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オルフェウスの楔  作者: ゆゆんこ
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おいでませ九奈戸島! ~妹を添えて~

執筆って大変だったんだなと感じる今日この頃。5000文字書くだけでめっちゃ手間取りました(笑)

『まもなく九奈戸島に入港いたします。自動車でお越しの方は――』

 無機質な船内アナウンスに、遠のいていた意識を引き戻される。

 どうやら甲板に備え付けられたベンチの上で、いつの間にかうたた寝をしていたようだった。

 船の進行方向を見やると、確かに離島は目と鼻の先だった。

 眠ってしまう前は、一面が水平線上だったというのに。

 予想以上に、長い時間寝入ってしまったらしい。

 けれど、それも仕方ないか。

 春先の暖かな陽気、緩やかに頬をなでる潮風、心安らぐ波の音。

 どれもリラックスするには充分すぎる環境で、どうしても目蓋が重くなっていく。

 それに、昨夜は今日のことをずっと考えていた。

 頭から離れない心配事が少しばかりあったから。

少し寝不足だったのかもしれない。

「アイツ、元気にしてるかな?」

「アイツって誰だい?」

「っ!」

 誰もいないと思って遠慮なく独り言を呟いたものだから、唐突に声をかけられて息を呑んでしまう。

 咄嗟に振り返って声の主を確認するが、そこには誰もいなかった。

「下だよ、練利」

 下だと?

 おそるおそるベンチの真下を覗き込むと、そこには得体のしれない男性が蹲っていた。

 変態だろうか?

「何、あんた?」

「君には救えないものだよ」

 いや、見りゃわかるけど。

 俺を驚かすことができて満足したのか、その男性はベンチの下からのそりと出てきた。

 190cmに届くであろう痩せぎすの長身、癖っけのある金髪、碧眼の瞳。

 よく見ると、彼は俺の知っている人物だった。

「アーネスト……」

 アーネスト・ジョン・テイラー。

 以前から何かと世話になっている人であり、俺にこの離島――九奈戸島へ赴くよう勧めた人物でもある。

「酷いなぁ練利。知らない仲じゃないんだから、声で誰か気づいてくれよ」

「つっても、あんたと直接会った回数はそんなに多くないからな」

 アーネストは学生の身である俺とは違い、立派な肩書を背負った社会人だ。

 だから彼とは文体で連絡を取り合うことが多かったし、顔を合わしたのも半年ぶりだ。

「ちょっと老けたか? 自慢のイケメンフェイスに小皺ができてるけど」

「おいおい、歳には触れないでくれよ。これでも気にしてるんだぜ? そういう練利は……あんまり変わってないな。髪はちょっと伸びてるみたいだけど。入院中は切らなかったのかい」

「……うっさい」

 アーネストが含み笑いを浮かべながら俺の髪を指さす。

 俺が髪について触れられるのを嫌がると知りながら言っているのだ。

 性格の悪いやつ……。

 俺、早坂練利の髪はちょっと――いや、大分おかしい。

 病的なまでの白髪に、腰まで届く長髪。

 前者は後天的な要因で。後者は……。

「切ればいいじゃない」

「本当にな。でも無理」

 アーネストの言うように、ばっさりカットできればどれほど楽だろうか。

「ふぅん。何か理由がある訳だ。じゃあせめて染めれば?」

「一回やったんだけど、頭皮がかぶれまくって死ぬかと思った……。それに病院で染めたって看護婦さんにしか見せらんないしな」

「なるほどねぇ。空しいねぇ」

「喧嘩売ってる?」

 そんな他愛無い話をしている間に、船は岸壁に横付けし、碇を下ろしていた。

 もうすぐ下船も可能になるだろう。

 そう考え、ベンチに立てかけてあった歩行用の松葉杖に手を伸ばす。

 しかし、その動作をアーネストがやんわりと制止する。

「歩き辛いだろう、それは。背中を貸すよ」

 

