紅の堕天使(4)
仰天する彼らの前に全身をさらす鮮やかな赤いアームドスキン。地獄のチームカラーである暗灰色でも、その特異性から漆黒をベースとしているクラウゼンとも違う派手なカラーリングに目を奪われる。
線の細いフォルムは優美な曲線を描き、総合しては鋭利な印象へと導かれている。重厚な部分はほとんど無く、誰が見ても女性的なイメージの強い外観をしていると思えた。
三角錐の頂点を前面に突き出しているかのような頭部も鋭さを演出している。そこへ入れられた切り込みのような両眼の黄色いセンサースリットは美麗さを際立たせ、額に当たる位置に座するもう一つの菱形のセンサー部がアクセサリーのように輝いていた。
短いスカートのように斜めに広がるヒップガードも女性的な印象を強めている。ただ、ショルダーユニットの両サイドに張り出した球体パーツだけが異彩を放って存在感を主張していた。
(ああ……、これは)
直感的に自分のものだとニーチェは思った。
「何、これは?」
呆然と見上げるマーニがこぼす。
「知らん。フォイド?」
「ぼくも聞いてませんってば」
「できればサナルフィをもう一機とは頼んだけど、試作機を寄越せだなんて言ってないわ」
誰一人として事情を呑み込めず、トリスが「めっちゃ真っ赤」と感想を述べるのにドナが「派手ね」と返している。通常は好まれない目立つ機体色は、特異性を物語っているようにしか思われない。
「ありました、これの説明」
整備用コンソールを繋げたフォイドが解析を進める。
「機体形式EGASN01、コード『ルージベルニ』。……っと、ニーチェ・オクトラスレイン専用機って但し書きが付いてますね」
「はぁ? こんなもんをド新人に渡せっていうのか?」
「知りませんよ。でも、どんな操作をしたって開かなかったベッドが、その娘が近付いただけで開いたっていうのは、この説明書きを裏付けてるって思えますよね?」
機械屋だけあって筋の通った論拠を並べる。
「ニーチェ、あなた、心当たりは?」
「無い無い。サナルフィをもう一機頼んでくれたのだって今初めて聞いたし」
「そうよね」
マーニも思案に暮れる。
ハッチ開放を目論んで昇降バケットを寄せたフォイドは認証に失敗して戻ってくる。マーニたち管理責任を負う者が額を突き合わせて議論しても結論は出てこない。最終的にニーチェがバケットに乗せられてハッチ前へと引きずり出された。
「勝手に開いちゃったし」
鳥の嘴状に開いたハッチを指差して彼女はどうするか問う。
「そこまでいくと、露骨にあなたに乗れって言ってるようなものよ。仕方ないから乗ってみなさい」
「うぅ……」
皆の視線が痛い。
「専門家のぼくが見ているから安心していいよ」
「よろしく頼むし」
緩衝アームで突き出されたパイロットシートにおっかなびっくり尻を乗せる。すると自動的にシートが後退して操縦殻のプロテクタが下がり、ハッチが閉じられてしまう。
(閉じ込められちゃったし!)
連続する不測の事態に冷や汗が吹き出す。
「おーい、大丈夫かい?」
「起動手順があるみたいだから、ちょっと待っててほしいし」
「分かった。何かあったらすぐに声を掛けてくれ」
(あたし、何も言ってないのに!)
ニーチェは驚愕する。しかし、外で拾われた声は確かに彼女のものだった。
『すまんの。あれらを落ち着かせるのにそなたの声を借りたぞ』
正体不明の声がコクピット内に響く。
「誰?」
『儂はドゥカル』
「このルージベルニっていうアームドスキンを作った人?」
それくらいしか思い当たらない。
『そう思っておけばよい。ただし、儂の事は皆には内緒じゃぞ?』
「内緒?」
好々爺とした口調にニーチェも落ち着きを取り戻してきた。
彼女の目前に白髪の老爺が浮かび上がる。3Dアバターと同様に立体映像で成形される二頭身の身体をしていた。が、ニーチェのアバターのルーディとは外見が全く違う。当のルーディは彼女の思いを反映してドゥカルを物珍しそうに眺め回している。
『まずはそのσ・ルーンを専用の物に替えなされ』
「これ?」
ドゥカルが指差す。左のフィットバーには真新しいσ・ルーンが引っ掛けられていた。
それは、ようやく着け慣れてきた馬蹄型の装具ではなく、前頭部まで張り出しのある輪環状をしていて、上から被る方式になっている。全体に古風に思える蔓草模様の装飾も施されていて、まるでティアラのようであった。
「おお、何だかお姫様みたいだし」
乙女心がくすぐられる。被りながら老爺に視線を転じた。
「お爺ちゃんはどこか遠くにいる人のアバター?」
『そうとも言えるの』
「もしかしてケイオスランデルの? そんなお年寄りには見えなかったけど」
演説映像で見た地獄の総帥はヘルメット状のギアを装着していて容姿は知れない。僅かに覗く口元からは若さが感じられたのも事実で、わざわざ老人のアバターを設定する理由が見つからない。
『ほほほ、あれとは違うぞ。じゃが、あれの意思を酌んでいると思っておれ』
「もー、よく分からないし!」
『それは仕方が無いのう。そなたは運命の流れに乗ったばかりじゃで。とりあえずは、このルージベルニの事と自分の事を学ばねばならん』
引っ掛かる物言いに首を捻る。
ニーチェは「自分のこと?」と自らを指し示した。
次回 「それは知っているとは言わないし」