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1-7 朝の手合わせ

 騒々しい夜を越え、朝がやって来た。

 タケルは夜明けと共に目を覚まし、ベッドから起き上がる。

 体が埋まってしまうかと思うほど柔らかなベッドは、タケルの体に溜まっていた旅と戦闘の疲れをスッキリと取り去ってくれていた。

 グッと体を伸ばし筋肉をほぐすと、瞑想を行い神威の循環を確かめる。


「今日もいい感じだ」


 体の中を滞りなく流れる神威に、タケルは己の調子のよさを確認した。

 ベッドサイドに立て掛けられてきた刀を手に取り部屋を出る。そして宿の裏手にある庭へとやって来た。

 そこは、数人が剣を振り回しても問題ないほどの広さがあり、タケルよりも先に起きてきていた数人のハンターが既に素振りをしていた。

 高級宿といっても、本来は貴族たちが泊まるほどのものではないその宿では、上客であるベテランハンターのためにこのような広場が用意されていることもよくあるのだ。

 他のハンターたちに混じってタケルも素振りを始める。そしてほどほどに体が暖まってきた頃、タイミングを見計らったように声をかけられた。


「よう、せいが出るな」

「あんたは随分とゆっくりなんだな」


 声をかけてきたビオネスに対し、タケルも軽く返す。

 前日までのいさかいなどなかったかのような気楽さだ。


「俺たちは一仕事終わった後だからな。仲間もまだ寝てるよ」

「休息も大事ってことか。ならおっさんも朝の散歩か?」

「そういうことだな。けど、気になることをそのままにしてると気が休まらねぇタイプなんだ」


 ビオネスがゆっくりと背中の大剣を抜く。タケルも素振りを止めて正面で構えた。

 突然闘気を皆切らせ始めた二人に、回りのハンターたちも剣を止めて様子をうかがっていた。

 タケルは彼らの会話の中に「昨日の」という言葉が混ざっているのに気づく。つまり、ギルドでのいさかいを知っていたものたちだ。

 彼らから情報はあっという間に広がり、ハンターたちは困惑の表情から一転、見物人のものへと変わった。

 彼らの中の一人がビオネスへと声をかける。


「ビオネス、本気でいくのか?」

「当たり前だ。こいつは強いみたいだからな。それが礼儀ってもんだ」

「医者呼んどくか?」

「いらんだろ」


 ビオネスの答えにタケルもうなずく。


「すん止めできないほど素人じゃねぇさ」

「決まりだ。誰か合図を頼む」

「コインならあるぜ。落ちたときが開始な」


 男の一人が同意も待たずにコインを弾くと、クルクルと回転しながらコインは落下し、カチンと音を立てて地面に落ちる。

 同時に二人の得物がぶつかり合った。


「その大剣でよく間に合うな」

「随分と手加減されたみたいだからな」

「なら上げてくぜ」


 自身の中でギアを上げ、ビオネスへと踏み込む速度を上げる。

 突然上がったタケルの速度に驚きながらも、ビオネスは対処してみせた。

 大剣の重さを感じさせない巧な剣捌きでタケルの刀を受けると、力任せに押し込んでくる。

 純粋な力で言えば、ビオネスが遥かに有利だ。そもそも刀と大剣でぶつかり合えば大剣が勝つのも当然のこと。

 タケルは大剣の腹に刀を滑らせることでビオネスの攻撃を凌ぐと、すり足を利用して素早く相手の後ろへと回り込む。

 振り返りざまに刀を振るうが、ビオネスは剣を移動させず自身が剣の回りを回ることでその攻撃を躱す。

 さらにぐるりと大剣を軸にして一周すると、タケル目掛けて蹴りを放ってくる。

 とっさに一歩下がり、その範囲から逃れたタケルは、刀を構えなおす。

 一連のビオネスの動きを見て、タケルは相手の戦い方を理解した。

 大剣の動きは最低限に、肉体と相手を動かして自身の領域へと誘い込む戦い方は玄人のそれだ。そして逃げ場のなくなったところに強力な一撃を浴びせる。思い返せば、祖父やそれと同年代の人たちも同じように相手を自分の得意な領域へ誘い込む戦い方をしていた。

