泣けない少女(11)
アナベルが泣き付いた相手は本家の一族の一人、ブエルド・ライナック。既に彼女の力ではジャーナリストの横行を防ぐなど無理。頼るべきは本家の発言力しかない。
「どうかこの通り」
気位だけは人一倍の彼女が床に頭をこすり付ける。
「それは不可能というものだ。職権乱用程度なら揉み消せなくもなかっただろう。ただ、麻薬はいただけんぞ。汚れたイメージを本家に背負えとでも言う気なのか?」
「いえいえ、滅相もない。しばらくの間だけでもメディアの動きを抑えていただければいずれはほとぼりが冷めるかと」
「難しいとしか言えぬな。別件もある」
ブエルドは2D投映パネルを立ち上げると回転させて表示内容を見せつけてきた。それはオーガスタスとエリノアの夫妻の殺害嫌疑にまで及んだ記事だ。
「殺したのか?」
直截に訊かれる。
「あれは……、事故などです! そんなつもりは!」
「つもりがなくとも罪は罪。裁かれるのが普通」
「そんな……」
アナベルにしてみれば今更本家が何を言うという思いはある。ここ数十年、まかり通してきた無理を彼女だけ通せないのは不条理に感じる。
「そなたの行動に問題は多々あるが、これの影響はどうにもできまい?」
パネルの中身が動画に変わり、それを目にしたアナベルは下唇を噛む。彼女を完全に窮地に追い込んだ一因になった動画だ。
『私は彼女を探しています』
そんな謎の人物のひと言で動画は始まり、一人の少女の顔が映し出される。
『彼女の名前はルーチェ・ロセイル。ごく普通の四歳の少女です。なのに彼女は存在しません。存在してはいけないようなのです』
不可思議な論調で内容は進んでいく。
『どういう意味かといえば、彼女はゼムナ市民でありながら国籍登録されていないのです。社会通念上、存在しない状態で彼女は生きています。なぜ彼女を知ったのか? それは私が今、彼女を保護しているからです』
朗らかに笑いながら食事をしている少女の画像に変わる。
『ご覧の通り、明らかに彼女はゼムナ市民。では、どうしてこの少女は存在しないことになっているのでしょうか? それが不思議でなりません。だから私は彼女を探しています。本当の彼女を』
謎の声はそう締め括った。
少女の様子が消えると画面には別の画像。それは金管笛奏者エリノア・ロセイルの仕事窓口のホームページ。彼女がルーチェの母親であるとテロップが入る。
そして、父オーガスタスも交えた仲睦まじい親子の画像が挟まれる。そこに『彼らはもう存在しません』というテロップ。続いて『これらは独自に入手したもので既に消去されております。その真偽は皆様のお心次第』と表示される。
最後に依頼のログへと切り替わり、スクロールしていくと最後にアナベル・ライナック名義の依頼が入っている。そして『これは何を意味しているのでしょうか?』と疑問とともに動画は終わった。
この動画はセンセーショナルに報じられた。それも当然、渦中の人物アナベルに新たな疑惑が生じたのだ。それに飛び付かないメディアなど無い。追及は熾烈さを増し、彼女は何もかもかなぐり捨ててブエルドに泣きつく以外なかったのだ。
「これはどうにもなりませんよ」
その言葉には棘が含まれている。
声の主はエルネド、ブエルドの長子である。彼は戦気眼に恵まれ、アームドスキンパイロットとして軍に属しているはず。その青年が動画再生の最中に応接間へと顔を見せていたのである。アナベルにとってはライナック本家に嫁いだ姉の息子、甥に当たる青年であった。
「自業自得というもの。観念してはどうですか、叔母上?」
呼び方と異なり内容に情は感じられない。
「そんな! わたくしとてライナックの名に連なる者。どうかお慈悲を、エルネド様!」
「非道が過ぎてフォローする気にもならないと言ってるんですよ。まあ、ぼくもライナックの名が中傷の的になるのは面白くはない」
エルネドは語調を緩める。
「そ、そうでありましょう?」
「この動画をアップロードした主は判明したのですか、父上?」
「匿名アカウントだったが調べさせた」
そこでブエルドは意地の悪い笑みを浮かべる。
「ジェイル・ユングという捜査官だ」
「くっ! あいつが!」
「そうだ。お前が煮え湯を飲まされた男が絡んでいるらしい」
エルネドの形相が変わる。険しい目つきで宙を睨むと床を激しく蹴り鳴らす。彼をそうまで苛立たせてしまう人物のようだ。アナベルはそこを突けばブエルドを動かせるかもしれないと気を取り直す。
「因縁浅からぬ相手のご様子。人類平和の守護者たるライナックに仇成すとはこのジェイルという男、神をも畏れぬ愚物と見受けました。ここはやはり制裁を加えるべきだとは思いませんか、エルネド様?」
英雄の血統を持つ青年の耳に毒を注ぎ込む。
「その通りならば、ぼくがまず討たねばならないのはあなたのなのですよ、叔母上。しかし、ライナックの名を汚し、ゼムナの体制を揺るがさんとする行いは宇宙の秩序に貢献する我が一族への挑戦とも言える。このまま野放しにするのも問題だとも思いますね、父上」
「さすが英雄の異能を受け継ぎしお方!」
「しかしな……」
望む流れを引き込んでほくそ笑むアナベルを遮ったのはブエルドの一言だった。
次回 「そういう男なのだ、この第三市警機動三課のジェイル・ユングは」




