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1-6 プチ豪遊

 町から二十分。ビオネスが村にたどり着くまでにかかった時間だ。

 やや乱れた息を整えつつ、ビオネスは村の中へと進んでいく。その時点で、この場の異常には気づいていた。

 気づいていても、調べなければならない。ここで何が起きたのかを知らなければならない。

 街道に散らばっていた肉片は確かにゴブリンのものであった。だがそれはただのゴブリンではなく、べリオルゴブリンと呼ばれる上位種。上位種の中でも最上というわけではないが、ナイトやマジシャンよりかは遥かに強い存在だったはずだ。

 そんなべリオルが二十体、すべて一刀のもとに斬り殺されていた。

 もはやタケルの言葉を疑う理由は無かった。

 だが別の問題が発生する。なぜ大量にべリオルゴブリンが発生したのかだ。

 それを調べなければ、町に被害が出る可能性がある。

 その為に村の中へと足を踏み入れたのだが――


「これは……」


 広場の光景は、ベテランのビオネスをしても顔を顰めたくなるような凄惨なものだった。

 辺り一帯に散らばる肉片、地面は地を吸い込みどす黒く変色している。

 虫が集まってきており、耳元でぶんぶんと五月蠅く飛び回っていた。


「これを……あのガキが一人でやったってのか」


 自分にできるだろうかと考え、すぐに頭を振る。

 できるわけがないからだ。戦い方からして、広場の中心で四方から襲い来るべリオルゴブリンと戦ったことが分かる。そんなことをすれば、自分ならすぐに手数が足りなくなり食い殺される姿が簡単に想像できた。

 百匹を超えるべリオルゴブリンに集られて、まともに戦うことなど無理だ。普通ならば退却しながら敵の来る方向を固定し、それでようやく一体ずつ殺すだろう。

 それに――とビオネスはタケルの姿を思い出す。

 服に返り血がほとんど付いていなかった。僅かに足元の裾が血で汚れていたぐらいだ。

 それも、地面を踏んだ際に血だまりが跳ねたものだろう。となると、これだけの乱戦を行い、血肉をばら撒きながら自身は返り血を一切浴びていなかったことになる。


「どれだけの実力があれば、そんなことができる……」


 得体のしれないタケルの強さを垣間見て、ビオネスは背筋が震えた。

 その後、十分ほどかけて村やその周りを見て回る。生き残りの有無や、変異した原因を探すためだ。だが、結局変異の原因は攫めず、生き残りもいない。村の外を回っていた時に逸れのゴブリンがいたが、それはいたって普通のゴブリンだった。


「結局わからずじまいか。まあ仕方がない」


 そもそも自分は狩ることが専門だと思い直し、べリオルゴブリンの中から状態の良いものを一体選ぶ。町に持ち帰りギルドへと渡せば何か分かるかもしれないと判断し、その死体を担いでビオネスは町への街道を再び走り始めるのだった。


   ◇


 ギルド内での騒動も一段落が付き、テーブルを囲んでもらったお茶を飲んでいるころ、ギルドの入り口に一人の男が顔を出した。


「今戻った」


 きっかり半刻。ビオネスがギルドへと戻ってきたのだ。

 セリュールが立ち上がり、ビオネスの元へと歩み寄っていく。


「お帰りビオネス。それで結果はどうだったのかしら?」

「確かに村には百を超えるべリオルゴブリンの死体があった。殲滅もまず間違いないだろう。ミリエラ、そう言うことだ。手続きを進めてくれ」

「分かりました。ではタケルさん、少々よろしいでしょうか?」


 ミリエラに呼ばれ、タケルは受付へ向かう。

 ミリエラは用紙にゼロを並べ、それをタケルに向けて差し出した。


「査定金額は五十五万ペスになります。この場で現金によるお渡しも可能ですが、大金を持ち歩くことに不安を覚えるようであればギルドに口座を作ることも可能です。もちろん、一部を口座に入れて、残りを現金でということも可能ですが、いかがしますか?」


