地獄の住人たち(5)
ヴァイオラが戦艦ロドシーク用の整備区画まで行くと多くの整備士が立ち働いている。彼らは魔啼城に帰還したからといってダラダラと過ごしてはいない。なので彼女は差し入れにやってきたのだ。
「お疲れ様です!」
さすがのヴァイオラも整備士相手では言葉遣いも丁寧になる。
「おー、ヴァイオラちゃん、ありがたいねぇ」
「もー、オズウェルさんは目敏いんだから」
彼女が手に提げた袋に注目したのだろう。
「いやいや違うって。可愛い子ちゃんが俺たちを労いに来てくれるだけで身体も軽くなるってもんさ」
「軽くなっているのは口じゃないんですか?」
下から覗き込むと彼は爆笑している。
オズウェル・リッチェルも古株の一人である。ロドシークの整備士長であるウォーレン・ブブッチの親友で同い年なのだから彼も三十五歳になるはずだ。それよりもかなり若く見えるが。
ウォーレンが朴訥としていて無口に仕事に励むタイプなので、オズウェルが状況を代弁してくれる場合が多い。整備士としては若いながらも戦艦一隻を仕切っているのは彼らのコンビネーションあってのことである。
「ビームコート、吹き直すんですか?」
近場の人に焼き菓子を配っていると、ちょうど彼女のサナルフィが大型アームで運ばれていく。そこはビームコート用の塗布基台。
「一度剥がして装甲を張り替えたからね。吹き付けるだけ」
「あっ、そうか。お世話になります」
「本体装甲となると普段は傷みの激しい所の部分交換しかできないから、こういう時に全張り替えさ」
基台に乗せられたヴァイオラのサナルフィを囲むような幅広の金属バンドがせり上がってくる。通常ならこの時に熱レーザー照射が行われてビームコートが一度剥がされる。ガイドレールを辿って機体上方まで移動したバンドはコート素材の吹付けと冷却乾燥までを行いながら下がっていく。それで機体全面に均一に5mmのビームコートが塗布されている。
「わぁお! ぴっかぴか! 嬉しい」
照明を反射する光沢が美しい。
「でも動かしたら割れちゃうんでもったいない」
「仕方ないさ。組み上げたまま塗布する方式じゃないと手間が掛かって仕方ない」
アームドスキンは複雑に駆動する機械。可動部のコートはどうしても割れてしまう。
結晶時に割れやすい組成に調整されているので無用に剝がれる心配はないものの、関節部は破片と粉で一時的に白汚れになってしまう。だが、すぐに振るい落とされて目立たなくなるのを見越してこの方式が採用されている。
全駆動部のシーリング作業などしていたら今の十倍以上の時間が掛かってしまうだろう。ほとんどの作業が機械化されて、整備士がσ・ルーンで操作するだけとはいえ時間短縮は難しい。
「わたし、このピカピカの状態、好きー」
ヴァイオラは目を細める。
「見た目も良いし、何よりヴァイオラちゃんの可愛いお顔も守ってくれるからね」
「もー、調子いいんだからぁ」
彼女は整備士の男の背中をバンバンと叩く。
「あれ? 今日は相棒さんは?」
「ウォーレンはあっち」
オズウェルは親指で示す。
「クラウゼン? 魔王様の機体。なんか今日はいっぱい集まってる」
「ああ、時間取れるうちに構造見学会をやってるのさ」
ケイオスランデルの乗機の整備担当は整備士長のウォーレンなので触れているのはおかしくも何ともない。ただ、今日は男女交えて多くの整備士が開かれたメンテナンスハッチ内を覗き込んでいる。
「魔王様の機体の担当を下っ端に任せるの?」
苛立ちが隠せず口調が荒くなる。
「違うね。量産化計画に向けての予習みたいなもの」
「量産化!? 初耳なんだけど」
「EGAS04『ベルナーゼ』やEGAS05『サナルフィ』は初めから量産ベースで開発されて生産された機体。でも、EGASC01『クラウゼン』は基本的に専用機設計で作られてる」
彼は技術者らしく型式番号を交えて説明してくる。
「でも、どうやら総帥閣下の頭の中では指揮官機としての量産は予定されていたみたいなのさ。だから『闇将』なんて愛称がまかり通っていたらしい。ウォーレンの野郎、知ってたのに俺にも教えてくれなかったときたもんだ。腹が立ったから、夕べはあいつに散々奢らせてやったぜ」
「ねえねえ、指揮官機で量産って、魔王様御自らがテストしてるってこと?」
「他の量産機とは一味違う機構が組み込まれてるんだ。独自開発機に触れてきてるウチの連中だって予習しとかなきゃ追い付かない」
愉快そうに笑っている。この辺りは彼も根っからの技術者肌だ。
ヴァイオラは胸躍らせた。もしかしたら、いずれはあの黒い勇壮なアームドスキンでケイオスランデルと肩を並べて戦える可能性が浮上してきたからだ。
(ワクワクだねぇ)
夢は広がる。
テロリストと蔑まれようが彼らに悲壮感はない。同じ目標に向かって走りながらも、それぞれができることをやりながら日々を楽しんでいる。
明日をも知れぬ命でも、安定した環境下で望みを口にする余裕があれば人は生きていける。そう思わせてくれる魔王だからヴァイオラは敬愛し、彼の示す滅びへと突き進んでいく。
(その先なんて気にしたって無駄。わたしたちは悪の組織『地獄』なんだもん)
大それた望みの代償など覚悟のうえ。
復讐という激情に支配された戦士たちの日常は意外と普通であった。
次回 「じゃあ、お使いに出すか。何機ぐらい必要だ?」