裏切りの報酬(4)
ゼムナ革命政権の暫定首相ローベルトは顔が歪まぬようにするのに自制心を総動員しなくてはならなかった。剣王が四十の艦隊を率い、首都ポレオン目指して降下中だという報告が入ったからだ。
(今になって何の用だ。最初の交渉では素っ気なくしておいて。連合の言質を取るのにどれだけ苦労したと思ってる)
憤懣やる方ない思いが募る。
(挙げ句に約束していた技術供与は無しときた。ブエルド閣下に弁明するのが大変だったのだぞ?)
横流しする筈だった血の誓いの技術は何一つ与えられなかったのだ。
それでも無視できない相手。革命政権にとっては拠り所。
現状は本家と剣王の対立図式が起因している。元のゼムナ政府は反政府組織の活動など痛くも痒くもない。簡単に押さえ込める有象無象に過ぎなかった。
それが剣王を総帥とするブラッドバウが国際軍事組織として台頭し、あからさまにゼムナ政府を非難して軍事行動に移ったのに端を発する。協定者を有する組織が敵対するとなれば勢いを増すのが反政府活動。自分たちが正義だと錯覚してしまった。
ローベルトとてリューン・ライナックの協定者という肩書の正当性を利用して求心力に変えた。ゆえに地獄などという過激な組織と違って、容易にもの別れに終わる訳にはいかないのである。
(庶民上がりの若造には不似合いな大きな力。利用してやろうと近付いたが、こんなに扱いが難しいとは思わなかった)
どうにも思い通りに動いてくれない。
(やはりゼムナの遺志の存在が大きいか。何とかして取り込めないものだろうか?)
稀なる美女だ。傍に置けば箔もつく。
「マスタフォフ首相、ようやく剣王閣下にお目通り叶いますね?」
ジャネスの声は弾んでいる。協定者のお墨付きをもらえば何もかも上手くいくと思っているのだろう。
「あまり楽観はできん状況だ。対応は慎重に願う」
「もちろんでございますわ。わたくしにできるのは軍事面のサポートだけです」
「それでいい。不用意な発言は控えてくれたまえ。ライナック本家とも交渉ラインが開いていない。未だ和平に向けた仲立ちも困難なのだ」
注意を受けた彼女は悄然とうつむく。
(どいつもこいつも役に立たん。本家を本気で怒らせたら私たちはもちろん、剣王でも吹き飛んでしまうのが分からんのか)
ブエルドの企みを知っている彼は、その怖ろしさに怯えている。
軍の度重なる敗退は積弊による弱体化が原因だとローベルトは思っている。それらが解消された時、ゼムナは真の強者に生まれ変わるのだと信じていた。
(その時には私こそが表の顔として君臨していなくてはならんのだ)
権力欲に侵された彼の瞳は冷たく濁っていった。
◇ ◇ ◇
「第三の奴らは気骨がありやがるな。一丁前に牽制かけてきやがったぜ」
降下しようとするブラッドバウ艦隊に対して阻止に展開する気配を見せてきた。
「結局退いちゃったじゃない」
「ありゃあたぶん女帝が直々に下がれっつったんだろうぜ。俺様とやり合いたいが為にな」
「リューンの言う事が正しいだろう。戦略的にはゴリ押ししてでも阻止するのが正解なのだ、フィーナ」
夫がモテるのを喜ぶべきか否かという妻の表情。
「妬くなよ。あんな戦闘狂にモテても嬉しくとも何ともねえじゃん」
「そーお? 煌びやかな美人さんに招かれて内心は嬉しいんじゃない?」
「勘弁してくれ。男を搾りカスにしちまうような女だぜ」
リューンは顔をひん曲げてみせる。
そうしているうちに眼下に首都の姿が見えてくる。観測士が気を利かせて彼の前に望遠画像を立ち上げた。「ありがとよ」と礼を口にして指を滑らせる。
(一見普通どおりに見えるが、所どころ荒れてんな)
目についた所をσ・ルーンの思考スイッチで拡大させると生々しい破壊痕が残っている。
(派手にやった割に中央政庁付近は綺麗なままだな。不自然なくらいに)
攻め込まれる前に本家が逃げ出したとみるべきか? 本家に手出しするのはマズいと手控えしたのかもしれない。
(警備施設はどこだ?)
強く意識すると赤いピンが走って落ちる。軍の駐屯施設と備蓄庫付近を拡大させた。
(打ち壊されたって感じじゃねえ。こいつら、物資や機材には困ってる筈だから、ここを狙わねえって事ぁねえじゃん。どうぞ盗んでくださいって開いてた訳か。胡散くせえな)
ジェイルの推察を裏付ける状況ばかりが目立つ。
「見ての通りよ。どうするつもりかしら?」
エルシが悪戯げに覗き込んでくる。
「出向いてきて挨拶も無しっていうのは疑ってますって言っているようなもの。でも、会ったら会ったで暫定首相の口車に付き合わなくてはいけないのは確定。交渉事をしなくてはいけないくなるのだけど、あなたは苦手なのではなくて?」
「嫌っつったって逃げられるもんじゃねえだろ。魔王には頑張るって言っちまったんだ。やってみせるさ」
「そう? じゃ、私の言葉にしっかりと耳を傾けておく事ね」
耳元で囁かれる。
「分かった分かった! いきなりぶん殴ったりしないように我慢するって。できるだけな」
「できるだけじゃないの。前哨戦は舌戦で収めておきなさいな」
「そうよ、リューン。絶対にダメなんだから」
(他人の気も知らないで愉快そうに笑いやがって)
ガラントが視線を逸らして口元をヒクつかせている。
先が思いやられて長い長い溜息をつくリューンだった。
次回 「放っとけよ。まだるっこしいのは性に合わねえんだ」




