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邂逅の戦場(11)

「え?」

 プリシラは呆然としてしまう。


(パパ? パパってジェイル・ユング? 亡くなられたはず)

 再三忠告したつもりだが手遅れだったと後に知った。

(生きていたの? それとも別人? ニーチェが新しい寄る辺を見つけた? ううん、そんなタイプの娘じゃないと思った。反骨心が強いから、誰にでもなびくとは思えない。だとしたら本人? どうやって?)

 疑問が尽きない。

(魔王ケイオスランデルがあの方……?)

 一年以上前の記憶がよみがえる。


 紳士的でいて親愛を感じさせる所作。理知的な光を灯した、それでいてどこか冷たさを感じさせる黒瞳。その黒に吸い込まれそうに感じた。何を考えていても見透かされそうに思えた。


「ああ、そういう事でしたか」

 一度だけ会った時の彼の台詞が脳裏に甦る。


 端的に自重を促しただけなのに即座に理解した知性と洞察力。底知れなさを感じて別れた後に一人震えた。自分が道化に思えてならなかった。大人の余裕と怖ろしさを思い知らされた気分になったものだ。


「魔王、ここで滅びなさい」

 ジュスティーヌの声で現実に引き戻される。

「できはせんよ。滅びを紡ぐは私の爪だ」

「その猿芝居、後悔させてあげる」

「大言壮語はよすがいい」


 デュープランより巨大なアームドスキンが視界を圧する。そこに黒き深淵が生まれ出てきたかのようだ。独特な空気を纏っている。


「いちいち癇に障る男ね」

「それは私への恐怖から発するものだ」

「言ってなさい!」


 ジュスティーヌがビームカノンを振り上げて即座に撃つ。するとケイオスランデルは全身を覆うほどの菱形の盾を両腕に発生させて弾いた。

 プリシラもレギュームを飛ばして打ち込むが揺るぎもしない。拡散モードにしてビームを放っても、幅広の盾は全てを防いでしまう。その盾が正面を開けば、巨大アームドスキンの懐に収まっていたルージベルニが両肩から連射を放ってくる。


「くっ、プリシー!」

「すぐに」

「分が悪いわね」


 連射はレギュームの閉塞磁場で何とか阻む。だが、ルージベルニ一機でも手こずっていたものを、ケイオスランデルまで加われば苦戦は必至。助言しようにも、プリシラも判断に迷うところであった。


「まあ、いいわ。この戦闘の勝敗は決しているんだもの」

 ジュスティーヌが言いだした事が理解できず耳を疑う。

「お前は宙軍基地破壊の為に小惑星を利用しようとしたのよね。でも、あれをぶつけるのは無理。失敗したと分かった時、地獄(エイグニル)の士気はガタ落ちになる。そこからの攻勢に耐えられるかしら?」

「失敗する? 果たしてそうか?」

「ええ、確実に失敗するわ。わたくしの策の前にね」


 女帝は自信満々で宣言した。


   ◇      ◇      ◇


(そろそろだろ)

 観測士(ウォッチ)のレミージョもそう考えている。


 小惑星移送には危険が伴う。偶発的事故、或いは今回のような人為的方法で軌道を変えられるからだ。宙軍基地のような宇宙的に小さな施設に偶然衝突する可能性は低いが、罷り間違ってゼムナ本星に落下したりすれば目も当てられない。

 普通は軌道艦隊が派遣されて軌道変更工作などを行う。しかし今回に限り、ジュスティーヌからの指示で手間と時間を掛けて爆砕処理が可能な状態にしてあったのだ。


「予定距離に達した。小惑星を破砕せよ」

 基地司令のマチュイが命じる。

「起爆します」

「火器管制、警戒を厳に」

「了解」

 各部署が応答する。


 小惑星の表面に網目のように光が走る。爆砕された岩石が周囲に飛び散り、ひと回り小さくなった。そう思えばまた光が走る。

 小惑星内部には幾層にもわたって予め液体炸薬が仕掛けられている。破砕点に設置された炸薬は爆発で小惑星を小さな岩塊に変えていくのだ。


「破砕完了。目視での危険進路の岩塊はありません」

 その確認が現在のレミージョの任務になる。

「作戦成功だ。では、残りのアームドスキン隊を……」

「司令! 重力場レーダーの反応消えません! 爆破失敗!」

「何だと?」

 あり得ない事実が告げられる。

「ち、違います! これは別の小惑星です!」


 小さな岩塊を弾き飛ばして鋭利な先端を持つ小惑星が姿を現した。イオンジェットの尾を引く小惑星が、回避する地獄(エイグニル)艦隊をかき分けるようにして急接近してきた。


(こ、これか! 減速が鈍かった原因は!)

 レミージョはようやく真実に気付いた。


「衝撃します!」

 悲鳴に近い報告。


 宙軍基地は生産ブロックに直撃を受けて大きく振動した。


   ◇      ◇      ◇


「なんなのよ、あれ!」

 もう一つの悲鳴の元はジュスティーヌ。

「爆砕処理可能だと知らないと思ったか? 予想は難しくない」

「でも、どうやって爆砕の邪魔をしたの?」

「違います、姉上」

 上官は深層の爆砕を阻害したと思っているようだ。

「別の小惑星を後部に衝突させ、融合させてあったのだと思われます」

「まさか、それで軌道変更を?」

「おそらくは」

 軌道計算のパネルを開いていたプリシラは言う。

「正解だ。よく気付いた」


 小惑星に爆砕工作をして推進機(スラスター)を取り付けて加速させた後に手を加えたらしい。後端に別の小惑星を衝撃させて一体化させるとともに、その軌道を捻じ曲げた。緻密な計算を必要とする怖ろしい作戦だ。


(これね。軌道艦隊を半壊させ、第二打撃艦隊を翻弄し、クリスティン兄様まで敗退させた魔王の策略)

 プリシラは震撼する。。

(それをこの方が……)

 巨大アームドスキンの中に銀灰色髪の青年の姿を思い浮かべた。


「なっ! そ、総員、退避ー!」

「姉上?」

「防御磁場が失われているわ!」


 敵艦隊の砲撃が遮る物もないまま直撃している。ほうぼうで爆炎が膨れ上がっていた。


「目標は達した。後退せよ」

 魔王が告げる。

「下がる?」

「二倍以上いる手負いの敵に追撃されたら堪んないし。じゃあね、プリシラ先輩」

「ニーチェ……」

 二機は身をひるがえした。


(あなたは本当にライナックを……?)

 悲痛な思いがよぎる。何もかも手遅れなのか。


 第三打撃艦隊は宙軍基地兵員の収容に忙殺され、撤収する地獄(エイグニル)艦隊を追うなど不可能だった。

次は第十四話「ポレオンの悲憤」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 お嬢様はプライドに直撃ですかね?
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