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1-4 変異するゴブリンたち

「そういやぁ、お前らも付いてくるんだな」


 ゴブリン討伐の依頼を受け、早速情報のある廃村へと向かおうとしたところで、リュネ達が当然のように付いてきていることに気付いた。

 タケルの問いに、二人は一度顔を合わせた後何を当たり前のことをというようなきょとんとした表情が返ってくる。


「当たり前でしょ。雇っている傭兵の実力ぐらい知っておきたいもの。タケルが海竜を討伐できることは知ってるけど、具体的にどんな強さなのか想像できないし、それなら見てみるのが一番じゃない」

「それに私たち今五百ペスしか持っていませんからね。宿を取ることもできませんし、ギルドの待合スペースでずっと待つのもどうかと」


 宿の宿泊料は基本的に先払いである。登録料の五百ペスは新規登録キャンペーンで無料になったが、だからといってたった五百ペスで宿に泊まれるわけがない。

 探せば後払いの宿もあるかもしれないが、支払える金額も持たずに部屋を取れるほどの勇気は二人にはなかった。


「それもそうか。けどお前らは戦えないよな?」

「ロイヤルな私に戦闘力なんて必要ないものね!」

「メイドな私も戦いの心得はありませんね。刃物を持っても野菜の皮ぐらいしか剥けません」

「なら村には近づかない方がいいな。数が数だし、数匹流れるのも危険だ」

「そうね。少し離れた見晴らしのいい場所から見させてもらうわ」


 文字通り高みの見物である。


「しかしゴブリンか……」

「なに? ゴブリン苦手なの?」


 タケルのため息にリュネは首を傾げる。

 ゴブリンといえば魔物の中でも最弱の存在だ。ただその醜悪な見た目から嫌っている人は多い。


「いや、苦手とかはねぇんだ。ただ面倒くさいんだよな。あいつら数だけは多いからよ。それにすぐ上位種に進化するしな」

「ああ、一匹見つけたら百匹は覚悟しろって言うものね」

「それは少し違う気がしますが、十匹は硬いと言われてますね。今回は大量発生ですし集落を拠点にしているらしいですから当然上位種もいるのでは?」


 ハイ、ナイト、マジシャン、パンプアップ、その他にもゴブリンの上位種と呼ばれるものは沢山いる。その数は魔物の中でも随一だ。

 数が増えれば当然上位種の発生する可能性も高い。集落を拠点にするだけの知能があるのならば、間違いなくハイかナイトはいるだろうとニーナは予想していた。


「上位種か。まあ所詮ゴブリン、上位種だろうとあんま関係ないけどな。どうせ斬りゃみんなくたばる。お、村が見えてきたな」


 小さな森を迂回するように作られた街道の先に、民家が立ち並ぶ光景が見えてきた。


「じゃあ私たちは向こうの丘で待ってるわね」

「おう、一応周りには気を付けろよ」

「ニーナ、頼んだわよ!」

「リュネ様も少しは警戒してくださいよ。私はただのメイドなんですからね」


 二人がタケルの元を離れ丘の上へと移動する。それを見送り、タケルは一人村へと近づいていった。

 村には簡単な物見やぐらが立てられており、そこにいたゴブリンがタケルの姿を確認し声を上げる。

 タケルが気にすることなく近づいていくと、村の中から二十匹ほどのゴブリンが剣や斧、こん棒を持って出てきた。

 そしてタケルを目にした瞬間、その動きがピタリと止まる。


「やっぱりか……」


 タケルが足を止め、小さく呟いた。それにはどこか諦めにも似たため息が混じっている。