 俺が今日から生活する島――九奈戸島は、本島からやや南西に位置している。

 特に有名な特産品や観光名所が存在するわけでもなく、かつては人口の一極集中化に従い緩やかに廃れていくだけの島だった。

 転機が訪れたのは10年前。

 世界に名の知れた総合電機メーカー《EARLY》を始めとした数社がこの島にサテライトオフィスを設立した。

 それを機に島全体の開発が行われ、今では離島の大自然と近代的な景観が融合した島として少し話題となっている。

「けどまあ、よくよく考えるとおかしな話だよな」

「何がだい?」

 独り言のつもりだったのだが、俺を背負うアーネストには筒抜けだったようだ。

 せっかくなので、俺は言葉を続ける。

「いやさ。幾らプログラミングとかが場所を選ばずにできる仕事とはいえ、よりにもよって普通、こんな辺鄙な場所にオフィスなんて建てないだろ」

「ん? ああそれかい。確かに、自由度が高い仕事でも、顔を合わせて初めて成立する要件もある。そういう意味では練利の言葉は正しいね」

 島の大自然によるヒーリング効果。

 それによる仕事の効率化。

 それがこのサテライトオフィスの意義であったと聞いている。

 しかし現状、そのメリットよりもデメリットの方が遥かに大きいように感じられた。

 そして、その疑問をア―ネストが、《EARLY》九奈戸島サテライトオフィス支部長自らが肯定していた。

「事実、最初はよく疑われたものだよ。何せ大手企業がこぞってこの島に支部を設けるんだから。そりゃあ、この島に何かあるって思うのが普通さ」

 鉱物、天然資源、歴史的遺産。

 あらゆる宝の存在が疑われ、調査され、それでも何も見つからなかったとアーネストは語る。

 逆に言えば、どうせ何も見つけられないのだから、幾ら疑われても、探られても構わないと。

「なるほどな。人に見えるモノは、確かにないな」

 それでも、この島には確かに在るのだ。

 揺るがない特異性が。

 それこそが、俺がこの九奈戸島に訪れた目的でもあった。

「……着いたな」

「ああ。さあ、歩こうか練利」

 アーネストは下船口の前で、ゆっくりと俺を地に降ろした。


「――ぅ」


 肌が泡立つような感覚が全身を撫でる。

 この先は異質であると、魔境であると直感が告げていた。

 勘違いやプラシーボでは済まされない忌子としての感覚が騒めいていた。

 海の上で落ち着かせたはずの心が、すでに乱れ始めていた。

「どうした? ここで引き返すかい?」

 金縛りにあったかのように微動だにしない俺に、気遣うような、それでいて試すような視線をアーネストが向ける。

「……問題ないよ」

 引き返すなんてあり得ない。論外だ。

 一時の恐怖に駆られて本懐を果たせないなんて醜態、二度と御免なのだから。

 何より、会わなきゃならない人もいる。その想いに背中を押され、俺は不自由な足を動かした。

「――ッ!」

 九奈戸島の地を初めて踏みしめた瞬間、強烈な眩暈を覚える。

 それは力の本流であり、この島に住む上での洗礼でもあった。

「ぃた――ぃッ」

――霊力。

 俺の身体を駆け巡り、溶け込み、循環しようとする力。

 それこそ俺に、俺たちに、死者に手を伸ばしてしまった者にとって必要な代物。

「~~~ッぅ!」

 常人には見ることはおろか、感じることすらできない力が血流に沿って全身を網羅する。

 耐えて、耐えて、耐えて。

 どれくらい過ぎただろうか。

 蹲り、喘ぐしかなかった苦痛がようやく退いていく。

 眩暈が治まり、地に着いた膝を起こして。それでようやく、身体に明確な変化を感じた。

「足が……軽い…………な」

 先ほどまで鉛のように重かった足が羽のように軽くなっている。

 恐る恐る力を籠めると、その両足は確かに俺を支えた。

「……お疲れ様、練利。本当に長い間、よく頑張ったね」

 唖然とする俺の反応を、アーネストは感慨深そうに微笑んで迎えていた。

 長い間というのは、きっと先の苦痛だけを指した言葉ではないのだろう。

「君という存在はその力が、霊力がなければあまりに非力だ。足は棒に、手は錘に変わってしまうのだから」

 けれど、とアーネストは言葉を紡ぐ。

「逆に霊力さえ補充されれば、瞬く間に力を得る。君は、忌子とはそういう存在だよ」

 死者との再会を強く望む者。

 現世と常世の境界を越えるほどの切望により、死者と縁を結んだ者。

 それが俺たち、忌子と呼ばれる存在だった。

「以前にも説明したけれど。死者と繋がる君たちは、死者の特性を幾らか引き継いでいる。あの世――この国に準じて常世とでも呼ぼうか。常世を満たす霊力を必要とするのもそれに起因している」

 これも以前アーネストから聞いた話ではあるが。

 忌子は死者と結んだ縁を通じて常世とも繋がっている。

 ゆえに、本来ならばその縁を通じて霊力を補給することができる。

 けれど、俺のように死者と縁が薄い者は、必要な分の霊力を自前で用意できない、らしい。

 だから、環境に頼る必要があった。

 原則として、霊力は現世にはほとんど存在しない。

 だが青木ヶ原樹海や恐山といった、あの世に近い場所ならば話は変わってくる。

 特に――。

「この島は君たちにとって紛れもなく最高の環境だよ。なにせ、世界で最も常世に近く、最も霊力に満ちた場所だからね」

 ああ、そうだ。俺のような人から外れた存在は、こういう場所でなければ満足に生活することもできない。

 事実、本島では身体の衰弱が著しく、入院生活を強いられていたのだから。

 そんな俺を見出して、この島を紹介したのがアーネストであり《EARLY》だった。

 無償の奉仕ではないとはいえ、彼らの助けを経てこの島にたどり着いた俺は、かつてない活力を漲らせている。

「変な身体だな……」

 もちろん、嬉しい気持ちはあった。

 ずっと不自由だった身体が、こうも容易く治るのだから。

 けれど、そんな奇怪な身体を、もはや人と呼べるのだろうか?

