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ゼムナ戦記 鋼の魔王  作者: 八波草三郎
第九話

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魔王顕現(5)

 ジェイルはユング家の次男として生まれた。

 品行方正な父は、公務員でありながらライナックとのコネクションとは無縁であった為に万年課長どまり。元は教師だった母は遠隔家庭教師のサブワークはしていたが、ほとんど専業主婦と言っていい。

 優秀だった兄は同じく公務員の道を選び、上司に気に入られればライナック縁故の配偶者を得られそうであった。そうなれば出世の道が開けると語っていた。


 幼い頃より清廉潔白たれと父親に説き聞かされて育ったジェイルは、同じ公務員でも官憲の道を目指す。元より傑出した才能を持っていた彼はミドルエイジスクールを飛び級で卒業。若干十七歳で警察専門ハイエイジスクールに入学する。

 そこでも非凡な才能を発揮し、特にアームドスキン操縦適性試験をクリアした後の過程では主席を(ほしいまま)にした。僅か一年の在学を経て、適性を重んじて機動一課に配属される。捜査一課と同じく強行犯罪対応の機動部署である。


 道路を主とした交通機動犯罪対応の機動二課。そして、成層圏外縁までの境界犯罪対応の機動三課も相応の操縦技術を要求されるも、やはり凶悪機動犯を取り扱う機動一課は花形である。

 巧みな操縦技術と明晰な頭脳を屈指して新人ながら次々と犯人を検挙。順調に昇進を重ね二十歳になる頃にはもう一等捜査官にまでなっていた。そんな彼にも悩みはある。


(捜査官にできる事には限りがあるんですね。分かってはいましたが、こんなに制限されるとは思ってもいませんでした)

 特にライナック案件はほとんど手を付けさせてもらえない。

(これが市民の安全を預かる警察の在り様でしょうか? ゼムナ、特にポレオン(ここ)では法が法として機能していないようです)

 法も道理も通用しない聖域が存在していた。

(由々しき事態です。でも、今の僕では力足らずでしょう。もっと駆け上れば少しはできる事が増える筈です)

 そう心に決めて職務へと邁進していた。


 警察官舎に居を移していたジェイルは一人暮らしをしている。事件を終えて眠い目をこすりつつ午前中の街区を歩いていた彼は一軒のフラワーアレンジショップに目を留める。花を飾る趣味は持ち合わせておらず、普段は目もくれなかった店だ。

 その日は午前九時過ぎという珍しい時間に通り掛かった為、ショーウインドウに見本の花を飾る店員の姿を認めた。そこには別の花が可憐に咲いていたのだ。


(なんて可愛らしい)

 視線の高さの台に飾られた花を整える姿は、まるで神へ献上する花瓶を捧げ持つ天使のようであった。

(知らなかった。彼女のような女性がこの虚飾に溢れた街に存在するなんて)

 常に人の穢れた面ばかりを見てきたジェイルにとって、その女性は清涼剤のように感じられた。


 薄い栗色の長い髪が質素な装いの腰までを覆っている。青い瞳は花を注視し、繊細な動きをする指が一つの芸術を紡いでいく。それでいて、少し幼い印象の面立ちは柔らかく綻び、慈愛に満ちた聖母の表情を思わせた。


「失礼」

 ジェイルは清廉なる乙女に吸い寄せられるように話し掛けていた。

「こちらを販売はしていらっしゃらないんですよね?」

「この見本ですか? はい、直接は無理ですけど、同じアレンジをしたものであれば午後にはお宅にお届けいたしますよ」

「そうですよね……」

 続く台詞に困る。


 フラワーアレンジショップの仕組みくらいは知っていた。店頭で要望を伝えたら、数時間後には自動配送車と運搬ユニットが各家庭の配送品受入口(オーダーボックス)まで品物を届けてくれる。

 流通はほぼ自動化されていても、フラワーアレンジそのものは人の感性に委ねられている。注文は具体的でも抽象的でも構わない。あとは店員のセンスが問われるのだ。故に多数の店舗が一区画に共存できる構造。


「お花、お好きなんですか?」

「……いえ、ご覧のように無骨者ですので」

 不意に問われてしどろもどろになる。

「あら? うふふ」

「あまりに綺麗でしたので」

「お気に召したのであれば嬉しいです」

 恥ずかしくて「あなたが」とはとても言えない。


 彼女は完成した花瓶に指を這わせて「綺麗だって。良かったわね」と声を掛けている。そんな女性の傍にいるだけで疲れが流れ落ちていくようだった。日々、オイルの匂いとビームのイオン臭、暴力と怒声の現場にいる自分とは違う世界に生きているような女性だ。


「無骨者とおっしゃいますけど、あなたのような方がいらっしゃるから、わたしたちは安心して暮らせるのでしょう?」

「は? え?」


 彼女はくすくすと笑いながらジェイルの頭とパイロットブルゾンを指差す。

 σ(シグマ)・ルーンは着けっ放し。簡易的な物とは違う精巧な作りでアームドスキンパイロットなのはバレてしまう。

 スキンスーツは脱いでいたが、それくらいは構わないであろうと羽織っていたブルゾンの肩には「MB1」のロゴが小さく打ってある。


「警察の方なのでしょう?」

「はい、第三市警の機動一課に属しているジェイル・ユングと申します」

 聡明さにも驚かされ素直に名乗る。

「宜しければ名前をお聞かせいただけませんか?」

「エルヴィーラ・フィンザ、ここの店主の娘です」

「ありがとうございます。簡単に思い付けないので、爽やかな香りのする花を一輪届けてください」

 エルヴィーラは「毎度ありがとうございます」と腰を折る。

「また勉強し直して伺わせていただきます」

「ええ、どうかご贔屓に。生活に潤いは必要な物でしょう?」


 ジェイルは生活に潤いを与えてくれる()の必要性を実感していた。

次回 「僕たちなんて見えないくらいがちょうど良いんです」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 おぉ!? ジェイルパパの過去話しが!?
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