魔王と剣王(6)
血の誓いは紛争監視任務を解除した十隻を加え、五十隻の戦闘艦を揃えていた。ゼムナ攻略に本腰を入れるべき時が来たと感じた総帥のリューン・バレルは最終的には全戦力をフェシュ星系に集めたい。その前段として各地との調整を図っているのだ。
「よぅ、お疲れさん」
戻ってきたデイヴィット・グランベスタを労う。
「悪いな。急がしちまって」
「構わない。地上紛争では俺たちの出番も多いからな」
「お前が陸戦隊を纏め上げてくれてるから変な噂も立たずに、体裁も整えられるってもんだ」
彼はゼフォーンのプノッペンからリューンに従っているメンバーの一人。長い付き合いになる。
「協賛国の要請は断れない。それはいい。ただ、俺が出向かなければいけないほど抵抗が激しかった意味も考えておいてくれ」
「分かってるって。どうせゼムナの工作部隊が裏から武器でも流してんだろ。余所に戦力を張り付けてえんだろうからな。その代わり、第2ジャンプグリッド周辺は静かなもんだったろ?」
「それは相変わらずだ」
超光速移動用のワームホールの出入り口であるジャンプグリッド。フェシュ星系の第2ジャンプグリッドは協賛国のある星系を一つ挟んで、補給地としているゼフォーンに繋がっている。リューンは血の誓いがフェシュ星系へと進出する為にそこの警備要塞を攻略した。
ただし、確保及び防衛をするつもりはなく破壊しただけ。ジャンプグリッド警備要塞は防衛の要である。ゼムナは再三再四警備要塞の再配置を目論んできたが、その都度また破壊してきた。結局根負けしたゼムナ政府は警備要塞の配置を断念した形になって素通り状態なのだ。
「奴ら、ジャンプグリッドに栓をできねえから遠回りして後ろに火を点けるのに精を出してやがった」
彼は小細工に過ぎないと思っているが、現実には戦力を分散させられている。
「小競り合い程度の綱引きが続いてたかんな。工作も功を奏していたがよ、これからは自分の後ろに火が点き始めてっからそれどころじゃなくなるさ」
「何か動きがあったのか?」
「魔王と会った。ちっとばかり面白い事になりそうだぜ、デイブ?」
陸戦隊長も納得顔だ。
「お前がそう言うのなら問題のない人物だったんだな」
「読めねえ、食えねえ、だがよ、分かり易い男だったぜ。ライナックさえ潰せりゃどうもいいと思ってんだ」
「或る意味曲がらない男か。それなら気が合うだろうな」
リューンは肩を竦めて「そりゃどういう意味だ?」と空とぼける。
軽口の応酬をした後は簡単な報告を受けて済ませる。休ませようと思ったが、つい先刻報告があったのを思い出した。
「その魔王から作戦プランが届いたんだったな」
「ええ、ひと通り目を通しておいてちょうだい」
エルシが司令官席のコンソールにパネルを回してくる。
「こりゃ案外シンプルな作戦じゃねえか」
「お前が難しい事などできないと読まれたんじゃないのか?」
「言ってろ。っと、段取りは単純だが引き出す結果は色々と絡んでんな」
作戦目的の部分で手が止まる。
「ええ、さすが彼と言うべきかしら。あなたが要求した要素を全部盛り込んであるのよ」
血の誓いの役目は正面から軌道警備の第一打撃艦隊に戦闘を仕掛けるだけ。難しいどころか、いつもと大差ない。
彼らが戦力を惑星軌道から引き剥がしたところで地獄が空いた所へと滑り込む。最低限残している戦力を撃滅した後、首都ポレオンに対して軌道からの艦砲攻撃を行うというのだ。
「これのどこがシンプルだって? 魔王と呼ばれるだけはあると思えるが?」
都市への艦砲攻撃は人道的見地から暗黙のタブーとされている。
「やっちゃいけねえって国際法はねえし、当然予見もしてある。砲撃したところで、都市防衛機能が防御磁場を張るだけじゃん?」
「ああ、実質的な被害はないだろうな」
「が、誰もが慌てるさ。安穏と暮らしてたらよ、突然ビームの雨が降ってくるんだからな」
ポレオンはパニックに見舞われるだろう。
「そこでこの前話した左派勢力の出番だ。混乱に乗じて決起し、軍内部の左派を糾合した後に予定している衛星都市ハシュムタットに逃げ込むよう言えってよ」
「繋がりがあるのはうちだけだからな」
左派勢力も愚かではない。軍事決起後も首都に居座れるとは思っていない。
彼らが言うに、ポレオンから200km離れている衛星都市ハシュムタットの市長も一派なのだそうだ。そこへ移動して大々的に決起を宣言するつもりらしい。その援護も要請されているのは魔王にも説明してあったのだ。
「バラバラに見えて実は連動して動く訳だな」
デイビットは感心している。
「そう。この作戦の怖ろしいところは、それぞれが連合しているとは見せない部分よね。状況を利用したと見せ掛けて、相手に必要以上の危機感を抱かせない」
「心理戦だな。奴の得意とするところか」
「もし最初から血の誓いと左派勢力が連合していると気取られたら、政府はおそらく徹底した掃討をするでしょうね。そうなれば壊滅は必至かしら。でも、宇宙から虎視眈々と狙っている勢力が睨みを利かせていたら、いつでも潰せると思って後回しにしても不思議じゃなくてよ」
相手の心理的猶予を誘う策略だとエルシが説明してくれる。
「ゼムナ艦隊が地獄の後背を脅かそうとしたら、ひと呼吸置いてから追撃するタイムチャートになっているでしょう? これも敵の油断を誘う罠。いずれは知られるにしても、今は偶然を装う段階だと彼は思っているのよ」
「どこまで周到なんだってんだ」
彼らが苦手とする戦略に触れ、リューンとデイビットは苦い顔を見合わせた。
次回 「あの小娘と一緒にすんな」