 立ち止まっていたゴブリンたちは次第にビクンビクンと痙攣を始め、一匹が空へと咆哮を上げるのを皮切りに残りのゴブリンたちも叫び声をあげる。

 何度も何度も続けられたその叫びが止むと、今度はゴブリンの体に変化が現れた。

 ごぼごぼと肉が沸騰したように蠢き、皮膚を引っ張り、やがて裂け、それでも尚膨張を続ける。

 一回り、二回り、三回り、ゴブリンたちの小さかった体をみるみる巨大化させ、二メートルほどの大きさまで膨れ上がったところで肉がようやく落ち着いた。

 真っ赤な生の肉はジュウジュウと煙を上げながら赤黒い皮膚へと変化し、隆起した筋肉からは血管が浮き出ている。

 ゴブリンたちは自分の変化に戸惑いながらも、何度か拳を閉じたり開いたりした後タケルに向かって叫びを上げた。

 それは開戦の狼煙だったのだろう。一斉に変異したゴブリンたちがタケルへと向けて疾走する。

 駆け出したゴブリンたちの速度は、馬よりも早く一気にタケルとの距離を詰めてきた。タケルも刀を抜き、ゴブリン目掛けて駆けだす。

 街道の真ん中、タケルとゴブリンたちの影が交差する。


「実利流交殺術・一期一得」


 ゴブリンたちの間を通り抜けたタケルが、刀に付いた血を振り払い鞘へとしまう。

 すでに決着はついていた。交差した瞬間、腹を斬られ、首を飛ばされ、心臓を穿たれ、足を切断され、二十匹のゴブリンは全て一太刀によって斬り殺されていた。

 街道へと散らばるゴブリンの死体を眺め、そして丘の上にいる雇い主を見る。

 リュネ達は、必死にこっちに来るようにジェスチャーをしていた。

 ゴブリンの別動隊かとタケルは急いで丘を駆け上がるが、それらしき姿は見えない。


「なんだ、なんか用事か?」

「幼児じゃないわよ! じゃなくて、用事じゃないわよ! 何よさっきの! ゴブリンがいきなり化け物になったんだけど!?」

「いや、さっきすぐに変異するって言っただろ」

「いえいえいえいえ、変異ってそうじゃありませんから! あんな気持ち悪い変化なんか普通しませんから! というかあれ、べリオルゴブリンですよね!? あれが一体でもいる集団は、即座に緊急依頼でベテランのハンターが召集されるレベルだったと思うんですけど!?」

「そうなのか? 地元じゃだいたいいつもあんな感じだが」

「イズモってどんだけ魔境なのよ!」


 タケルの中では、ゴブリンは日常をあの姿で過ごし、敵が現れると肉体を変異させて襲い掛かってくる狂暴な魔物という認識だった。

 だがその認識にリュネ達と乖離が見られることで、二人の変異がどういうものかを尋ねる。


「じゃあお前らの言う変異って何なんだよ」

「繁殖の際に、極まれに強力な個体が生まれることですよ! だからゴブリンみたいな繁殖力の強い魔物は変異個体が生まれやすいって言ったんです! けしてあんな気持ち悪い変化の仕方を言ったんじゃありません!」

「そうなのか――こっちの大陸は平和なんだな」

「イズモが物騒過ぎるだけでしょうが!」


 ガンっとリュネがタケルの脛を蹴るが、神威を巡らせることによって強化されている体は鉄のような硬さを持つ。逆にリュネがつま先を痛めてぴょんぴょんと跳ねた。

 その様子に、タケルはふと思うところがあった。


「もしかして、これも神威の試練だったのか?」

「神威の試練? 神威というと、タケルさんの不思議な技の名前ですよね?」


 首を傾げるニーナに、つま先を抱えたままのリュネが答える。


「伝承だと神威って言うのはそのまま神様の力を身に宿す技だって言われてるわ。だけど強力な力を与えられる代わりに、力を与えた神様が術者にその力を振るうに相応しいか試練を課すことがあるって聞いたわ」

