善悪の向こう側(12)
ジェイルと分断されたニーチェは焦燥を抱いている。父が心配だし、父に心配させるのが嫌だ。早急に片付けたい、もしくは距離を取って合流したい思いが相手のつけ込む隙になっていると感じる。
剣王から聞いた戦気眼という異能なのだろう。攻撃は事前に回避され掠りもしない。退けようとするビームが相手を招く呼び水になっているかのようだ。ブレードの切っ先が左胸の装甲に浅く斬線を刻んだ。
「そんな強いのに……」
怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「あら、もう降参?」
「そんなに強いのにどうして誰かを助けようとしないし!」
(能力は然るべき人が持つべき。剣王みたいに弱きを助け強きをくじくを地でいくような人とか、余力があるなら誰かに手を差し伸べるのが当たり前と考えているパパみたいな人とか)
彼女の能力はその父を救うために授かったと思っている。
「地位もあって生活に困るような事もなくて、それでいて強さもあるなら誰かを救える筈だし! なのに自分の都合ばかりを誰かに押し付けて恥ずかしくないの?」
できるのにやらないのは怠惰だと思う。
「なぜ、わたくしが庶民の暮らしにまで目を向けなくてはならないの? そんなの些事よ、些事。世の中には自己責任という言葉があるの。苦しいなら抵抗なさい。爪を立ててきなさい。叩き潰して差し上げるわ」
「あんたもライナック! 分かっていた筈なのに! どうしようもなくライナック! 傲慢の塊みたいな奴!」
「褒め言葉と受け取ってあげる」
余裕は崩せない。
ルージベルニの突き出したビームカノンに肩をこすり付けて飛び込んでくる。横薙ぎの斬撃をブレードモードのボールフランカーで受け、もう一方のフランカーの一撃を送り込んだ。
半身で躱したエオリオンは胴体へと砲口を向けようとする。フォトンブレードのグリップエンドを叩きつけて逸らすが、通り抜けざまにヒップガードの先端を刎ね飛ばしていった。
「そんな理不尽がまかり通ると思っているからゼムナの遺志に見捨てられるし!」
苦し紛れのひと言。
「なんですって?」
「今頃後悔してるし! こんな奴らに技術を授けるんじゃなかったってね!」
「この小娘! 黙っていれば言いたい放題! そんなの! お前などに! 言われる筋合いなど! ない!」
ひと言毎に激しい斬撃が襲いかかり、装甲に斬痕が増えていく。
「役目が済んだから! 去っただけ! 決して! 見捨てられた! のではないわ!」
「ほんとは心の隅でそうだと思ってるし! 頭に血をのぼらせてるのが証拠!」
「黙んなさい!」
ビームが前腕を掠めて溶解させる。右手の小指と薬指が機能消失の警報が2D投映コンソールに表示された。
両肩のボールフランカーから連射を放つ。無作為に広角に撃ったビームを女帝はジェットシールドで防ぐ。しかし、シールドコアが溶けたのか、距離を置いて排出操作を行っていた。
(このままじゃやられるし)
実力差は言うまでもない。
(あたしが負けたらこいつはパパのとこに行っちゃう。そしたらパパは……)
プリシラと同時に相手しなくてはならなくなる。さすがのジェイルでも厳しいだろう。
(そんなの許せない!)
頭の中まで真っ赤に染まる。
『同調率、第二基準値に達しました。ボールフランカー、セパレートモードで使用可能です』
システムアナウンスが何らかの変化を告げる。
「セパレートぉ? 何でもいいからいっけぇー!」
「なんですってぇー!」
ボールフランカーがルージベルニの肩から遊離する。パルスジェットを短く噴射すると球体のユニットは完全に分離した形で機動を始めた。
機体と接していた面には三ヶ所の姿勢制御ノズルパルスジェットが設けられ、その間を埋める三ヶ所に反重力端子グラビノッツのターミナルエッジが立ち上がって質量制御を行っている。
「なんなの、それ? まさかレギューム?」
「知らないけど繋がってる感じぃー! やっちゃえー!」
『セパレートモードじゃが、強力とはいえ電波で制御しておるからターナ霧の濃度で可動範囲が制限されるから気を付けるのじゃぞ』
ドゥカルが何か言っているが耳に入ってこない。
ボールフランカーは三つの鋏状機構をピンと立てると先端をエオリオンへと向ける。高速回転を始めた前半部は連射を吐き出し始めた。それも高速移動しながらである。
「なんて輝線の数なの! 隙間なんてないじゃない!」
「当たれ! 当たれ! 当たれぇー!」
完全にハイテンションになったニーチェは吠え散らした。
◇ ◇ ◇
(うそ……)
ケイオスランデルの言葉に反応したプリシラは驚きを禁じ得ない。
戦闘機動中なので望遠で確認するのは不可能。何が起こっているかは分からないにせよ、ルージベルニが未だ健在なのは間違いない。しかも、遠くビーム光が交錯しているのは確認できる。ニーチェがジュスティーヌと五分で戦っているという意味だ。
「感情の昂った娘の戦闘能力は私以上。追い込めば追い込むほどに強くなっていくぞ。むしろ女帝が撃破されない事を祈るのだな」
「姉上を超えるというの」
言葉の罠であるのは否めない。しかし、戦気眼をもってしても苦戦している相手の言うこと。先に墜とすと明言した上官が遊んでいる筈もなく、難儀しているのが証明になってしまう。
「それでも! 五分のままでは籠の鳥。完全に孤立した状態でどこまで戦い続けられますか?」
「そう見るか。私が無策で前面に出ているとでも思うのなら思慮が足りんな」
「な!」
魔王はプリシラの予想を覆す言葉を畳み掛けてきた。
次回 「地獄にご案内なのん」




