魔王と剣王(1)
珍しく相談事かと思いきや違ったらしい。総帥室にやってきたヴィス・ハーテンは同行を求められただけだった。
「剣王ですかい、お相手は?」
床に座り込んで子猫と遊んでいるニーチェの事など気にしていないふうだ。
「うむ、向こうからの要請だが、こちらから出向く話になっている。会談の内容次第で今後の対応は左右する。だが、当面は艦隊の位置情報などは渡したくない」
「もっともですな。で、あんたは連合の意思があるんですかい?」
「必要だと思っている。戦力の糾合は不可欠だ。第二打撃艦隊の敗走でゼムナ軍は環礁内での戦闘を避けるようになるだろう」
地の利を活かす作戦が取りづらくなる。そうなれば必然的に広い宇宙空間や、或いは地上戦なども想定されよう。数の差が如実に影響する戦場設定になる。
「合同作戦とまではいかないまでも、連動する必要性は感じているって訳ですな」
ヘルメットギアの男は頷く。
「話は分かりましたが、俺が行く理由じゃないでしょう。地獄はあんたの組織だ。決めてくればいい。護衛にもなりませんぜ」
「私は戦列の一員として動く。艦隊運用等を詰めるには全体を統括する人間が加わったほうが話が早い」
「何となく話の成り行きが読めている口振りですな。そう思わせる何かがあるってんで?」
ケイオスランデルは深いところまで詰める会談になると思っていると察した。
「ドゥカル経由で接触してきた。つまりはそういう事だ」
「げ! 向こうはあんたが協定者だって知ってるって意味じゃないか」
よく考えればゼムナの遺志同士でのコミュニケーションは取られていて当然。だったら、魔王の秘密が知られていても不思議ではない。
(ゼムナの遺志の思惑ってのは俺みたいな奴のあずかり知るところじゃないってのは分かる。だがよ、繋ぐ気があるんだったら最初っから会わせときゃいいようなもんじゃないか?)
ほとんど愚痴に近い思いがある。
『困惑しておるな?』
魔王のギア近くに老爺のアバターが現れた。
『本来なら儂ら個々は互いに不干渉の原則があるのじゃ。関与している問題には干渉せず、それぞれが解消に向けて動くのが普通』
「会わす気が無かったって事ですかい?」
『それが儂らの都合であるならの。ところが今回ばかりは少々事情が複雑での、同じ場所に協定者が二人と相成ってのぅ。補助が本旨であるならば、求められれば否やは無いというのが顛末なのじゃ』
要は剣王リューンが向こうのゼムナの遺志に働きかけて実現する会談らしい。
「拒みづらいというのもある。が、渡りに船であるのも確かなのだ」
「そういう流れでしたか。じゃ、あんたと俺とあとは護衛ってとこですか? それなら女房に人員を都合させますが」
「いや、私と君とニーチェの三人だけで向かう」
ヴィスは「はぁ?」と素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
(最低限の人間だけってのは分からなくもないぜ。総帥室で娘を自由にさせるのもいい。が、会談にまで連れていくってのはどんな酔狂なんだ? ニーチェは交渉向きじゃないだろ)
つい眉根を寄せてしまう。
「理由が分からんという顔だな。どうせ行けば分かる。楽しみしておくといい」
「また、あんたらしくもないじゃないか」
こんな外連味のある言動をする男ではないと思っていた。
「相応の理由があると思っておきますよ」
「あ、パパ、ルーゴ用の気密カート作ってくれた?」
「乳児用の気密カートを改造させた。嫌がらないよう慣らしておきなさい」
(子猫まで連れていく気なのか)
ヴィスは呆れて天を仰いだ。
◇ ◇ ◇
血の誓いの旗艦ベネルドメランは大型戦艦だ。アームドスキン用の発進口も広く取られており、ケイオスランデルでも無事に通り抜けられた。
ただし、格納庫の基台には駐機できるものはなく、天井からの整備アームで固定する。彼が降機すると、物珍しげな風情で多くの整備士が見上げてきていた。
(さて、歓迎されていない訳はないでしょうが、どんな話の持っていきようをするのか僕にも予測できませんね)
ジェイルにもいささかの不安がある。
彼の分析では、剣王リューン・バレルは粗暴だが頭が悪い男ではない。計算高い部分もある。カリスマもあり慕われているからこそ、これほどの規模の組織も運営できている。協定者である点をマイナスしてもそんな評価だ。
ただ、感情を前面に出して動くタイプでもある。彼とはかなり異なる。その辺が読めない人物なのだ。国家に属する軍には馴染めない振幅の激しい男。冷静に議論を進めるという感じにはならないだろう。
(それでも、これは配慮の一環だと思っていいんでしょうね)
通された部屋の様子を見ればそう感じられる。
豪奢な応接室と言った趣はない。どちらかといえば密談をするのに向いている部屋の一つに見える。相手の意図を推察するに、ジェイルの意思次第では彼が協定者である事も内密にしてもらえそうである。
彼らが使ったのとは違うスライドドアから男が入ってきた。最初は深茶色の髪に黒瞳の壮年。如何にも軍人気質といった風情だ。彼はガラント・ジームと名乗った。
次は金髪を背中まで垂らした女性。可愛らしいという表現が似合う。剣王の配偶者で副官も務めているフィーナ・バレルが彼女らしい。
最後にオレンジの髪をした青年が入ってくる。後ろにはダークブロンドのとてつもない美女と、護衛らしき黒髪の筋肉質の男。
「よお、久しぶりだな、魔王」
椅子に掛けるなりそう言ってくる。
ジェイルは(そうきたか)と思うが態度には表さないでおいた。
次回 「勘違いだったから許してあげるし」




