魔王顕現(11)
(さすがに今度ばかりは懲戒免職かと思いましたが反応がありませんね)
自室で謹慎しながらジェイルは考えている。彼はゲラルトを殺していない。殺していれば免職程度では済まないので当然といえよう。
無様に怯える姿を眺めていると、冷え固まっていた心の芯がぐにゃりと歪む。欲に駆られて蛮行を繰り返すだけの者が英雄の名を背負って君臨する。一つひとつの悪事を潰して回ったところでたかが知れている。
今回のように立ち回ったところで失うもののほうが多い。捨てるにも限度がある。何もかもが無為に思えて仕方なかった。
(こんな男に制裁を加えたところでキリがありません。この街を狂わせている病理を取り除かない限りは同じ事が何度でも続くだけです)
ジェイルは向けていたハンドレーザーを下ろした。
「殺す価値もありませんね」
そう言い残してあの場を去ったのだ。
(ライナックはこの惑星に根深く巣食っています。取り除くのは並大抵のことでは無理。公に事を進めるのは不可能だと言っていいでしょう)
社会構造的にライナック本家より大きな権力を握るのは困難を極める。声を大にして訴えても他国が動くほどのムーブメントにはなり得ない。
(誰かが徹底して粛清を断行するのでなければ揺るがす事さえできないでしょう。完遂できるとすれば国家転覆を目論むほどの「悪」ですか)
子供の興味を惹くような稚拙な論理である。しかし、有効性は否めない。
『待っておっても馘にはならんぞよ』
不意に声が掛かる。正確にいうとσ・ルーンのスピーカーから聞こえてきた。
気付けば老爺の3Dアバターが宙に浮いている。普通のアバターより表情豊かに見え、ジェイルに好奇の視線を向けていた。
『あの青年ならば証言もできぬまま心を病んで入院しておる。そなたが映っていた監視カメラ映像も儂が差し替えてしもうた』
老爺はニヤニヤと笑いつつ反応を待つ。
「……ゼムナの遺志ですか」
『名はドゥカルじゃ』
それ以外にあり得ない。3Dアバターにしゃべる機能はなければ表情も限定されている。彼の言が事実であれば、かなりのレベルのデータベースまで干渉できるという事になる。そんな存在は他にはいない。
『そなたは面白いのぅ。最初に顔を見せて印象付け、意図的に処分させて油断を誘いおった。その後は徐々に徐々に追い詰め、完璧な恐怖を与えたんじゃ。理で詰め、冷徹に為し、目的を達しおる』
「ですが、あなたのような存在に御縁はありませんよ。僕のやった事は罪。そして今、この国の歪みを排除する為に悪に徹すると心に決めました」
ゲラルトに罪を清算させるという凍れる芯はすでに失われている。その代わりに悪に身を染めてでも断行し完遂するという鋼鉄の芯が心の内に生まれた。
『悪か。それも良かろう』
「異なことを。あなた方は英雄に添う者でしょう?」
『外れじゃの。儂らは志に添うのじゃ』
意外な真実を告げられた。
「まさか僕が悪行に手を貸せと言っても構わないと?」
『それも一興よのぅ』
老爺は『ほっほっほ』と笑う。
(どれだけ奇特なんでしょう。ゼムナの遺志とは僕が想像していたのとは全く違う存在みたいですね)
俄然興味が湧いてきた。
「では、ゼムナ政府に対抗しうる反政府組織を立ち上げます。名前は『地獄』にしましょう」
立ち上がったジェイルは個人端末の前に座る。
「僕一人ではどうにもなりません。人を募ります。が、普通の人では務まらないでしょう。ライナックと共倒れとなるのも厭わないほどでなくては」
『待つがよい』
ドゥカルを試すつもりだった。彼が本気で悪にも助力するのか? それとも単にジェイルが何を望むのか逆に試しているだけなのか?
『ほい』
掛け声と同時に2D投映パネルが立ち上がってリストが流れる。
「なるほど。現在反政府活動をしている人たちから抽出したんですか。前歴と経緯まで分かるんですね」
『抜粋じゃがの。参考にはなろう?』
「当面、都市内で活動するのならば規模は限定されてしまうので選抜しなければなりません」
彼が直接指揮下に置くのであればそれしかない。
『宇宙に上げればよかろう。一週間程度よこせば戦闘空母の二隻くらいは用意できるぞよ?』
「……呆れたものです。が、それでは僕が指揮できません」
彼が唐突に行方を晦ませ、反政府組織が立ち上がったとする。経緯から当然疑われてしまうだろう。そうすればジェイルの家族はもちろん、エルヴィーラの両親さえ追及されかねない。それは不本意だ。
「僕は当座、捜査官を続けながら活動するつもりですから」
『そなたの変わり身を準備してやろう。リモートコントロールできる生体じゃ。それを使えばよい』
打てば響くように計画をサポートする案が出されていく。驚きを禁じ得ない。
「では、リストアップした者を宇宙に上げる手段が必要ですね。いました。このヴィス・ハーテンという男、以前は自身が操舵士として輸送業を行っていたみたいです。今も輸送船は手放さずにポートに停めてあるようですね。彼に協力してもらいます」
『ちと窮屈じゃがなんとかなろう。物資は手配するし、出航申請も上手に誤魔化せばよい。四百名ほど選び出しなされ』
選抜するうえでジェイルに偽名が必要だとドゥカルが進言してくる。確かに交渉していく過程で名無しというのでは不都合が生じてしまう。
(意味のない偽名では効果が薄いですね。神話になぞらえてインパクトのある名乗りをしましょうか)
「僕は黒き爪の魔王を名乗りましょう。地獄の魔王です」
『そなたは本当に面白いのぅ』
奇矯なゼムナの遺志は声を立てて笑った。
次回 『うむ、儂が見ておったのはそなたなのじゃ』