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ゼムナ戦記 鋼の魔王  作者: 八波草三郎
第十三話

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邂逅の戦場(9)

 ジュスティーヌが剣呑な雰囲気を帯び始めているのをプリシラは肌で覚える。彼女の姿を半透過させるヘッドアップモニター越しでも空気として感じられた。


「あなたの後輩、なんて名前って言ったかしら?」

「ニーチェです」

 今さら誤魔化せない。

「ちょっと生意気ね。先輩として厳しく指導してあげないといけないんじゃない?」

「分かっています。なので姉上は抑えて……」

「それは聞けないわね。だって地獄(エイグニル)のエース級なんだもの。墜とさせてもらう!」


(駄目。姉上は自重してくれない。複座機でなければ他の手段もあったけど、この状況じゃ手加減なんてできない)

 利敵行為と疑われてしまう。

(あの子に退かせるしかない。どうにかして説得しないと。それくらいは見逃してくれるはず。あとから叱責されるでしょうけど)

 ジュスティーヌの気性からして戦闘は避けられない。が、プリシラの言動くらいは見過ごしてくれると期待する。


 随伴部隊は閃影(せんえい)弥猛(やたけ)に翻弄されているし、付け込むように敵機も入り込んできている。それでも全ては振り切れずに赤いアームドスキンへと攻撃する僚機。彼らは女帝に立ちはだかる敵を削るのが役目だと思っている。


 しかし、ルージベルニには死角が無いかのようだ。肩の球体ユニットはなめらかで繊細に可動し砲撃をくわえていく。カノンインターバルもかなり短く、複数の随伴機を近付けもしない。

 過負荷に耐えきれずにジェットシールドを解除したオルドバンがビームカノンの一撃で撃ち抜かれる。ニーチェはその特性をよく理解して戦っているようだった。


「あなたはどうしてアームドスキンパイロットになんかなったの?」

「それはこっちの台詞だし」

 彼女は反論してくる。

「私は決まっていたのよ。自由を許されているのはホアジェンを卒業するまでだった。その後は家のために働くのを義務付けられていたのよ」

「じゃあ、先輩は義務で人殺しをしてるんだ。ライナックの正義なんだもんね?」

「皮肉らないで。これは抑止力。秩序を乱す反政府活動なんかに身をやつさなければ向けられることのない武力よ」

 ニーチェはレギュームの放つビームを巧みに躱す。

「そうやって言い訳して好き放題やってるだけだし!」


(彼女は傍流家の所為で両親を喪ったんだった)

 学校でもそれを揶揄する愚かしい行為があったのも事実。動機には十分。


 前進したデュープランが20m近いビームブレードで斬り落としを掛ける。対するルージベルニが細腕で振り上げる薄黄色の光刃はがっちりと受け止める。ニーチェの機体は驚くべきパワーを秘めているようだ。

 その間に可動砲架を引き戻したプリシラはチャージプラグで充填する。カノンやパルスジェット用のエネルギーまで発生させる機構は組み込むスペースが無いのだ。


「それでも別の道があった筈よ。あなたには歌い手としての将来が見えていたじゃない。私は羨ましくて仕方なかったのに」

 本音を吐露してしまう。

「先輩だってその可能性は十分にあったし」

「そんなの許されないのよ。本流家の人間には避けられない未来があるの」

「それも言い訳。本当に歌いたかったら何もかも捨てれば良かったし。たぶん怖かっただけなんでしょ」

 意気地がないと言われる。それは彼女の内奥を貫いた。

「歌い続けたかったのに歌えない私の気持ちは分からないでしょ!? あなたは放り出したんだもの!」

「歌えなくしたのはあんたたちだし……」

「歌えなくした?」


 思いもかけなかった事を言われる。ニーチェは歌えなくなっていたのだろうか?


「そうさせたのはライナックだし! 知らないなんて言わせない!」

 ニーチェの戦意に応えるように、再びルージベルニの肩に金色の輪環が灯る。

「パパを殺しておいて勝手を言うな!」

「あ……!」


(そうだった。ジェイル・ユングは殉職したんだったわ)


 卒業に向けて平穏を望んだプリシラの耳にそのニュースは入ってこなかった。周囲が気を遣って黙っていたのだ。

 知ったのはずいぶん経ってからだ。その頃は自分の事で手一杯で、他の事を思いやる余裕などなかったと記憶している。


(そういう事だったの。それでニーチェは退学するしかなかったのね)

 経済的な理由もあるだろう。歌えなくなったというのは精神的な部分もあるだろう。いろんな要素が繋がって彼女を苦しめた。


「迷いを捨てなさい、プリシー。照準が甘いわよ。ここはどこ?」

 プリシラは息を飲む。

「すみません」

「そんなあなたが嫌いではないけれど、今は情を捨ててくれないと困るわ」

「気を付けます」


 ブレードの一閃で突き放されたゼムナ機が固定武装からの連射を受ける。ビームバルカンもかくやという連射はまたたく間にシールドコアを溶かし、防御の無くなったアームドスキンを穴だらけにしてしまった。

 無線からの悲鳴と同時に爆炎が膨れ上がる。その隙に背後に回ったメクメランが迫るが、輪環から放たれたビームは背後も射角に収めている。どうやって察知したかは分からないが、いとも簡単にジュスティーヌ子飼いのパイロットが命を落としていく。


「あれは危険だわ。ここで墜とさなくては」

「はい、姉上」

「気が乗らないかもしれないけど分かってちょうだい」


(分かってる。分かってはいるけれども……)

 残酷な場所だと思い知らされた。

(義務で人殺しをする。そう言われても仕方ないのね)


 プリシラは痛いほど下唇を噛み締めた。

次回 「じゃあ、あたしで二人目だし!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……おぉ……的確に心を抉ってきますねぇ……。
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