 それは体力の低下と熟練度の上昇が合わせ持つ当然の道なのかもしれない。

 強力な魔物との戦いも面白いが、玄人との闘いも心が躍る。

 高まる気持ちを抑えきれず、笑みがこぼれた。それはビオネスも同じだったようだ。


「かなり強いな。だがそれだけではないのだろう? あの村の惨状は、ただの剣技だけでなせるものではない」

「そっちこそなんか隠してんだろ。ただ強いだけじゃ、魔物は殺せない」

「ではもう一歩踏み込むとしようか」

「いいね、こっちもちろっとだけ見せてやるよ」


 タケルが体内の神威を活性化させる。見た目にはほとんど変化はないが、ビオネスも周りのベテランたちもその僅かな変化に目ざとく気づく。

 ゆらりと不規則に揺れる袴、足元の地面が僅かにだが振動している。まるでタケルから放たれる圧に押されるように、小石や砂粒が波紋のように広がっていく。


「面白い。コイツを使う必要がありそうだな。目覚めろ! グランバスター!」


 地面へと突き立てた大剣。その柄を押し込むと柄から刀身へと光が走った。

 幾本もの光の筋をなぞるように大剣が分かれ始め、その姿を一回り大きなものへと変化させる。さらに握っていた右腕へと刀身の一部が移動し、一体化するように肩までを覆いつくす。

 ビオネスと一体化し巨大化した大剣は、別れた隙間を埋めるように光に満ち、強烈な威圧感を放っていた。


「ビオネスが対人戦でグランバスターを解放するなんていつ以来だ?」

「王都での闘技会以来だったはずだ」

「はぁ、いいもんが見れた。あれが滅魔の大剣か」


 ビオネスが大剣を地面から抜き、背中側に流すように構える。

 

「気を付けろ。こいつはずいぶんと狂暴だからな」

「面白れぇ。魔導兵器ってやつだろ」


 魔石のエネルギーを利用した魔導具は巷にも溢れているが、それを兵器利用する魔導兵器は意外と普及していない。

 わざわざ魔石を使うよりも、魔法を使ったほうが遥かに安く済む。

 膨大なエネルギーを内包する魔導兵器は自らを傷つける可能性も高い。

 そんな兵器を利用するよりも、魔法と剣を併用したほうが遥かに安全なのだ。だが、魔法の素養は血統によるところが強く、ビオネスのような平民には持ちえないものだった。それをカバーするうえで、魔導兵器はうってつけだった。

 あふれ出す光がビオネスの姿に影を作り、初動の判断が難しい。待ちは悪手と考え、タケルは自分から攻めることにした。


「フッ」


 小さく息を吐き踏み込む。狙うのは無防備な左側。

 当然ビオネスもそれに反応し剣を振るう。

 ドンッと風の塊をぶつけられたような衝撃に、タケルは吹き飛ばされ慌ててバランスをとって着地する。

 次の瞬間には目の前にビオネスがいた。


「狂暴だと言ったろ!」


 振り下ろされる大剣を刀で逸らす。

 地面へと叩きつけられた大剣が、地面を破砕し衝撃と共に土塊を飛ばしてきた。

 顔に当たるそれを無視して、タケルはビオネスへと刀を振るう。ビオネスは後退してそれを躱すと、お返しとばかりに大剣を振るって先ほどのように風を飛ばしてきた。


「それはさっき見たぜ!」


 タケルはその風を切り払い、お返しとばかりにカマイタチを放つ。

 放たれた刃はビオネスの右肩を穿ち、グランバスターの装甲を僅かに削った。


「ぬっ」


 飛び武器の存在に不意をつかれたビオネスは、受けた衝撃に僅かによろめく。

 その瞬間をタケルは勝負所の隙と判断した。


「実利流戦術歩法――」


 グッと強く踏み込み、一歩でビオネスの後方へと移動。さらに二歩目で反転しながらビオネスの背中を取る。

 神威によって強化された脚力による全力移動は、ギャラリーからすればまるで瞬間移動で背後を取ったようにすら見えただろう。


「――二足瞬裏」


 ビオネスが振り返る間もなく、タケルは首筋に手刀を添える。

 それは決着の合図だった。


「俺の勝ちだな」

「俺の負けだ。完敗だよ」


 ビオネスが負けを認め、グランバスターがその形状を元の大剣へと戻していく。

 タケルも神威を納めると、張り詰めていた緊張感が溶け、ギャラリーたちのため息が聞こえた。


「ビオネスが負けたかぁ」

「完敗だな。大型新人じゃないか」

「しばらくはゴブリン狩りか? もったいないな」


 そんな呟くが聞こえる中、タケルたちは感想戦を始める。


「そいつは対人戦するにしても、もう少し距離が欲しいよな。飛ばし技メインだろ?」

「分かるか? まあ、もともと魔物ように調整された魔導兵器だからな。人を斬るにはオーバースペックだ。一応威圧感やら後光やらでけん制を狙ったが、タケルにはあんま意味なかったな」

