地獄の住人たち(2)
歯応えが違う。少し抵抗がある感じがいい。噛み潰すと瑞々しい水分が口腔いっぱいに広がり、独特の香りが鼻腔をくすぐる。そして舌を刺激する柔らかな甘さがやってくる。その甘い水分を飲み干すと身体にまで瑞々しさが戻ってくるかのように感じた。
作戦が長期に及ぶと、終了後のこの生野菜の味にミグフィは感動する。若い二人のパイロットなど生き延びたのを実感できるのかもしれない。栄養はサプリメントや冷凍野菜、合成フルーツバーで補給しているはずなのに満足感が違う。
「美味い! オレ、このサラダを食いに魔啼城に帰ってきてるみたいなもんだよ」
マシューが感嘆する。
「また爺臭いこと言ってるー」
「許してあげて。太古から船乗りが心から欲しているのは新鮮野菜だってのはお約束みたいなものなんだから。あなただって航宙から帰ってきたら野菜が欲しいでしょう?」
「女の子は違うんだもん。お肌に大事なんだから」
本来ならマシューもヴァイオラもまだ肉っ気と量があれば満足する年代である。しかし、長期の航宙の後に欲するのはやはり新鮮な野菜やフルーツなのであった。
「ここの生産設備は全自動なのにこんなに見事な野菜やフルーツを作ってくれるんだものね」
それに関してはミグフィも同意だ。
「お前だって体調悪けりゃ思ったように動けやしないだろう、『閃影』さんよ?」
「当然よ。魔王様が、影さえ見せぬとまで言われるわたしの為に作ってくれたんだもん。健康維持には細心の注意を払ってるに決まってるでしょ」
「いや、お前の為じゃないって」
マシューはやれやれと肩を竦めてみせている。
「お気に掛けてくださっているのは確かだもん! あんたの『弥猛』みたいに突進しか能がない二つ名を預かるようなゴミと一緒にしないで」
「はいはい、喧嘩しない。二人とも、軍の警備部隊に二つ名付けられるほど優秀なんだから、仲良く協力し合えばエイグニルの為になるのに」
いつもいがみ合っているパイロットに呆れる。
(なんだかんだ言いつつもつるんでるし、いざ連携戦闘となればあんなに呼吸が合うのに、普段はこれだものね)
パイロットとは理解できない生き物である。
本音を隠しているのかといえばそうでもないらしい。
アームドスキンパイロットは操舵士のミグフィが着けているσ・ルーンより複雑な装具を装着している。このσ・ルーンは感応操作に必要なギア。なのでミグフィも簡易版を用いているが、パイロットともなれば全身の動きを学習させる為に常に装着しているのだ。
学習深度を測る為にパイロット用σ・ルーンには3Dアバター機能が内蔵されている。投映されたアバターがどの程度意識と同調しているかが大事で、今も二人のアバターは拳を振り上げて格闘中。互いに本気でいがみ合っているのが窺える。
「やめて、ミグフィ。こいつと仲良くとか、想像しただけで悪寒が……」
ヴァイオラのアバター『ウェネ』が自分を抱いて震え上がっている。
「そうだぜ。オレの『ジデオン』だってこんなに嫌がってるじゃん?」
「改めなさいと言っているのに」
ミグフィは溜息が出てしまう。
「それにしても変な習慣よね。敵にあだ名を付けるとか」
「そのほうがやり易いんじゃね? 連携作戦の時とか」
「一応は名前を明かしていないとはいえ、君たち、共有回線でファーストネームくらいは呼び合っているでしょう? バレてるはずだけど」
そうでなくとも調査はされているだろう。警備部隊の諜報部門などが各反政府組織の構成員をリストアップしているのは容易に想像できる。
「伝統みたいなもんだもん」
ヴァイオラは当たり前のことだと思っているようだ。
「古くはライナックの始祖、『稲妻』ロイドから一昔前の『疾風』ジーンみたいな感じ?」
「そうそう。血の誓いの『剣王』リューンだってそうだろ? パイロットにとっては勲章みたいなもんと思ってくれよ、ミグフィ」
「名手のあだ名かな?」
二人には常識らしい。
閃影ヴァイオラに弥猛マシューが言うのだからそうなのかもしれない。しかし、無縁なミグフィから見ると、一種倒錯的な印象が拭い切れない感じはするのだ。
「だとすれば、閣下の『魔王』もそんなふうに受け取られているのかしら?」
若干心配になってきた。
「えー、魔王様はご自身でそう名乗っていらっしゃるんだから少し違うと思う」
「ああ、ライナックに滅びをもたらす黒き爪の魔王と名乗られての活動だからな。あの方がそうして前面に立ってくださるからオレたちが直接批判の的になったりしないで済んでるし」
「そうよね。二つ名というのとは違うものね」
彼女も総帥の自己倒錯的な部分は見たくないと思う。
「閣下のそれは理念なの! やり遂げることを自らに課していらっしゃるから自ら悪を名乗るのも厭わないんだもん! ミグフィだってそれが分かっているから『地獄』なんて名前の組織で活動しても構わないって思ったんじゃないの?」
「確かに……」
ケイオスランデルは彼らの代弁者であり象徴である。
(内に滾る復讐の炎を燃やし尽くせるなら何と言われても構わないと思ってる)
多かれ少なかれ、ここにはそんな人間が集まっているとミグフィも感じていた。
次回 「アナベル・ライナックを破滅に追い込んだ男の話」




