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ゼムナ戦記 鋼の魔王  作者: 八波草三郎
第十六話

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善悪の向こう側(10)

「嵌ったわ!」

 アリョーナは歓喜の声を上げる。


 無意識にマフダレーナの通信パネルに手を差し出してしまう。本当に隣にいればハイタッチをしていたところ。彼女は微笑んでカメラに向けて手を差し出してきた。


「お見事ね。あの時間差突入が勝負の分かれ目だったわ。いつものあれ?」

「ああ、閃いた」

 マフダレーナの最大の能力が一番必要な時に働いたのだ。

「そのまま分断する予定だったが、何かもう一つ足りない気がした。上手くいってよかった」

「そんなホッとした顔のあなたを見るのは久しぶり。それだけの働きはしたわ」

「これで第二打撃艦隊の汚名を灌げただろうか」


(十分じゃない。でも、ここで油断しちゃ駄目。相手は魔王なんだから念には念を入れないと)

 彼女は気を引き締める。


「全機に通達。目的は果たしたわ。侵攻は切り上げるのよ。後ろから来る剣王はあまり抵抗はせずに通しなさい。相手に立て直す時間を与えるの」

 それだけの時間、リューンを拘束できるのだ。

「マフダレーナは……」

「全機、今は手出しはするな。閣下が(くれない)の堕天使を弱らせたら介入して鹵獲するのだ。なんだ?」

「いいの。分かっているなら」


 阿吽の呼吸の戦友に親指を立ててみせる。


   ◇      ◇      ◇


(これは上出来。アリョーナとマフダレーナはあとで褒めてあげなくてはいけないわね。まずは魔王から料理してやるわ)

 銀色のアームドスキンの背中を見送ったジュスティーヌは口端を吊り上げて笑う。


 ケイオスランデルの主な武器は大口径砲。連装になった固定砲や近接兵装も装備しており機動力もあるが機敏さには欠ける。エオリオンだけならともかく、デュープランまでいれば高確率で墜とせるだろう。


(まずは邪魔な小虫から処分しないとね)

 目の前を飛び回る真っ赤な小虫に狙いを定める。


「プリシー、魔王を磔にしておきなさい。先にこの赤いのを潰すから」

「……はい、姉上」

 歯切れが悪いが気にしてなどいられない。急がねば剣王が息を吹き返してくる。


 背中の可動式ビームカノンを時間差で放つ。ルージベルニはテンポよく機体を振って躱している。肩の兵装からの連射をジェットシールドで弾きつつ前へ。再びビームカノンを浴びせる。


(妙な感じ。反応はとびきり。(くれない)の堕天使を異名を持つだけはある)

 動きに目を奪うような華麗さもある。

(でも未熟。簡単に誘導されてるのに気付いていないのよね)


 滅多やたらに撃っているのではない。回避方向を誘導するように芯をずらしている。正面からビームの射線を見た時、無意識に意図した方向に機動するよう仕向けているのだ。

 彼女も戦場暮らしが長い。そんな手管も自由自在。見下ろしてルージベルニを追い込んでいく。


「うっとおしい! パパと離れちゃうし!」

「確かプリシーの後輩で魔王の娘だったわね。聞いたわ」

 焦りを誘うべく話し掛ける。

「そう言わずに付き合いなさいな。大好きな父親とはすぐに会わせてあげるから。場所は地獄になるけどね」

「気遣い無用。もう地獄(エイグニル)の住人だし」

「あら、そうだったわねぇ」


 赤い機体のパイロットの事は他言していない。プリシラの口の重さから訳ありだと感じたからだ。あまり刺激して副官との絆に(ひび)を入れるのは本意ではない。


「じゃあ、お帰りいただこうかしら。ここは生きている人間の世界なのだから」

「何なら一緒につれていってあげるし。お望みじゃなくても先に送ってあげる」

「遠慮させてもらうわ」


 牽制の一撃を今度は右肩で受けている。固定兵装が回転を始め、鋏状機構(クラブ)から発生した刃がシールドとして機能している。

 そのまま突っ込んでくると左肩を突き出してきた。クラブが立ち上がって回転させ錐に変えている。ブレードでは弾き切れないと読んで大仰に躱すと旋回して左手の力場剣で薙いでくる。


(色々と多彩なギミックを装備しているのね。それなりに使いこんでいそう。そのうえにゼビアルと同じ力場剣まで装備しているんだものね)

 嘗めてはかかれない。が、攻撃は全て見えている。戦気眼(せんきがん)から逃れるのは無理。

(怖ろしさはない。早めに片付けてデュープランと合流する。魔王を倒せば確実に戦況は傾くわ。よほど下策に走らない限り勝負は決まる)


 ジュスティーヌはここを勝負の綾だと考えていた。


   ◇      ◇      ◇


 漆黒の大型アームドスキンが視界を圧する。それでもプリシラは怖ろしげもなく前に進んだ。


「あなたは……」

 どうしても問い質さねばならない事があるのだ。

「あなたはどうしてニーチェを巻き込んでまで戦おうとするのですか?」

「あの時の娘だったな、プリシラ・ライナック。娘に聞いた。君こそなぜ戦場を選んだ。そんなふうには見えなかったが」

「私は仕方ないんです。血には抗えません。でも、ニーチェには違う道があったはず。それをあなたが奪う権利なんてありません」


 第一印象は優しげな青年だった。とても『横紙破りのジェイル』などと呼ばれている人物には見えない。ニーチェが懐くのも当然と思えた。

 それなのに銀灰色の髪の男は別の顔を持っていたのだ。今や娘まで引き入れて蛮行へと一直線。信じたくはなかったが現実は現実。どうしても許せない彼女がいる。


「ふむ」

 魔王を名乗る男はひと呼吸置く。

「仕方ない、か。そう思うのは君らしくないのではないかね? わたしを制止しようとした君が」


 彼はプリシラに矛盾を突き付けてきた。

次回 「あなたがそれを言うのですか!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 おや?意外なマッチアップ!?
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