「後光は少し面倒だったぞ。表情やら動きが読みにくかった。だからこっちから動くしかなかったしな」

「そっちの技は対人特化か? 速度やらパワーやらが異常だろ。なんでそんな細い剣でグランバスターを受け流せるんだよ」

「神威は周囲にも影響を与えるからな。刀も肉体と同じように強化できる。でなきゃさすがに折られてたさ」


 神威を体内で循環させ、肉体を強化するのは基礎の基礎だ。その発展が武器や衣類の強化であり、その先にも新たな極地が存在する。

 今回タケルがやったのは、その武器と衣類の強化だ。これのおかげで、刀でも魔物の装甲や皮を斬ることができるし、衣類は鎧のように強くなる。

 イズモの民が鎧を着ず、多くの武器を持たない理由でもあった。


「最後の動きはなんだよ。完全に視界から消えたぞ」

「ありゃ神威での肉体強化前提の強引な移動方法だ。生身でやってもガキのお遊びにしかならんよ」

「ガキの妄想が実現するとか、やっかいこの上ないな」


 子供の妄想に遠慮というものはない。自分が最強と思う力を平然と妄想してしまう。

 だからこそ、それを再現できるタケルの技がこの上なく強力なのだと理解させられてしまう。


「あれの対処は、防御を置くぐらいしかないのか?」

「後は後方に回るところを押さえるかだな。あの技は二歩で完成するし、その一歩目はどうしても相手の横ギリギリを抜けることになる。発動しちまえば後から押さえるのは無理だが、その準備を見抜ければできないことはない」

「初見じゃ詰んでるじゃねぇか」

「まあな!」


 だからこそタケルはこの技で勝負を決めに行ったのだから。


「くそっ、今度は勝つからな」

「ハハハ、楽しみにしてるよ。んじゃ俺はそろそろ上がるわ。あいつらも起きたみたいだしな」


 上を見上げると、宿の窓からリュネとニーナが顔を出している。


「タケル! 朝っぱらからうるさいわよ!」

「仕方ねぇだろ! おっさんが暴れちまったんだから!」

「なっ、俺のせいだってのか!?」

「地面にこんなクレーター作っておいて、知りませんは通用しないわな」


 グランバスターによって破砕された地面には大きな穴が出来てしまっている。

 周りのギャラリーたちもその証人だ。言い逃れは難しいだろう。


「ビオネスって言ったわね! あなた罰として今日の分の宿代も支払いなさい!」

「んなバカな!? 俺だけのせいじゃねぇだろ! つか試合してたんだからタケルも同罪だろ!?」

「ならタケルと一緒に今泊っている人たちの代金全部持ちなさい!」


 その一言に、他の部屋の窓からこちらの様子を窺っていたハンターや商人たちから歓声が上がる。もはや払えないとは言えない状況になっていた。


「マジかよ……」


 愕然とするビオネスの肩を、タケルはポンと叩く。


「ハハハ、おっさん一緒にゴブリン狩りやるか。けっこう儲けられるぞ」

「くそっ、こうなったら昨日払った分も全部稼ぎなおしてやる!」

「その意気だ。そのまま大量発生も解消しちまおうぜ。他の連中も一緒に来るか?」


 タケルがギャラリーたちに声を掛けるが、彼らは苦笑したまま首を横に振る。

 べリオルゴブリンの出現を知っているのはビオネスだけであり、その情報はまだ周知されていないからだ。彼らからすれば、ベテランのゴブリン狩りはただの罰ゲームでしかない。

 もし彼らがタケルの特性やべリオルの情報を知っていれば、喜んで馳せ参じただろう。だが彼らは、惜しくもその機会を逃すことになってしまった。

 そんな彼らにタケルは肩を竦めつつ、狩りのためのエネルギーを補給するため、ビオネスと共に食堂へと向かうのだった。


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