 五十五万ペスともなればかなりの量の硬貨になる。

 クルレント王国の貨幣は最大で一万ペスの金貨だ。それ以上の金額は銀行で直接発行される約束手形となる。

 タケルはここで五十五枚の金貨を受け取ってしまうことも考えたが、何かあったときのために多少の備蓄はしておくべきだろうと判断した。


「なら四十万は口座に。残りはこっちでもらうわ」

「分かりました。十五万を現金ですね。ではお金の準備をさせていただきますので、今しばらくお待ちください」


 ミリエラが一例し、受付から奥へと消える。

 それを見届け、ビオネスがタケルの元までやってきた。そして腰を折り、深々と頭を下げる。


「勝負は俺の負けだ。疑ってすまなかった」


 ベテランのビオネスが頭を下げるということはほとんど無い。ギルドに残っていた他のハンターたちの間に小さなどよめきが走った。


「約束は覚えてるよな?」

「タケル、なに約束したのよ」

「難癖付けられて時間を潰されたんだ。その代償を払ってもらうだけさ」

「何をすればいい? できればチームの存続に関わらない、俺個人でできることにしてもらえると助かるんだが」


 タケルがビオネスに対して、持っている武器を全部渡せだとか、今ある金を全部寄こせなどというと、チームとして仕事が出来なくなってしまう可能性がある。

 それはタケルも十分理解していた。


「なに簡単なことさ。今日俺たちはこの魔石を売った金でいい宿に泊まろうと思ってたんだ。そこでちょっといい飯と酒を食って、柔らかいベッドで気持ちよく寝ようってな」

「なるほど、宿と飯だな。それぐらいならお安い御用だ。この町一番の宿を用意させてもらおう」

「話が早くて助かるな」


 要求の案が決まったところで、セリュールが手を上げる。


「ビオネス、なら私たちもそこに泊りましょうよ。どうせまだ宿も決めてないんだし、私だってたまには柔らかいベッドで眠りたいわ」


 それにウェルドやジーノも頷いた。

 ビオネスとしても、三人が要望することを突っぱねることなどできない。だが、一度は険悪になってしまったタケルに念のため確認を取る。それで断られた場合は別の宿を探すつもりだった。


「タケル、構わないか?」

「俺は構わねぇよ。リュネたちはどうだ?」

「別にいいわよ。同じ部屋になるわけでもないんだし」

「私も大丈夫です」

「なら決まりだな」


 タケルたちとしても、特に反対する理由はない。リュネ達などは待っている間の世間話で、王城では聞くことのできないなかなか楽しい冒険談などを聞かせてもらったこともあって、チームウェットビーストには好意的な印象を抱いていた。


「タケルさん、お待たせしました」

「いいタイミングだな」


 ミリエラが再び受付へと座ると、そのカウンターに手の平に乗るサイズの袋を置く。


「こちらがお渡しする分の十五万ペスになります」

金貨(一万ペス)十五枚。確かに受け取った」

「残りの四十万ペスに関しては、ご希望通りギルドでの預かりとなります。これはタケルさんのギルドカードがあればどこの支部でも引き落としや預け入れが可能なので、その支部の受付でお申し付けください。以上が支払いに関することとなります。何かご質問等ございますか?」

「大丈夫だ」

「ではこちらにサインをお願いします」


 出された書類へとサインをして返す。受け取ったミリエラは、それを確認してニコリと笑みを浮かべた。


「これで依頼は完了となります。明日以降の依頼はどうなさいますか? 明日はいくつかのチームが村の確保に動くと思いますが」

「とりあえず目先の問題は解決したから保留だな。何かあれば言ってくれ。こっちも考える」

「ありがとうございます。廃村を拠点化できればゴブリンへの対処も楽になります。ビオネスさんのチームも戻ってきてくれましたし、領主様に依頼を出さなくて済みそうです」

「そりゃよかった。んじゃ、仲間待たせてるから行くわ」

「はい、お疲れさまでした」


 深々と頭を下げるミリエラに見送られ、俺はみんなの元へと戻る。

 そしてビオネスの先導で、この町一番と言われる宿へと向かうのだった。


   ◇


「まあまあ美味しかったわね。ロイヤルな私をもてなすには今少し物足りないところだけど」


 口元を拭きながら、リュネは満足げな表情で感想を述べる。口では物足りないと言いながらも、逃走中には絶対にあり付けなかったフルコースである。十分に楽しんでいたと言っていいだろう。


