父と娘(8)
ミグフィは操舵コンソールに備え付けのスツールに体重を預けて溜息をついた。今はゼムナ環礁内に停泊中なので、周囲の小惑星との相対位置保持のオートクルーズに任せられるので考え事にふけっている。
彼女の属する『地獄』の悪評は右肩上がりで留まるところを知らない。或る程度は覚悟の上だ。幾つもある反政府組織の中でもここは元より過激な方針を示している。当然、批判の的にはされるだろう。
「そんなに気負うな。その若さじゃ厳しいかもしれないが、きっちりした作戦指示書がいつも有るんだから従っていればいい」
指揮を執っている先達のヴィスがコンソールに肘を掛けて覗き込む。
「それもそうなんですけどぉ……」
「俺もな、先任が殉死したから閣下の副官なんて位置に収まってお前に後任を譲ったが、本当は司令官代行なんて性に合わん」
「ハーテン先輩は問題無いですよ。みんな信頼してますから」
六十二歳になるヴィス・ハーテンは地獄でも最古参のメンバー。彼が操舵機に着いていれば誰も不安を感じないとまで言われた男だ。立場が司令官代行に変わっても信頼は厚いままだろう。
厳つい悪ふうの親父でも、見た目と違って義理堅く情に篤い。ミグフィもヴィスの下に付けられた時は怖ろしかったものだが、人柄に触れてからは家族のように親しくしている。まるで二人目の父親のようだ。本当の父はライナックに暴行死させられただけに共有する感情が距離を近くした。
「そうじゃなくて、どうしてこんなに評判が悪いのかなって」
それが口惜しくてならない。
「ゼムナ市民だって心のどこかでライナック独裁の問題点を感じてるはずなのに、それを問う活動をしてるわたしたちだけがこんなに批判されるのは不公平じゃないですか」
「ライナックのろくでなしが何もやっても表立って非難されないのにってか?」
「実際、そうじゃないですか」
総帥ケイオスランデルの作戦が苛烈なのは認めるまでも、だ。
「市民感情ってやつは身勝手なもんさ。自分たちに被害が出かねないと分かると途端に口うるさくなる。見たくないものから目を逸らしてるくせにな」
「そうそう!」
「参ったことに、そいつも理解できなくはないから困る」
彼らとて恨みから反政府活動に身を投じているが、決断するまではゼムナの現状を容認していたクチだ。豊かな経済に市民一人ひとりが恩恵を受け、少々の問題には目を瞑っていた。
自分たちがライナックの被害者になったからこその今。市民感情をどうこう言える立場ではないのも事実だと認めるしかない。
「ぶー! 誰かが変えないと、これからこの国は衰退の目しかないと思いません?」
国際情勢からはそんな答えが出ると彼女は考えている。
「だろうな」
「わたしたちが将来を案じて頑張っていても、大多数の市民は実際に問題に直面しないと心が動かないとか単なる怠惰ですよね?」
「悲しいかなそれが現実さ」
ヴィスの顔はシニカルな笑いに彩られている。
「だからだよ。相当派手に常識ってやつをぶち壊してやらないと分からないんじゃないか? 我らが魔王様が果断に振る舞うのはそんな思惑があるんじゃないかと踏んでるぜ」
「じゃあ……」
「何もかも根本から引っくり返す気なんだろう、閣下は。ライナックの横暴も、易きに流れ利にばかり聡くなってしまった人々の意識も」
口は悪いが激しい感情を露わにしない先達に疑問を感じたこともあるミグフィは、彼が魔王の理念に賛同しているから動いているのだと分かった。そこに至るまでは様々な出来事があったのではないかと想像できる。
「先輩は閣下と付き合いが長いんですよね?」
ぽろりと疑問がこぼれてしまう。
「言っとくが、お前たち若い娘が好みそうな付き合いじゃないぞ。普通に戦友同士ってとこだ」
「ち、違いますよ!」
ちょっと期待したことは黙っておく。同年代と交わしたことのある女子トークの内容も。
「拾ってもらったんだよ。ちんけな嫌がらせが精々だってのに、そんな活動を誇っている活動家風の奴らの中からさ」
「それを恩に感じて?」
「いや、最初は反発もしたぜ。極端すぎるってな。でもな、だんだん解ってきたんだ。本気なら上っ面を引っ掻いているだけじゃ駄目だって。根こそぎ引っくり返すつもりでもなきゃ変わらない」
言わんとしていることは解る。相応の覚悟が必要だとも。ただ、それには自分の若さが邪魔している気がした。
「それにはもっと大きな力が必要ですよね?」
組織力が足りない。
「閣下は人を選ぶからな。ライナックへの恨みを原動力に、ゼムナを変えたいと願っている奴だけを探してくる」
「どうやっていらっしゃるんでしょう?」
「それだけは分からん。あの方は謎だらけだろう? そういうとこも気に入ってる」
仮面は表の顔を担うだけの方便ではない。
「過激さに血を騒がした若い奴が入って来たがったりもする。撥ねつけてるがな」
「増えませんね。作戦の綿密さのお陰で殉死する人も少ないですけど」
「そんな馬鹿は大概『血の誓い』のほうに流れる。で、あそこの本気度に触れて弾き出されるのさ。ノリだけでできる活動じゃないって思い知る」
黒き爪の魔王がどこからか手配してくる本格的な装備に魅力を感じて参入を希望する若者は後を絶たない。が、受け入れられず、兵力の充実がままならないというのも喫緊の課題ではある。
今度は別の意味で溜息をついてしまうミグフィであった。
次回 「やっぱり男は顔っすか……」




