ポレオンの悲憤(8)
「あがあぁ……!」
レーザーで足を焼かれる痛みに上げていた悲鳴は、頭にポツンと刻まれた焦げ跡で途切れた。反政府ゲリラのリーダー、アウリ・プレータは耳に残る苦鳴に、鼻の頭に皺を寄せて顔を顰める。
「こいつ、大物だったのかな?」
レーザーライフルで太った死体を小突きながら仲間が言う。
「例のホビオ・ライナックだよ。一時有名だったでしょ。メディアを騒がせて」
「あー、あの警察押収品を横流ししてた奴?」
「そ。とっくに外国にでも逃げ出したのかと思ってたら、こんな所で隠れ住んでたとはね」
納得できなくもない。ライナックの家名がものを言うのはもう国内くらいだろう。星系外に逃亡したところで資金が尽きればそれまで。ゼムナでの復権を見込んで支援しようなんて奇特なパトロンは現れまい。
「次はどうすんのさ?」
「すぐにターゲットの指示が来るって。たぶん遊ばせてはくれないよ」
アウリは言い聞かせる。
彼女たちは女ばかりの反政府グループ。男女のもめ事や体力差にものを言わせて主導権を握りたがる男を排除した結果として今の形が成立している。
ホビオの殺害は報告したので、じきに新たな指示が来るだろう。彼女の携帯端末にターゲットの位置情報が通知されるので、そこへ向けて移動する。
「でもさ、すこしつらくなってきたね。どこの連中も派手にやってるし、道路は避難民の車であっちこっちが渋滞してる。跳ねのけられそうな頑丈な車が欲しいところ」
「賛成ー。狭苦しいうちのボロ車じゃお尻が痛くなっちゃう」
「ミンミに言って、一台かっぱらわせようかね」
アウリは外のアームドスキンに乗っているミンミ・ペローにインカムで呼び掛ける。頑丈そうな避難民の車を停めて奪い取る指示を与えた。
「さて、良い獲物はいたかな?」
屋敷の外へと出て門扉まで車を走らせる。ミンミ機がちょうど停車させたところだった。
「いいから降りなって!」
「分かった。抵抗はしない。金なら都合するし、通報もしないからこのまま行かせてくれ」
「うるさいよ! こんないい車に乗って! 今まで政府におもねって、さんざん贅沢してきたんじゃないのさ。往生しなよ」
運転席から降りてきた男を脅している。
「く……。それならせめて妻と娘は解放してくれ」
「ダメ! 父さま!」
「黙って行きなさい、イヴォン。道理の通じる相手じゃなさそうだ」
ミンミが言葉尻を捕まえて「なんだとー!」と怒っている。
(まったく単純な娘だね。車だけ置いていけって言えば余計なトラブルは避けられるのに。こんなやり方してたら市民感情の悪化で吊るし上げられるのは私たちになってしまうじゃないさ)
アウリは苦笑いを隠せない。
「こーら! ちゃんとこっちの要求を伝えないから……」
彼女の台詞は途中で衝撃音に妨げられる。
突如として飛来した鮮やかな赤い機体が回し蹴りを繰り出し、ミンミのアームドスキンは頭部を刈り取られていた。更にショルダータックルをかまされると道路の反対側まで飛ばされている。
「うげ!」
慌てたアウリはインカムをタップして共有回線に切り替えた。
「ちょ、ちょっと待って! その三本爪のエンブレムって地獄のアームドスキンじゃないさ。それも赤って言ったらもしかして『紅の堕天使』?」
「あたしのこと知ってるし」
「知ってる知ってる。同じ反政府組織でしょ? こっちはハシュムタット革命戦線の所属。決裂はしたけど敵対しなくてもよくない?」
勘違いを正そうとする。大規模組織の、しかも独自開発機になんて敵うはずもない。
「それも知ってるし。ポレオンで暴れてるのは、あのいけ好かないおっさんの徒党に決まってる」
「いや、好き嫌いはこの際置いといて、仲間割れはやめない?」
「やめない。そっちもやる気だし」
立ち上がったミンミのアームドスキンがビームブレードを展開する。見るからに敵対意思をみなぎらせていた。
「ストップ、ミンミ! やめなさい!」
「嫌だ! こいつ、わたしの可愛いグレゴリオちゃんに!」
「だから名前付けるほど可愛がるのはやめなさいって言ってるでしょ!」
機体に傷が付くのを嫌がって加減するようになっては終わりだと常々言い聞かせているが彼女は聞く耳持たない。
「悪いけど勘弁してやってくれない? 興奮しちゃってるから」
「勘違いしてるし。あんたも同罪。抵抗の意思のない非戦闘員に手を出すとかどういう教育してんの? それで革命戦士とか気取っちゃってるわけ? 恥ずかしいし」
「危害を加える気はなかったの。車を提供してもらおうと思っただけ」
抗弁するが、ビームカノンは突き付けられたまま。
「それだって完璧に犯罪。ご立派な宣言かまして正義気取りで善悪の区別も分からない強奪犯の言ってる事なんて知らない」
「こんのー!」
ミンミ機が激発して飛び出す。当然街中でビームカノンを発射したりはしない。が、肩の固定武装がクルリと回転すると両肩、両腰と四肢の基部が破壊されて倒れる。
「ほんとにお馬鹿さんなんだから」
コクピットからミンミを引っ張り出して首根っこを掴む。
「そっちの人もちょっとした手違いだから勘弁してくれる?」
「ああ、何もしないなら異論はない」
続いて地獄のアームドスキンを見上げる。
「退散するから許してくんない、紅の堕天使?」
「さっさと行けばいいし」
「あー、わたしのグレゴリオちゃんがみじめな姿にー!」
アウリは滂沱の涙を流して手を伸ばすミンミを引きずって速やかに逃げ出した。
次回 (この赤いアームドスキンはとっても優しい感じがする)




