ポレオンの悲憤(10)
苦し紛れに放たれたビームカノンの一撃はティボー・カネハ操るアームドスキンのジェットシールドの表面を焼いただけ。その隙に回り込んだ同志のジル機のビームブレードが、横合いから上半身を斜めに薙ぐ。制御系とコクピットを裂かれた機体はその場に崩れ落ちた。
(まだ抵抗するか)
ボディーガードのレーザーライフルがティボー機を狙うがビームコートを溶かすのがせいぜい。それでも凝りもせず、エントランスの支柱を障壁にして撃ってくる。彼が一歩踏み出した振動で、ビームバルカンで穴だらけになっていた建物は崩壊して全員を押し潰してしまった。
「なあ、良かったのか?」
ジルが訊いてくる。
「何がだ?」
「だって、あれって本流家の方だっただろう。オレたちが狙ってんのは傍流家のクズどもじゃなかったのかよ」
「ターゲットとして指示されてるんだから構わないさ。傍流家は有罪、本流家は無罪って理屈、本当に欺瞞だって思わなかったか?」
漆黒の巨大アームドスキンから放たれた台詞が頭にこびりついて離れない。
「でもなぁ」
「マスタフォフ閣下も真に誰を討つべきかお気付きになられたのかもしれない。だから本家の方の位置情報まで表示されるようになったんだと思ってる」
「確かにそうかもな。リーダーはお前だし、決めた事には従うよ」
コリージョ決死隊には新たな指令も与えられていた。街区で略奪や暴行に走る革命戦線の同志の取り締まり。
個々のターゲット指示は無くなり、ティボーの機体には全てのターゲットの位置情報が表示されるようになる。それに従って目標の捕捉と取り締まりを並行しておこなっていたのだが、先刻ターゲットが新たに増えたのだった。その一つを確保しようとしたら記憶にある本流家の男だったのである。
「次に行くぞ。街区の様子もしっかり監視するんだ」
「忙しいな」
「それだけ信頼されているんだと思えば気が楽になるだろう?」
ジルも「まったくだ」と同調する。
コリージョ決死隊のアームドスキンはポレオンの曇り空を舞う。
◇ ◇ ◇
ブエルド・ライナックは難しい顔で監視用2D投映パネルと睨めっこしている。少し前から襲撃を受けているという報告がいくつもの本流家から舞い込んできていた。
傍流家の者からならば予定通りなので無視していればいいが、こと本流家からとなると対応を練らねばならない。彼は状況把握に努めていた。
「どういうことだ。手違いか?」
対応に苦慮する彼に尋ねたのはリロイである。
「今は何とも。此奴らがどうやって我々の位置情報まで掴んでいるのか想像がつきませんな」
「分析はほどほどにしておけ。それより対処が先だ。本家の数まで減らされてしまったら本末転倒だぞ」
「そうですが……、困りましたな」
打開策が思い浮かばない。既に流出してしまった位置情報を消去するのは困難。流出ルートさえ特定できず、誰のミスかも分からない。傀儡のローベルト・マスタフォフの策略とも思えない。大した戦力も持たず、体制も整っていない彼が策を弄したところで益は無いのだ。
「仕方あるまい。地上軍本部から戦力を呼び寄せて蹴散らしてしまえ」
ライナックの宗主は強引な策に及ぼうとする。
「なりませんぞ、リロイ様」
「なぜだ?」
「現状でハシュムタット革命戦線と真っ向から衝突すれば、次なる和解が難しくなります。辻褄が合いませんし、力で圧倒したあと譲歩に及べば弱腰と見くびられかねません。我らの権威は減退し、市民から見て主客が反転したかのように感じられるでしょう」
リロイは「うむぅ……」と唸る。
「あくまで主は我らであらねばならん」
「無論にございます。それに首都を戦場にするような事となれば、国民のライナックへの求心力は失われるとお思いください。発言が軽視されようものなら今の影響力を維持するのさえ困難になろうかと?」
「分かった。軍の治安出動は見合わせよう。で、どうする気なのだ?」
そこが悩ましいところ。手をこまねいていれば被害は拡大する。だが、強引な策は逆効果だ。迅速に事態を収束させるのが肝要である。
(今は逃げるか)
戦略的撤退を企図する。
(それをするにも理由が必要になるな)
宗主に対しても、市民に対しても、だ。
「では、こうしましょう」
ブエルドは提案する。
「政府広報を通じてこう伝えるのです」
「何とする?」
「『ハシュムタット革命戦線からの市民への被害を最小限に抑える為にライナック本家はポレオンを離れる』と。本流家の皆には地上軍本部まで避難するようにご指示されてください」
リロイは不満げに顔を顰める。
「逃げると申すか」
「権威と求心力を維持しながらローベルトめとの交渉に持ち込んでポレオンへと返り咲くには、現状この策しかないかと思われます」
「うーむ、お前が言うのなら仕方あるまい。ただし、誤って情報流出させ、この事態を招いた者の追及は厳しくせよ」
自尊心が許さないらしい。
リロイを促して護衛を伴い邸宅の裏手に出る。そこには非常時に脱出する為の駐機場が設えてあるのだ。
本家の邸宅は政庁街の背後に広がる植樹帯の更に裏。広々とした緑地の中に建てられている。普段は優雅な佇まいを見せる一角も、今は慌ただしく脱出準備に立ち働く人員でごった返している。
(よもや私の代でこの施設を使う羽目になるとはな)
剣王リューン・バレルの存在が表沙汰になってからは、本家も難しい舵取りばかりを要求されるようになった。
(傍流の役立たずどもが多少なりとも自重してくれれば、ここまではならなかったものを)
ブエルドとて内心の苛立ちはある。
(まずは立て直しからだな)
クラフターに乗り込み、シートに背を預けつつ考える。
何気なく目を移した窓外、彼方には漆黒の巨大な影が浮いていた。
次回 「必ず化けの皮を剥がしてやる。恨みを募らせただけのただの人間が」




