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ゼムナ戦記 鋼の魔王  作者: 八波草三郎
第五話

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さようなら、ニーチェ(7)

 変化は急にやってくる。モニターしていた第二軌道連艦隊の部隊回線がにわかに騒がしくなったかと思うと、各艦でパルスジェットの光が瞬きだし相対位置が整えられている。

 機動三課の一号艇でもその様子が窺え、何事かと議論の的になる。その答えを知る時はすぐに訪れた。


血の誓い(ブラッドバウ)艦隊が接近中。第二連艦隊は軌道防備に第八分艦隊四隻を残して進発する」

 相互の連絡回線から状況報告がなされる。

「四三は残留艦隊とともに軌道監視任務。三三は進発する艦隊に随伴して陽動任務に当たれ」

「はい?」


『四三』はポレオン第四市警機動三課の符号。つまり随伴を命じられた『三三』は彼ら第三市警機動三課を示している。


「待ってくださいや!」

 マクナガル課長は慌てる。

血の誓い(ブラッドバウ)対応っていったら確実に戦闘になるでしょうに! うちは直接戦闘以外の職務補助で惑星軌道まで呼ばれたんですぜ?」

「接近する血の誓い(ブラッドバウ)は四十隻規模と推定。本連艦隊には十六隻の戦力しかない。第一、第三連艦隊が合流予定だが、それまでは敵の攪乱に努めなくてはならない。支援せよ。これは艦隊司令からの命令である」

「無茶が過ぎますって! うちが加わったからって何になるってんです!?」

 戦力的には微々たるもの。

「命令に反するのであれば処分があるものと思え。これは軍務である」

「黙って死ねと!?」

「課長、これは無理です。理論武装していますので」


 マクナガルはまさか戦闘任務まで回ってくるとは全く想定していなかったのだろう。だから、こういうケースの時の逃げ道を用意していなかったようだ。


「ここは随伴するしかありません」

 連絡回線を遮断させたジェイルは説明を始める。

「ですが、まともに当たれば軽く粉砕されるでしょう」

「当然だ。こっちはたった十二機、しかも相手は最新鋭技術の投入された独自開発機だぞ。あの剣王が率いる一国の軍規模の戦力相手に何ができる」

「そのうえリューン・バレルは協定者。何もできない」

 比類なきパイロットが中心に居ることを示している。

「それでしたら、何かやっている振りをして何もしないで逃げ回るしかありません。敵の目を惹かないように」

「そうか! この訳の分からん事を言う連中と一緒になって戦う必要はないと」

「そういう事です」

 課長は手を打って納得する。


 マクナガルは腕組みして逃げ回る手段を考え始める。ジェイルはその耳に素案となる方法、言うなれば上手な言い訳を囁いておいた。


(そうきてしまいましたか)

 それとは別に彼は気付いていた。

(これは周到な罠だったようです。何らかの事態で大規模な戦闘が想定される場合、もしくは危険な状況が想定される場合、うちが投入されるのは既定路線だったのでしょう。ライナックが煙たい僕を消し去る為に)

 忸怩たる思いに捉われる。事故を装って狙いに来るかもとは思っていたが、誰かを巻き込むつもりなどジェイルにはなかった。

(それならそうで、彼らだけは無事に帰さなくてはなりません)

 操縦室で怒りや恐怖を口にする同僚たちを見る。


 ジェイルは一つの方針を心に決めた。


   ◇      ◇      ◇


 リューンは司令官席に寝そべって星々の海を眺めている。その中に周期的な点滅を見せる星の固まりがあった。接近してくるゼムナ軍軌道艦隊の航宙灯である。


「出撃しないのかしら?」

 隣の専用卓からエルシの忍び笑いが聞こえる。

「するかよ。今んところたった十隻やそこいらの敵だぞ。馬鹿らしくてやってられるか。もうちょっと歯応えありそうな数になってからで十分じゃねえか」

「偵察部隊からの話のこと?」

 フィーナが偵察の報告に言及する。

「宙軍要塞から第一打撃艦隊が進発したけど、到着には二日は掛かるよ、リューン」

「そっちはデザートみてえなもんだ」


 宙軍要塞は本星の外方公転軌道上にある。主に各ジャンプグリッドからの侵入に対応できる位置に配置されているのだ。なので本星惑星軌道まで移動するとなると二日ほどの行程を要する。


「まずは軌道艦隊を平らげてやる。そうすれば、追っ付けやってきた第一打撃艦隊は軌道上に張り付けになるだろ?」

 軌道防備が手薄な惑星国家など他国の笑い者になるだけ。

「厄介なのは第一から第三までの打撃艦隊が一遍に仕掛けてくる時だけだぜ。そうすっと俺も四十隻じゃ荷が重い。分散させとくに限る」

「全戦力を揃えれば打撃艦隊一つか二つなら相手できるつもり?」

「八十いりゃあ二百やそこいらは相手できんじゃねえか。そん時は俺様も本気で遊ばしてもらうからな」


 豪胆に思われるだろうが本気である。この数年で鍛え上げた彼の艦隊は、特権意識を基に組み上げられたゼムナ軍などとは比較にならないと思っていた。


「大人しくしておいてくれるなら、それに越した事はなくてよ」

 エルシが気になる言い方をする。

「何かあんのか? この対処の遅さは気になってるがよ」

「軌道艦隊の補充の遅さ? そこにも思惑がありそうかしら」

「まるで違うみてえな言い方じゃねえか」

 彼女は肩を竦めるだけ。

「気にしなくていいわ」

「気になるっつーの!」

 こうなるとエルシは何も言わない。


(こんな煮え切らねえ素振りは初めてかもしんねえな。こいつが絡むってなると何だ? 似たようなこと……、昔ガルドワ絡みの話をした時には介入に乗り気じゃなかったな)

 アルミナ紛争当時の事だ。

(なんか、ゼムナの遺志同士で非干渉の原則みてえなもんがあるとか言って。って事は遺跡絡みでも何かあるってのか?)


 リューンは未だに底知れない相棒の一面を見るのだった。

次回 「分かってるな? チクリとだけだぞ?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 おや? 女史は何か気付いているのか?
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