父と娘(5)
(スパイを露骨に動かしてでも一発逆転を狙ってくる野心。スブラニク辺りでしょうか? 当たってみますか)
ジェイルは考え事をしながら廊下を行く。
ガルドワやブラッドバウの台頭を許しながらも、ゼムナはまだ多くの技術の権利を有している。諸外国も手を切るに切れないのが現実だろう。政情不安を盾にして、交易の不安定感を主張しながら揺さぶりをかけてくるのが実情。
それでも落ち目なのは否めない。経済の格差を埋めれば追い付き追い越せると考えたとしても不思議ではないだろう。近隣国家群の新たなリーダーシップを求めて無茶を仕掛けてくる可能性は高い。
「お疲れさまです、マイスター」
課の格納庫に着いたジェイルは、ゼムナ市民の中でもひと際赤銅色の強い肌色の人物に挨拶する。
「お前か。できてるぞ」
「すみません。毎度のことながら」
相手は機動三課機材係長のヘンリー・ボークマン。この機械畑の職人気質な男を課の人間は「親父さん」などと呼んでいることが多いが、彼は敬意を込めて「マイスター」と呼んでいる。
アームドスキンは格闘戦をやれるだけの強度がある。外部装甲とは別に骨格を有する機体構造だからだ。普通ならそんな重量の嵩張る大型機械はまともに動かない。しかし、反重力端子が諸問題を解決してくれるので運用可能となっていた。
それだけの強度があれど、さすがに宇宙航行も可能な船体を腕で貫けば、稼働部品が数多く精密動作も要求される手には支障が生じる。ジェイルの乗機はマイスターによって修理されていた。
「いいってことよ。道具ってのは使うためにある。飾りもんじゃねえ。使えば壊れることもある」
彼の常套句だ。
「それでも僕が一番あなたの手を煩わせているでしょう?」
「お前の機体をいじるのが一番面白いから構わん。こいつが最も機体同調器深度が高く調整されてる。つまり一番動く機体だ」
「では、お言葉に甘えて好きにやらせてもらいます」
心意気に感謝を表す。
アームドスキンの操縦は大半を感応操作で行う。人間を模した機体全ての操作を四肢や音声だけでは操作し切れない。
マニュアル操作部分は思考だけに留まらず反射が必要な部分。咄嗟に反応してしまう操作の類だ。腕の動作や推進機出力、武装の操作などがそれに当たる。
それ以外は機体同調器と呼ばれる統合制御器を介して行われる。パイロットの思考だけでは命令に矛盾が含まれることが多い。それに整合性を取りつつ機体全体の動作の統合を行うのがシンクロンである。
機体同調器に命令を送るのはσ・ルーンと呼ばれるパイロット用の装具だ。耳に掛けて後頭部に回す形の馬蹄型装具にはマイクや骨伝導スピーカー、複数のカメラ、投光部が備えられている。脳波観測と同時に人間の動作を学習し続けているのだ。
その学習データにより、人それぞれの動作をアームドスキンへと転化できる仕組みで動いている。なので、どの程度学習が進んでいるのかは重要で、確認のために3Dアバターが利用される。投光部から投影された二頭身の3Dアバターの動作で学習深度が確認できる方式。
今もジェイルのアバターは内心を反映して、姿勢を質してマイスターに一礼していた。
「顔を見せたってことは、また立ち回りがあるってのか?」
ヘンリーはどこか楽しげだ。
「いえ。ただ、いつ動かすか分からない状況になりそうなので今のうちに確認をしておこうかと。マイスターにも感謝を伝えておかなくてはなりませんし」
「義理堅いことだな」
そう言いながら顎をしゃくって乗れと促す。
ジェイルの乗機は機体型式ZASP673V2、コード『ムスターク』。普通はコードネームを通称として用いられる。警察用に開発された全高21m余りのアームドスキンである。
胸部装甲の中央に乗降ハッチが設けられており、それが鳥の嘴のように上下に開くと操縦殻が現れる二重構造になっている。プロテクタが上に跳ね上がるとコクピット内部が開放される。中から緩衝アームに懸架されたパイロットシートが前にスライドしてきて容易に乗り込める。
この操縦殻は一応脱出装置になっている。手動操作を行ったり、対消滅炉の反応暴走の予兆を感知した場合はパイロットごと排出する形式。
ただし、機体を放棄せざるを得ない状況というのは突然起こるもので、対消滅炉の誘爆での排出には間に合わないことが多いし、ビーム兵器の直撃に耐えられるほど強固ではない。
大破するほどの状況下での排出率は30%台だといわれる。それが宇宙空間であれば救助される確率は更にその30%ほど。総合すれば生還率は10%を切るだろう。パイロットの保護を目的とするには低すぎる。その僅かな可能性に生きているのがアームドスキンパイロットという職業だ。
「ちょっと気になるんですけど、この左のフィットバーの引っ掛かり、というか一瞬だけ感じる重さは何なのでしょう?」
問題点の提示にマイスターの顔が険しくなる。
「何だと? 今、感じるか?」
「いえ、今は感じないということは……」
「アクションフィードバックのほうだな。チーフSEに見直しかけるよううるさく言っとくぜ。まったく、あいつらときたら」
愚痴に失笑する。
「手間を掛けて申し訳ありません。あなたが自慢できる戦果を持ち帰られればいいのですがなかなか」
「構やしないって。お前がもうちょっと世渡りが上手ければって思うことはあるが、そいつは違うとも思うんでな」
肩を竦めるヘンリーに、ジェイルのアバターは頭を掻いて応じた。
次回 「少し話をしよう。いいかい?」