 頭では理解していたが、こうも実体験を通して思い知らされると、本当に化物にでもなった気分だった。

 それが俺は、何より怖かった。

「怖いかい、自分が?」

「……いや、べつに。それよりいいのか? 外で霊力やら忌子やらの機密事項をペラペラ話して」

「おっと、それもそうだ」

 我ながら、あからさまに話題を逸らしたものだ。

 けれど、この話を続けていると、ちょっと気が滅入りそうだった。

 アーネストも俺の心象を感じ取ったのか、この話を広げようとはしなかった。

 空気を一新させるように、アーネストは咳を払う。。

「さぁ、せっかくの門出だ。僕が君にこの島を案内してあげよう! ……と、言いたいんだけどね。残念ながらまだ仕事が残っているんだ……。はぁ、めんど」

「ははっ。そりゃな。一応あんた、超大手の支部長なんだから」

 肩を落として思い切りテンションを下げる大男に奇妙なギャップを抱き、つい笑ってしまう。

 重い雰囲気を払おうとする彼なりの気遣いなのだろう。

「でも、ありがとな。わざわざ同船してくれて」

 おざなりな言葉だが、それは俺の本心でもある。

 本来ならば、アーネストは片時も現場を離れることが躊躇われる立場だ。

 それでもこうして、時間を割いてまで俺に付き合ってくれたことに彼の人の好さが覗える。

 無論、俺の親族と彼が友人だったことも関係しているのだろうけれど、それでも感謝の念は堪えない。

「悪いねぇ練利。あ、事前に聞いているだろうけど、明日の12時までにうちの会社に来てね。サインしてほしい書類とか測定とかがあるから」

「了解了解。んじゃ、あとはリハビリがてら適当に自分で歩いて見て回るよ。本当にありがとうな、付き添ってくれて」

 手を振ってアーネストに背を向ける。長年お世話になった松葉杖も忘れずに抱えて、歩き出した。

――本当に、さっきまでの身体とは別物みたいだ。

 俺は忌子になって以来、ずっと満足に歩くことすらできないほど弱っていた。それが今や、健常者となんら変わらない。

 こうなることはアーネストから知らされていたが、今でも狐につままれたような気分だった。

「怖いな、やっぱり…………さて、移動しますか」

 気持ちを切り替えて前を見据える。

 新天地に移動して早々、下を向いてなどいられない。

 最初に目指す場所は、すでに決まっていた。この島にはアーネスト以外にもう一人、知っている人がいる。

 久しぶりにその人に会える、そう考えるだけで気持ちが逸る自分がいる。だから正直、アーネストに観光案内を持ち出されたときはひやりとした。

「あ、ちょっと待って練利! もうすぐ代わりの案内人が――あ、来た来た」

 早くその人に会いたかった、から――。

 曲がり角からスッと現れた人影に言葉を失う。

 

 黒曜石のような光沢を湛えた瞳。

 サイドに流された、濡烏に染まった艶のある髪。

 まるで白磁を連想させる滑らかな肌。


 紛れもなくその人は、今から会いに行こうと思っていた少女だった。

 けれど俺の記憶より、幾らか大人びた印象を纏っている。

 かつての幼さが鳴りを潜めたその容姿に、思わず言葉を忘れてしまう。

――なんて声をかけよう?

 再会すれば、勝手に口が開くと思っていた。

 目の前の少女――妹に、会話に困ることなどあり得ないと。

 けれど、妹は予想よりも大人びていて、かつての少女とは違ったように見えて。

「あら、兄さん! お久しぶりです、歩けるようになったんですね!」

 しかし、そんな俺の逡巡などお構いなしに妹は、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。

「……おう、久しぶり」

 その変わらない無邪気な笑顔を見て、ようやく彼女が妹だと受け入れることができた。

用語

忌子いみご

 死者を想うあまり、常世(あの世のこと)の死者と縁を結んだ者。

 その素質に応じて優れた身体能力を発現する。ただし、霊力の供給がなければ著しく衰弱する。

 死者との結びつきが強い者は、その縁を経由して十分な霊力を獲得可能。反対に、縁が弱い者は霊力を別の手段で賄わなければならない。


霊力

 忌子のみが感じ取れる、常世から流出した粒子。


九奈戸島

 世界中において、最も常世との距離が近い場所。



設定は話の進行状況に合わせて掲載します。

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