残照の戦士たち(8)
(軌道防備の艦隊が退いたからスパイがいる?)
ケイオスランデルの論法だとそういう結果になる。
「あっ!」
閃いたドナはつい声を漏らしてしまう。
「気付いたか、ドナ?」
「まさか、あの挟撃作戦の話……」
「そうだ。そんな作戦は存在しない」
マーニも肩を竦める。
「何かかましてきたのか?」
「我らが総裁閣下はあの組織を最初っから全く信じていらっしゃらなかったらしいわねぇ」
「はい、冒頭から大気圏離脱時に血の誓いとの挟撃作戦があると伝えていたのです。でも、嘘らしくて」
副長のヴィスに説明する。
第一打撃艦隊に対する挟撃作戦を示唆した。それが半日と掛からず当の艦隊へと伝わっている。だから退いたのだ。惑星軌道から離れた位置で挟撃に遭うと、地上からの増援部隊による救援が間に合わない可能性が高くなる。危険を察して戦列を惑星軌道まで下げたのである。
「ガセを掴ましてきた訳だ。そりゃあ、これぽっちも信じてなかったんだろうな」
ヴィスは指で示している。
「演説からして本流家の擁護と傍流家への断罪を匂わせてきていた。考えとしては分からん事もない」
「はい、露骨にライナック本家を悪しざまに言えば少なからず反発はあるでしょう」
「しかし、現実にはどうだ? 地理的な不利を補えるほどの論調か?」
彼の問い掛けにドナは考えに沈む。
「地理……」
「そう、宇宙を主戦場にする血の誓いやうちと違って、ハシュムタットは遥かに攻めやすい位置にあるでしょ?」
「まあ、そうですけど」
マーニの説明にもピンとこない。
「本流家に楯突く考えは無いって大声で言ったところで許してくれると思う? 武力決起したのよ」
「あそこには一般市民も大勢いますし」
「そんな甘い相手だったら独裁を目論んだりしないわ。全部を革命戦線にひっ被せてバッサリと切り捨てる筈よ」
地上軍本部の近いハシュムタットが真っ先に攻められるだろうとマーニは言う。普通ならもっと離れた都市か、いっそ別の大陸での決起を目指す。
(ライナックの目的を独裁と見做すマーニの考えは偏ってると思う。私たち地獄だからこそ見える可能性。一般人は政府が攻撃するなんて思わない)
出動しても、包囲して警告するに留めると考える。
「じゃあ、何でハシュムタットに立てこもったし」
考えるのが面倒臭くなったらしいニーチェが結論を急かす。
「誘導の痕跡が見られる。誰かにとって、あの場所である事が都合が良いのだ」
「誰?」
「それはこれからのアクションで明らかになってくる」
どうせ予想は付いている筈だと彼女は詰め寄っている。しゃべらせようとルーゴをけしかけるが、子猫はケイオスランデルの身体をよじ登るだけ。胸元で支えられると心地良さげに丸まってしまった。
「では、潜入調査だったのですね?」
ドナは問い掛ける。
「そういった任務では、君たちが咄嗟の対応に慣れている」
「理解しました」
決裂は選択肢の一つではなく決定事項だったらしい。
「血の誓いにもきちんと警告しておくべきでは?」
「ヒントさえ与えておけばゼムナの遺志、エルシが誘導する」
『うむ、あれが差配しよう。任せておけばよい。それより地上軍本部で大部隊編成の動きが見られるのぅ』
魔王の肩に現れたアバターが伝えてくる。
「この部隊がどこに向かうかですね?」
「その調子だ」
肩に手を置かれてドナは少し頬を赤らめる。
ニーチェが「女の身体にすぐ触っちゃダメ!」と噛み付いていた。
◇ ◇ ◇
その男は傍目にも明らかに変貌している。以前は精悍で若々しい覇気ばかりが目立っていたのに、今は見る影もない。痩せこけ、眉間に皺が刻まれ、青い瞳だけがギラギラと危険な光を放っている。
「ヤバいなー、我らがエルネド君は」
距離を取って同じS16部隊のパイロットはこそこそと話す。
「本家の御曹司が二連続で敗退したとなれば、あんなになっちまうのかね?」
「そう言ってやるなよ、ポール。一度目は例の横紙破りのジェイルだろ? その次はあの紅の堕天使だぜ?」
「お前が名付けたんだったな、ジェロ。その紅の堕天使も今や地獄の中核戦力になってるらしい。仕方ない気もするんだけどよ」
テニーベは擁護に回っている。
ポールを始め、同僚はエルネド・ライナックを非難などしない。彼らも紅の堕天使には散々な目に遭わされている。情報部の精鋭部隊の名折れとまで噂された。
ただ、補充された隊員は経緯を聞いて彼を軽視する傾向も見られる。普段、威張り腐っている本家の人間が負けているのを面白がっているきらいがある。地上軍本部の他の部隊からはあからさまな陰口も聞こえてきた。
「そこまで思い詰めなくったっていいと思うんだけどね、僕は」
ポールも憐れに思えてきた。
「そうは言ってもさ、慰めようとしたら『ぼくは君たちとは背負っているものが違うんだ!』とか言われるんだぜ?」
「俺も酒に誘ってみたんだけど邪険にされちまってさ」
「隊長にも相談してみたんだけど、処置無しだとさ」
部隊を率いるサム・ドートレートも匙を投げたと思っている。
「今回の戦闘で何とかならないもんかね。空気が重くっていけない」
「どうだろなぁ。選りによって相手は因縁の地獄だからな」
「父親が気を利かしたんじゃないのか? 雪辱のチャンスが無いと立ち直れそうにないから」
今回の編成は情報部のトップであるブエルドが行っている。エルネドの父親が差配しているなら、そういった思惑も働いているような気がする。
「頑張ってフォローするか」
「そうだな」
「しゃーない」
彼らは目を見合わせて頷いた。
次回 (どうせ腹の中じゃ嘲笑してたんだろうさ)




