泣けない少女(4)
「おいおいおい、こいつは洒落にならねえんじゃね?」
マシュー・テトはアームドスキン、サナルフィのコクピット内で放言する。
「撮れてる、カーラちゃん?」
「ちゃんと撮れているから、もうちょっと口調を改めなさい。後で告発動画にして流すんだから」
「でもさぁ、これはよぉ……」
ガンカメラ映像内に金属製の指が映り込む。
「分かってる。どう見たって麻薬よね。カーゴ内は高級食料品で満たされているはずなのに」
「呆れちまうじゃん。ライナックも落ちぶれたもんだ」
『地獄』が襲撃したのは輸送船団。傍流のライナック、アナベルは運営する貿易商社の船団をこじつけた理由で軍の警備隊に護送させていた。
それを狙った作戦指示書が総帥ケイオスランデルから届き、警備隊を撃破した後に輸送船のカーゴルームにある商品を見せつける動画を撮影しようとしていたら、とんでもないものが出てきてしまった。
「奴らが外道なのは最初からお見通しでしょ? それくらいで騒がないの。とっても良い素材が手に入ったと思えばいいじゃない」
オペレータのカーラ・ペギントンの割り切り具合にはちょっと引く。
「オレはこんな代物、触りたくもねえんだって!」
「ちょっと待って。ハーテン副長が閣下が定めた方針をチェックしてくれてる。……有ったわ。劇物及び麻薬等の取扱い。『危急的状況にない限りは焼却・破壊等の処理を行う事。決して着服等しない事』」
「よしよし、さすが閣下。爆破するぜぇ」
マシューは俄然張り切る。
「良いけど、食料品は綺麗に引き上げるのよ。もったいないもの。私たちでいただくんだから」
「がめついな」
「何か言った? 逐一動画に収めてるんだからちょろまかすのは無理よ」
そんな気は毛頭ない。彼的にはライナックの取引している商品というだけで口にしたくもない。それくらい毛嫌いしている。
マシューは若干二十歳でも気鋭のパイロットで、組織内でもかなりの位置にいる。だからこそ量産機としては高性能であるサナルフィを任されているのだ。
他のパイロットの駆る量産機ベルナーゼに貨物の搬出を指示しながら自分はヒップガードから取り出した液体炸薬入りのパックを設置していく。そうしているうちに他の輸送船で発見された麻薬も運び込まれ、爆破の手順が進んでいった。
「そんじゃ、食らえ!」
乗員を別の船に移動させた後に起爆スイッチを押す。
「おー、見事な焼け具合だぜ。そうだろ、カーラちゃん」
「もう、あんたの音声は使えない。編集の手間を増やさせるんじゃないの!」
広がる光球を横目に叱られた。
翌日にはマシューのガンカメラ映像に大げさなナレーションを重ねた告発動画がエイグニルの活動記録として公表されることになる。
◇ ◇ ◇
帰投したマシューはヘルメットを脱いで大きく息を吐いた。戦場では意気がって伝法な口のきき方をするが、自分が作戦の成果となる動画の前面に出るとなると緊張もする。
「疲れたの?」
恥ずかしいところを見られたらしい。
「大したことないですよ、タミー姐さん」
「見栄は要らない。自分に正直でいなさい」
「うっす」
同じパイロットのタマーラ・クスナは言葉少なだが大事なことを伝えてきてくれる。だから誤魔化しは利かない。
今も誠実であるよう諭された。反政府活動をしている手前、違法行為に手を染めているのは自分が一番よく知っている。ライナックの排除を目標としているという心に素直に従えないなら、ただの無法者になってしまうだろう。
「姐さんは強いなぁ」
純粋に尊敬している。
「魔王が見てる。邁進するだけでいい」
「案外難しいですよ」
意気がるのも自己防衛に近い。
「これだけの装備を与えられて何もできなければ役立たずだとでも思っているか?」
「へへ、そんなとこです、ウォーレンさん」
「それこそ悪足掻きだ」
今更、整備士のウォーレン・ブブッチに格好をつけても仕方ないだろう。初めてアームドスキンで戦った後に、吐瀉物だらけのヘルメットを脱がせてもらった相手である。
「こんな物をどこで準備なさってんですかね、閣下は?」
装備にしろ食料にしろ補給が途切れたことなどない。
「あの方は我々が心のままに戦えるよう配慮をくださっている。報いたいと思うのなら常に本気で事に当たるがいいさ」
「当然だけど」
「ですよね」
疑問は尽きない。保有する戦闘艦二十隻に十分な補給をしているのは無人補給艦である。それが何処からやってきているのかはケイオスランデルその人以外は知らないらしい。
「だが、この状況が特殊であるのは私も認める。ベルナーゼもサナルフィもゼムナ軍のアームドスキンに勝るとも劣らない性能を有している」
整備士は訥々と語る。
「ましてや鹵獲されてもそのままでは運用できないよう意図しているかのように、反物質コンデンサパックの形状やアタッチメントも規格品とは大きく異なる仕様」
「ゼムナ製でもガルドワ製でもそこだけは標準規格のはずなんですけどねぇ」
「我らは閣下に認められたから与えられているのだ。恩讐の戦士として」
ウォーレンの手がサナルフィの装甲をなぞる。
「閣下は意のままになる人間を欲してるんじゃなく、オレたちの意を酌んでくれてるんですよねぇ」
「真摯であればいい」
タマーラが締めてくれる。
マシューは本人を思い浮かべるように総帥の乗機、『闇将』クラウゼンの黒いフォルムに見入った。
次回 「僕に話を聞かせてください」




