゃーうみゃー!」
踊り狂う機体に掻き回されたコクピット内は悲鳴に満たされる。ニーチェの視界も外を認識できるような状態ではない。それでも彼女はターゲットを見失ったりはしない。視覚は常に敵機の灯りを捉えて離さない。
「ガドまで! またやられたぞ!」
共用無線には別の悲鳴が響いてやまない。
「誰だ! 紅の堕天使が大したことないって言ったのは!」
「仕方ないじゃないさ! あんなに素人っぽかったのに!」
「名前負けなんていうから怒っ……! がっ!」
また一機部品を撒き散らしながら跳ね飛ばされていく。
縦横無尽に駆け巡っては正確無比の狙撃を食らわせる。敵部隊にすれば堪ったものではないだろう。撃破は十に満たないものの大破から中破のアームドスキンが量産されている。
「あんな無茶な機動で、どうやって狙ってくる?」
「どこが堕天使だ!」
「でも、あれを見ろよ」
舞い踊っていたかと思えば、スッと上方へ向かったルージベルニは青白い電光のリングから死の光を撒き散らした。ニーチェは意識していないが、その様は本当の堕天使のように映る。
「神々しい……」
「馬鹿野郎、見惚れてたら死ぬぞ」
「隊長、早く増援要請を!」
相手にはまだ戦力に余裕がある。だが、高揚感に身を任せて漂うニーチェは怖ろしいとは感じていなかった。
「いくらでも来ればいいし」
傲然と言い放つ。
「いや、今のうちに逃げられるんなら逃げようよ」
「みゃー!」
「え? ダメ?」
子猫にまで突っ込まれた。
「じゃあ我慢する」
「我慢なんだ……」
ボールフランカーの回転が止まり、通常の狙撃で敵部隊を追い立てる。マーニたちを包囲していた部隊も一時後退の兆しを見せていた。
「ごめんなさい。結局暴走しちゃったし」
「あなたはそういう子よね」
ドナの声音は諦め混じりだ。
「とりあえず、このまま離脱するわ」
「逃がしてもらえるのん?」
「レーダーに血の誓い艦隊が映っているそうよ」
マーニの報告に歓声を上げた彼女らは、クナリヤ号を取り囲んだままで戦場を離脱した。
次回 「気になるなら、ちゃんと救護して貸しを作っておけば?」