「そうか? かなり美味かったと思うぞ。こっちの料理はイズモとは味付けが全然違うしな。こっちの飯も旅の楽しみだったんだよ」

「美味しかったですけど、やはりあの場所(王宮)のものと比べてしまうと難しいですね。あそこは全ての一流が揃っていましたから」

「そりゃ仕方ねぇわ」

「お前ら……負けた俺が言うのもなんだが、少しは遠慮ってもんをな……」


 ビオネスの財布を空っぽにした豪華な食事は、リュネの舌を満足させるには至らなかったが、それでもタケルに許してもらえる程度には十分なものだった。

 当然宿の部屋も最上のものであり、最上階のフロアを全て使った五部屋のものだ。

 おかげでビオネスの財布は逆さにしても何も出てこない状態となっており、それでも足りなかった分をタケルが少しだけ払っていた。

 ガックリとうなだれるビオネスの横では、彼のチームメイトたちが我関せずといった様子で食事を楽しんでいる。部屋のランクは違えど、結局全員がここの宿に泊まることとなっていた。


「失礼します。後ほどデザートとなりますが、飲み物はいかが為されますか?」


 ウエイターからの質問に、リュネが慣れた様子で答える。


「ここはロンネフェルトは置いてるかしら?」

「はい、ご用意しております」

「じゃあロンネフェルトのミルクね。砂糖はいらないわ」

「俺はコーヒー、ミルク砂糖ありで」

「私は紅茶のストレートで。茶葉はお任せします」


 それぞれに飲み物を頼むと、ウエイターは頷き奥へと戻って行った。

 そしてタケルは、注文の際に頭の隅に引っかかった名前をリュネに尋ねる。


「なあ、ロンネフェルトってお前の名前じゃなかったか?」

「ええそうよ。紅茶好きのお母さまが最高級茶葉の名前を付けてくださったの! ロイヤルな私にふさわしい名前だと思わない!」

「ロリっ子には贅沢な名前だな」

「んな!?」

「もうちょいランク落としたほうが、名前負けしないんじゃないか?」

「失礼な奴ね! もうちょっと雇い主を敬おうとか、おだてようとかそう言う気は無いの!?」

「ならせめて給料は先払いしてくれ」


 現状、タケルへの依頼料は出世払いとなっている。これで雇い主を敬えという方が無理がある。

 事実である以上リュネも思うように反撃できず、助けを求めるようにニーナを見た。

 そんなニーナはリュネの視線にも気づかず、口元に笑みを浮かべぼそりと呟く。


ロイヤル(高貴な)ミルク(ロリっ子の)ティー(リュネ様)。プフッ」


 と――

 その呟きは、最後の吹きだす音まで、なぜか驚くほど周囲へと広がった。

 タケルも、ビオネスも、彼の仲間たちも、ミルクティーと呟きながらリュネを見る。

 当然リュネにもその呟きは聞こえていた。

 顔を真っ赤にしながら、プルプルと震えている。

 そんなリュネの様子に、タケルは背後へと回りポンと肩に手を当てる。


「いいあだ名じゃないか、ミルクティー。一緒に旅する仲間なんだ仲良くしようぜ、ミルクティー。ミルクティー、ミルクティー飲みに行かね?」

「だぁ!! ふざけんじゃないわよ!」

「ぐはっ」


 振り向きざまに放たれた拳が、タケルの鼻を直撃する。


「おお、いいのが入ったな」


 感心するビオネスをよそに、リュネはそのまま椅子の上に立ち上がり、ビシッとニーナを指さした。


「ニぃーナぁ!」

「はっ! ごめんなさい! ごめんなさい! つい口が滑りました!!」

「余計悪いわ! ニーナは明日の朝ごはん抜きよ!」

「そんな!?」

「そんなもんでいいのか――」


 誰かの呟きは、周りの気持ちを代表したものだっただろう。

 必死に謝るニーナと、ぷりぷりと怒るリュネ、そして鼻を殴られ悶絶するタケル。そんな三人の様子を余興に、他の者たちはのんびりと食事を楽しみ続けるのだった。


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