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ゼムナ戦記 鋼の魔王  作者: 八波草三郎
プロローグ
1/225

魔王(1)

 本作は、『ゼムナ戦記 伝説の後継者』の続編に近い作品です。そちらから読むと、よりお楽しみいただける仕様となっています。

 人よ、驕奢(きょうしゃ)に溺れることなかれ。


 この世は神の国にあらず。欲に塗れれば魔窟と化す。


 人の世が魔の域となった時、かの存在が降臨するであろう。


 その身、人の技をもって貫くを(あた)わず。その力、人の身には防ぐを能わず。その瞳、人の強欲を隠すに能わず。


 その黒き爪は滅びを紡ぐ。


   ◇      ◇      ◇ 


 フェシュ星系、惑星ゼムナ。


 熾烈を極めた三星連盟大戦を終結に導いた英雄ディオン・ライナックを輩出したその惑星(ほし)は戦後八十年の栄華を誇り、一開拓惑星の都市だった首都ポレオンを煌びやかに飾っていた。


 栄光の影に頽廃あり。

 旧ゼムナ文明の遺跡技術、主に人型戦闘兵器アームドスキンの最先端技術を保有していたライナック家は富と名誉を手にし、栄華の中心的存在であった。

 それに群がる欲深き者が現れるのも然り。清廉たる英雄の子が清廉とは限らないのもまた然り。より多くを求める人の業は独裁体制を築くに傾いていく。ゼムナはライナックの王国へと変貌していった。

 ライナック本家と縁戚関係にある者は暖衣飽食の時を過ごし、一般市民の生活を脅かしていく。生まれた反感は反政府活動へと育っていき、テロ組織の横行が日常となる。


 惑星国家ゼムナはお世辞にも政情の良い国ではなくなっていた。


   ◇      ◇      ◇


「皆様は運がよろしい。今宵は素晴らしいショーをご覧いただける模様です。メイン2D投映パネルをご覧ください」

 遊覧船ルシエルダ号船長メクナラン・ギースは自慢げに上を示す。


 メインホールには多くのテーブルが並べられ、乗客が思い思いに酒食に興じている。八十は数えるであろうテーブルの間を男女の給仕が忙しくも優雅な所作で立ち回り、美食と酒精を提供していた。

 芸術的なカットをされたガラスカバーに覆われた、そうとは感じさせないほど赤色に傾けられた照明がホールを満たし、料理を美しく且つ乗客の肌も健康そうに照らしている。彼らの視線の先、先刻まで有名シンガーが美声を誇っていたステージ上に過去の名作映画を上映する時などに用いられる超大型投映パネルが薄青い長方形を描いた。


 パネルには遠望する宇宙空間の様子が映し出される。それもそのはず遊覧船ルシエルダ号は航宙船だ。今はゼムナ環礁近傍まで星々の海を泳いできていた。

 映像補正で少し藍色に染められた宇宙には時折り光が弾ける。流星のように紫色の輝線が走ったかと思えば、今度は光の帯が円弧を描く。その場所では戦闘が行われている。20m余りのサイズがある人型戦闘兵器アームドスキン同士が戦っているのだった。


「あれに見える戦闘光、情報によると我らが誇るゼムナ軍第十一艦隊と反政府組織『地獄(エイグニル)』によるもの」

 民間遊覧船の船長は航宙管理よりフライトコーディネータの色が強い。メクナランが解説役になる。

「『地獄(エイグニル)』はここ数年目立った活動をしているものの中規模組織。軍艦隊の敵ではありません。これがかの有名な『血の誓い(ブラッドバウ)』であるならば私も尻尾を巻いてそそくさと逃げ出すところですが」

 船長のおどけた仕草に笑いが起こる。

「ここは一つ、第十一艦隊の雄姿を観戦しようではありませんか」

 サービス精神に拍手が集まった。


 乗客はほぼゼムナ市民。人類最強の誉れ高いゼムナ軍の勝利を疑ったりはしない。それが彼らの矜持であり、目を曇らせる原因でもある。その行為の危険性が頭の隅をよぎろうとも決して認めたりはしないのだった。


「船長、もう少し近付いてはどうか?」

 このような輩も出てくる。

「これはウィルフレッド・ライナック様、それは如何にも危険ではないかと?」

「危険など有るものか。戦っているのは軍の艦隊だぞ? テロ対応の警察の弱小艦隊などではないのだ。万に一つも敗北などあり得ない。それならば皆にもっと良く見せるのがライナックの名を持つ私の使命なのだ。協力せんか」

「そこまでおっしゃるのでしたら、お言葉に甘えましょう」

 メクナランは耳に掛けた通信機に戦闘宙域への接近を命じた。


 大きなことを言っているが、ウィルフレッドはライナック本家の直系ではない。始祖の血が欠片も流れていない傍系中の傍系の一人。それでもライナックの名を持つ以上、船長が逆らっていい立場にはない。彼は普通の乗客以上の発言力を持っている。


「近付いてまいりました。もう少しすれば望遠画像ながらゼムナ軍アームドスキンの姿までご覧いただけることでしょう」


 メクナランはこれから生まれて初めてといえる距離でアームドスキンという兵器と間近に接することになるとは思ってもいなかった。


   ◇      ◇      ◇


 戦艦ロドシークの艦橋(ブリッジ)では、操舵士ミグフィ・プレネリムが緊張の面持ちで半球状の二つの操舵桿に手を置いている。確かに彼女が主操舵士になって一ヶ月ほどでしかない。が、副操舵士は一年余り務めており、操作も手馴れている。ミグフィを緊張させているのは司令官席に座る人物の所為だった。


「背筋がこわばっているぞ。そんなに緊張しなくていい」

 彼女が代わるまで主操舵士を務めていた先輩のヴィス・ハーテンが諫めてくる。

「でも、いきなりこんな大役が来るとは思ってなかったんですよぅ」

「心配無用だ。閣下は些細なミスで叱責したり、ましてや処分を下すようなお方ではない」

「そうですかぁ? わたし、お会いするの二度目なんです」

 背後からの圧力を意識してしまう。


 その人物の容姿は知れない。

 細身ながら筋肉質の身体をスキンスーツで包み、上にパイロット用のブルゾンを羽織っている。しかし、首から上は銀灰色のヘルメットに覆われており、正面にはセンサースリットが赤く灯っているだけでバイザーも無い。しゃべる時だけ僅かに下唇が覗く程度だ。


 仮面の人物が地獄(エイグニル)総帥『魔王』その人だった。

次回 「できないかね?」

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