「まあ概ねそんな感じだな」


 さらに正しく言えば、神の力を借りるのではなく、体内に神を内包しているのだが、今はそれをわざわざ訂正する必要はないかとタケルはリュネの話に頷いた。


「爺さん曰く、俺の神威はかなり強力らしい。その代り試練もまた苛烈なものになるって言われたな」

「どう考えてもそれでしょうが!」


 再び、今度は反対の足で脛を蹴るリュネだったが、やはりタケルは瞬時に脛を神威で強化しそれをしのぐ。


「ぎゃー! ロイヤルな私の足先がぁぁ! 今絶対爪が割れたぁぁ!」

「五月蠅いぞ、ロイヤルロリっ子。あんまり騒ぐとそこらへんのゴブリンまで寄ってくる」

「ぬぅぅ、ふぅぅふぅぅ」


 ゴブリンが寄ってくると聞いて、リュネは必死に声を押さえた。深い呼吸で何とか痛みを止めようとしているが、その眼にはたっぷりと涙が溜まっている。


「ま、そのあたりは後でしっかり考えるとして、とりあえず村のゴブリンは殲滅してくるわ」

「そうですね。どちらにしろゴブリンは殲滅しないと依頼達成になりませんし。私はリュネ様の手当てをしていますね」

「頼むわ」

「さっさと片付けてきなさい! 変異種なら魔石も高くなるでしょ! たっぷり稼いで、柔らかいベッドで寝るの!」

「はいはい。雇い主様の要望はしっかり叶えないとな」


 タケルは駆け出し丘を下る。

 そのまま廃村へと突入し、村の広場へと駆け込んでいった。


   ◇


 主戦場となった廃村の広場は咽るような血の臭いに満ちていた。

 足元は血の海へと変わっており、ゴブリンだったものたちの肉片が散乱している。

 その中心地で、タケルは刀を一振りし、刀身を垂れる血を掃う。


「ま、ざっとこんなもんか」


 百三十七匹。タケルの殺したゴブリンの数だ。そしてそれは、廃村を占領していたゴブリンの集団の数と同等である。

 本来のゴブリンならば、家屋に隠れたり逃げたりしてたった一人で殲滅することは出来なかっただろう。だが幸か不幸か、タケルに与えられた試練により、ゴブリンは全て狂暴なべリオルゴブリンへと進化していた。

 べリオルはその力に酔いしれ戦いを求める。それは本来タケルを試練から逃がさないようにするための進化だったが、こと殲滅という目的に対して最高の相性だったと言えるだろう。


「こっから魔石集めるのか……」


 やたらめったらと散乱するべリオルゴブリンの死骸。その胸を刀で抉り、一つずつ魔石を取り出していく。

 片手の指で輪を作ればそれを潜れそうな程度の魔石は、ハンターの中でも上位のベテランと呼ばれる者たちが手にするサイズだ。目下最大の問題であった金銭面が解消されたことだけが、魔石回収の原動力だった。

 絶対に帰ったら豪遊すると決意しつつ、最初に殺した街道の二十匹も含め、全ての魔石を回収したタケルは、満杯になった袋を抱えリュネ達の元へと戻る。


「とりあえず殲滅してきたぞ。あれ、ニーナは?」

「向こうの木陰でダウンしてるわ。さすがにあんな虐殺の光景を見せられちゃったらね。私も胃の中は空っぽよ?」

「こっから見えたのか」


 丘から振り返ると、確かに戦っていた広場がよく見えた。

 そこには今も大量の死体が転がっている。


「んで、俺の実力は雇い主的にはどうよ?」

「最高ね。ちょっと引くぐらい。タケル一人を王城に乗り込ませた方が早いんじゃないかしら?」

「流石に厳しいだろ。大量に矢とか射かけられるとさすがに対処できん。最近じゃ手に持てるサイズの砲筒もあるんだろ?」

「銃のことかしら? まあ、確かにあれに対処するのは無理ね。やっぱり王城を奪還するには人が必要ね。なんとかして集める方法を考えないと」


 そんなことを話していると、木陰からのそのそとニーナが戻ってきた。その顔は青白くなっており、いかにも不健康そうだ。


「あ、タケルさん……お帰りなさぃ」

「だいぶやつれてんな。ダイエットに失敗したみたいになってんぞ。水飲むか?」

「いただきます……」


 タケルの水筒を受け取り、ニーナはごくごくと水を飲んでいく。

 そしてぷはっと息を吐いたその表情には、少しだけ生気が戻ってきている感じがした。


「ありがとうございます。助かりました」

「こっちは全部終わったから、町に戻ってゆっくり休もうぜ。とりあえずそこまでは頑張れ。いい魔石が手に入ったから、いい宿に泊まれるぞ」

「少し頑張る気が出てきました。行きましょう! リュネ様、もうひと踏ん張りです」

「頑張らなきゃいけないのはニーナだけよ! 女なんだから、血なんて見慣れてるでしょ!」

「流石に内臓は見慣れませんよ……」


 リュネにバチンと背中を叩かれ、背筋をピンと伸ばしてやる気を見せるニーナだったが、数秒後には再び猫背へと戻っている。

 帰りは時間がかかりそうだと思いながら、タケルは魔石の袋を担ぎ直すのだった。

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