終焉の魔王(4)
ゼムナ軍打撃艦隊旗艦オデロ・セレナの会議室では今後の作戦が討議されている。
対血の誓い・地獄連合艦隊の作戦指揮に従事する主要メンバーは五人。総司令のジュスティーヌ・ライナック二冠宙士に副官のプリシラ三杖宙士、艦隊統合後に役立たずの血族司令を排除して分隊司令に昇格させたレーバ・ガブセー二杖宙士。同じく分隊司令のアリョーナ・スビサレタ二杖宙士とマフダレーナ・シャウテン二杖宙士である。
ジュスティーヌが意図した訳ではないが、奇しくも四人が女性という変則的な陣容となっていた。男性が好む権威主義的風潮を踏襲してきたゼムナ軍の中で優秀な人材となれば、自らを磨く事に腐心した女性が頭角を現してきた結果なのかもしれないとも思う。
「現有戦力は以上の計百七十隻。機動戦力アームドスキンは大きく減じて四千百機となっております」
進行役をしてもらっているプリシラが説明してくれる。
「対して連合軍側は推定百隻。機動戦力も二千八百機ほどの水準を維持しているかと思われます」
「あいつらを連合軍と呼ぶのもねぇ」
「お話しした筈ですよ、総司令。彼らの戦力規模は一国家を凌駕するほどとなっています。呼称から侮る心持ちでいるのは危険かと?」
ずばりと諫められた。
「分かってる。分かっているから」
機動戦力が局所攻略兵器だった旧時代とは数の意味が大きく異なる。
戦闘艦の性能が艦隊戦を制する時代であれば、航続性や武装で劣る戦闘宇宙機は牽制役でしかない。作戦に幅を待たせる程度の艦載能力があればよかった。
しかし、アームドスキンが戦場の主役になってからは様相は一変する。過大ともいえる火力を背景に、単独戦闘継続能力でも戦闘艦に劣らない。機動性まで加味すれば戦闘艦を凌駕する。
結果として、旧時代の戦闘艦はアームドスキンの前に金属製の棺桶と化し、新時代の戦闘艦は艦載能力ばかりを求められるようになった。要は一隻の価値を一機の価値が上回り、軍の保有機数が国力を表すまでになったのである。
「前回の戦闘じゃ母艦は沈められてないけど、アームドスキン隊は大きく削られてしまったって言いたいんでしょ?」
副官の意図するところはそこだろう。
「ご理解いただけているようで幸いです。彼我の戦力差はかなり圧縮されてきたと思わざるを得ません」
「力任せの衝突は避けて、戦術に基いた整然とした作戦を用いるべきなのも理解しているわよ」
「一つお尋ねしたい」
レーバが挙手する。
「敵の戦力規模は推定値ほども存在するのでありましょうか? 一時はかなり優位に戦局を運んだと感じております。もっと失われているからこそ、前進してきたエイグニルの機動要塞まで後退したのではないかと」
「観測士の画像解析による結果です。大きな誤差はないものと考えています」
「おそらくは破損機体の修理の為に機能的な本拠地へ戻ったと思う」
マフダレーナもプリシラに賛同した。
「レーバ殿も言ったようにブラッドバウは損失を受けています。数はともかく損失というのが重要で、彼らにしては精神的なダメージも大きかったのではないかとも思うのです。どちらかといえば、そちらの立て直しに時間を欲したのかもしれません」
「アリョーナの意見も確かよね」
ジュスティーヌも頷ける内容だ。
これまでの対血の誓い戦闘では、勝利と言っても数で押し返しただけという側面を否めなかったと思う。今回ほどに戦列まで影響しかねない楔を打ち込んだ事例はほとんど記憶にない。
「士気は取り戻して帰ってきても、どこかに不安を抱えている可能性もあるっていう事よね」
つけいる隙だと感じる。
「ですが、そういった不安を跳ね返す勢いを持っているのも、かの組織の特質でもあります。あまり重視すべきではないでしょう」
「厳しいわね、プリシー。隙を見せれば一気に押し込むくらいの気構えでいいわ。作戦上は考慮しないでいきましょ」
「堅実かと思われます」
プリシラの賛同も得られた。
「じゃあ具体的にはどうすればいいかしら?」
「前回利用した弱点と呼べるものではないのですが、ブラッドバウには特質、端的にいえば癖がある戦術を用いる傾向が」
「どんな癖? 教えて、マフダレーナ」
彼女は血の誓いの組織として性質を逆手に取った戦術を提案する。それはジュスティーヌを含め、皆を納得させるに足る内容だった。
「問題は敵方に魔王がいること。彼に看破されれば前提から崩れることになりかねない」
同時にリスクも告げる。
「なるほどね」
「でも、考慮すべきでしょうか?」
「なに、アリョーナ?」
異論に耳を貸す。
「前回の分析結果を見れば、エイグニルの介入は問題へ対処する形で行われています。これは指揮系統が一本化されているのではなく、ブラッドバウを補佐する方針なのではないかと? あの組織の勢いという長所を殺さないために」
「つまり連合している以上、魔王は初手から大胆な用兵をしてくる心配はないと言いたい訳ですね?」
「そう愚考します、プリシラ殿」
血の誓いの性質は魔王の作戦で左右されないと言いたいのだろう。
「私もスビサレタ分隊司令の意見に賛成です、総司令」
「そう? じゃ、マフダレーナの素案を参謀部でブラッシュアップさせる方向で進めるわ。で……」
ここで彼女はひと呼吸おく。
「懸案の、敵の要となるアームドスキン。誰が誰とマッチアップするかという件なんだけど?」
最大の問題に全員が眉間に皺を寄せるのをジュスティーヌは眺めていた。
次回 「大胆ね。わたくしでは役者不足だと?」




