ポレオンの悲憤(5)
「仲間割れかよ。こいつら、革命戦線とか気取ってやがるが、無秩序な暴発みたいなもんじゃないか」
機動三課の一等捜査官グレッグ・オットーは毒づく。
ポレオンを急襲してきたハシュムタット革命戦線に対し、首都の六市警は一斉に治安維持活動へと繰り出した。しかし、あからさまに相手方のほうが戦力が多く、どの課も捜査官を分散配置せざるを得ない状況。
「軍は治安出動してくんないんすかね?」
部隊回線の声は後輩でバディのシュギル・ボイドフィールド。
「前からポレオンの治安維持には熱心じゃないだろ。連中の目は大概宇宙に向いてんだよ」
「いくらなんでもお膝元がこんな状態じゃ恥ずかしいと思うんすけど」
「忙しいんだろ。静止軌道上には第三打撃艦隊がいるが魔王にやられて再編の真っ最中。予備戦力的意味合いの強い地上軍もちょっと前にやられたばかりだしな」
自分で言っていて好材料がないのに呆れる。
「こうしてみると、みんな魔王にやられちゃってるっすね?」
「ポイント押さえて動き回ってやがるな」
地獄総帥の狡知が全体に作用してしまっている。
(軍の連中にしてみれば、いざとなったら第三を下ろせばいいくらいに思ってるかもしれないな。それも最後の手段になるが)
グレッグはそう考える。
現状、第二第三の打撃艦隊は容易に動かせない。血の誓いや地獄に対して睨みを利かせておかねばならないからだ。外せば一気に押し込まれるかもしれない。
逆にいえば、静止軌道に第三がいるのはプレッシャーになるとか都合のいい解釈をしている可能性もある。その間に市警が対応しろと思っているだろう。
(ゼムナの場合、軍と警察の確執がほぼ無いから面倒な事になるぜ。どうせ警察なんて下部組織みたいに思われてるからな)
どの組織もライナックの息のかかった人間がトップに置かれているのだから、足の引っ張り合いなどしていれば首が挿げ替えられてしまう。
「でも、軍が動いてくれないとヤバくないっすか?」
後輩の主張は正しいと彼も思う。
「現実に目の前には反政府組織のアームドスキンが八機。俺たちは四機しかいないんだもんな」
「そのうえ、あんまり刺激したら腰のもんぶっ放してくるかもしれないんすよ?」
手持ちのバルカンを装備しているが、腰にはビームカノンが保定されている。
「しゃーない。穏便に済むか試してみるか」
「たぶん無理っすよねぇ」
シュギルの言は半ば愚痴だ。
グレッグは武装解除を訴えかけるが案の上無視される。相手の注意を引いただけ。
「我々はコリージョ決死隊。命を賭してゼムナの在り方を問いかける組織である。この惨状は自儘に振る舞う同志とも呼べぬ者に正義の鉄槌を下しただけ」
そんな理屈らしい。
「あなた方も公職者として真に国を憂う思いを抱いているなら、何を取り締まるか考えるべきだ。そうすれば自ずと本当の悪が見えてくると信じている」
「信じるのは勝手だが、本官の義務は市民の安全を守る事だ。そうして武装蜂起しアームドスキンで都市に乗り込んでくるような犯罪者を放置できない」
「犯罪者……。我々だけが犯罪者なのか? 誰が犯罪者なのかよく考えていただきたい。罪を問われねばならない者は他に居るのではないか? 警察機構がその罪を認めず、罰しようともしない故に我が国はこうも乱れた。それも或る種の罪ではないのか?」
(言ってくれる。通っていそうで通っていない筋をな。法ってのは、お前らが唱える正義や悪とは別のところにあるんだよ。人がみんなで幸せに暮らす為の共通概念なんだからな)
そうは思っても、目の前にいるような類の人種は頑なに理解しようとしないのを経験上痛いほど学んでいる。
(やれやれ、どうしてくれようか?)
「罪を罪と認めているのに、当人がその多寡を論ずるべきではない」
くぐもった声が残響とともに告げる。
(なん……だ!)
恐怖が背筋を駆け上がる。
背後から押し寄せる気配に全身が凍り付く。突然の事に判断が追い付かない。即座に振り返って攻撃するか、人目をはばからずに逃げ出すかしなければ命が危ないと思えるほどの恐怖が押し寄せてきた。
「貴様……」
コリージョ決死隊のリーダーらしき男のしぼり出したような声。
「裏切り者が何をしに来た!」
「裏切りとは異なことを。私は初めからお前たちに協調していた訳ではない。目指すべきところが異なるが故に結ぶ手を持たなかっただけ」
「我を通したかっただけって意味じゃないか! 大義の為ならいくらかの譲歩は必要だろうが!」
圧に屈せず声のボルテージが上がっていく。
「譲歩の結果がそれか? 見苦しいことだ」
「だ、黙れ、魔王!」
多少は薄まった恐怖に背後を振り返る。黒い爪が血だまりを指差していた。
機三のムスタークの後方には闇がわだかまっていた。もっと言えば闇の結晶であるかのように見える。
陽光を反射する黒一色に磨き上げられた巨大な機体が皆を睥睨している。それだけで誰もが怯え動けない。
竜を模したかの如き角を持つ鋭利な頭部が原初の恐怖を呼び覚ます。そこに切れ目を入れたような赤いセンサースリットが煌々と輝いていた。
ムスタークの頭上数mの位置に反重力端子重量0%で浮いていると分かっているのに、まるでこの世の存在ではないと思えてしまう。機械的な部分が散見されても、なおかつ本物の滅びの魔王が顕現したのかと彼は思ってしまう。
(なんてこった……)
グレッグは絶体絶命の窮地に陥っていると覚った。
次回 「私の滅びは平等だ。正義を謳いながら罪を犯す者たちにはな」