1-3 ハンターズギルド
「ニーナ、差し迫った私たちの問題って何かしら?」
「お金がないことですね」
「お金? まだあったと思うけど」
逃亡資金として国庫からパクってきた金銭や宝石はまだ残っていたはずだとリュネは首を傾げる。
「大半は荷物と一緒に海の底に沈んでしまいましたし、それを補充するために先ほどタケルさんに残ったお金で買い物を頼んできましたから」
「ああ、これか」
タケルが頼まれていたのはカバンや衣類、テントや布など旅に必要な基本的なものばかりだった。
なぜ今更そんなものをと思っていたが、無くしていたなら納得である。
「そうです。それをそろえるために残っていたお金もほぼ使い切ってしまいました。タケルさん、どれぐらい残ってますか?」
「これだけだな」
タケルは袴の袖から残っていた小銭を取り出しニーナへと手渡した。
「千二百四十ペル。私たち三人分だと一食ですね」
「それだけ!?」
「そりゃ不味いな」
宿の食費はすでに前払いで支払っているが、それも一泊分。明日以降では一食しか食べられないことになる上に宿はなしだ。
ギリギリまで削ったとしても二食が限界だろう。となると、早急に金を稼ぐ手段が必要となる。
「あ、俺の持ってきた魔石は売れないのか? もしかしてこっちじゃ魔石は使えない?」
魔物の体内から入手できる魔石は、高純度のエネルギーの塊だ。イズモではそれを利用した道具が溢れかえっており、魔石の買い取りは国が行っている。
公共事業としての側面があるので、通年して価格が安定しており魔石の入手を専門とする狩人も存在するぐらいだ。
タケルが持ってきたのはこぶし大の魔石。これは魔石の中では特大サイズであり、換金できればかなりの金額になるはずである。
だがニーナは首を横に振った。
「魔石を売ることは可能です。クルレント王国でも魔石は重要なエネルギー源ですから。けどこの魔石は大きすぎるんです。この魔石の価値に見合った金額を、ここら辺の村や町では用意することができないかと」
「マジか……」
大きな魔石ほどそこに内包するエネルギーの量も大きくなり、当然価格はそれに比例する。タケルの用意した海竜の魔石は魔石の中でも一級品も一級品。本来ならば王都やそれに続く都市の豪商たちが売買を行うか、それこそ貴族に献上するような代物である。
領主にでも魔石を献上できれば返礼で相応の資金を入手できるだろうが、それはここにリュネ達がいることを宰相に教えるようなものである。
「けど魔石を利用するのはいい手よ。タケルの実力があればハンターとして即金を手に入れることぐらいはできるはず」
「そうですね。この近くにもハンターズギルドはあります。そこでタケルさんに登録してもらえば」
「良く分かんねぇが、狩人として魔物を狩ればいいってことだよな?」
「そうよ。普通に魔物を倒して魔石を売ることもできるけど、依頼を受けて指定されている魔物を倒せば、報酬がプラスされるわ」
ハンターズギルドに関してさらに詳しく二人から聞くタケルだが、結論は簡単なものだった。
ライフラインを支えると同時に、職のない者たちへのセーフティーネットとなっているハンターズギルドには、純粋な実力者からならず者、果ては浮浪児まで剣を握れるものならば様々な者たちが集まっている。彼らが魔物を狩って魔石を売ることで、町の周囲の安全が確保され、燃料としての魔石が安定して手に入るようになっている。
ギルドの存在理由は狩人会とほぼ同じものだった。
「狩人会と似たようなもんだな。なら問題ない」
「良かったわ。じゃあ明日にでも出発しましょう。荷物はもう買ってあるのよね?」
「はい」
「じゃあまずは腹ごなしね! 今朝から何も食べてなくて、さすがにお腹が減ったわ!」
リュネの言葉に答えたのは、くーっと可愛らしい音を立てるニーナのお腹だった。
◇
タケルが大陸に到着してから二日目の朝が来た。
日が昇ると同時に宿を出たタケルたちは、その足で隣町へとやってきていた。移動に掛った時間はほぼ半日。馬車ならば数時間程度の距離ではあるが、子供や女子の足を考えれば妥当なところだろう。
町へ入るのために残りの小銭をほぼ使い切り、今日中に何かの依頼を達成できなければ三人は裏路地での野宿が確定する。
焦りが見える二人をよそに、タケルはウキウキとした様子でギルドの扉を潜った。
ギルドは多くのハンターが利用するため、門の近くにある。この町では周りの建物よりも倍ほどの大きさがあり、国営らしく建物の中は独特の堅苦しさがあった。
狩人会ではその場で宴を広げたりと、かなりおおらかな雰囲気だったため、タケルはその違いに少しだけ驚いて足を止める。
「どうしたの? もしかしてギルドの雰囲気に怖くなっちゃったかしら?」
「この時間ならあまり人はいないと思いますけど?」
「狩人会とは雰囲気が別もんでな。本当にここか少し悩んじまった」
受付へと足を進めながら答えると、同じギルドでも責任者次第でだいぶ雰囲気は変わるものだと返ってくる。
「私たちが知っているところだと、王都や大都市だけど、意外と賑やかだったりするわよ。ここはどちらかって言うと利用者が少なそうね」
「そうですね。他の町はこの時間でももっと人がいた気がします」
ベテランでは早朝に出発して夜に戻ってくることも珍しくないが、駆け出しや浮浪児などは昼過ぎのこの時間に戻ってくることも多い。だがこの町のギルドはチームであろう一組四人の若者たちを除いて、ハンターらしき人物は見受けられなかった。
「魔物の数が少ないとかだと厄介だな」
「とりあえず登録しちゃいましょ。登録するのはタケルだけでいいのよね」
「ああ。つうか登録料がいるだろ? たぶん、三人は無理だ」
「そうですね。あ、これ最後のお金です」
残っていた小銭から五百ペスをタケルは受け取り、一人受付へと向かう。
「ちょいといいかい?」
受付にいたのは、目の下に薄っすらと隈を作った女性だ。本来ならば美人といえる容姿なのだろうが、濃い疲労の後がそれを霞ませている。首から下げられたネームプレートには、ミリエラ・レーティルと書かれていた。
「はい、どのようなご用件でしょうか?」
「ハンターの登録? っつうのをしたいんだが」
「新規の登録ですね! ありがとうございます!」
タケルが要件を告げると、ミリエラは急にカウンターから体を乗り出しタケルの手を両手でガッチリと捕まえる。まるで蛇が得物を捕まえるときのような素早さだった。
「新規登録は大歓迎です! いいタイミングで来てくださいました! 今なら無料で登録キャンペーンを行っていますよ! それに数個の依頼をこなすだけで、ギルド長から名前を覚えてもらえちゃう特典付きです!」
「あー、とりあえず無料なのは助かるな」
どこかのセールの売り込みのような文句に、タケルは来るタイミングを間違えたかもと二人へ視線を向ける。二人は受付から少し離れた休憩用のテーブルで困ったようにタケルたちを見て苦笑していた。
その様子にタケルは、二人がなんでこんな様子になっているのかを知っていると確信する。
「兄ちゃん新規登録か? 運がなかったな」
どうしたものかとタケルが困っていると、隣の受け付けから声を掛けられた。
そこには先ほどの四人組のチームが同じように苦笑していた。
「どういうことだ?」
「今ここら辺、ゴブリンが大量発生してんだよ。おかげで、来る日も来る日もゴブリンゴブリン。魔石もほとんど金にならないし、町を出ようかって話をしてたんだ。俺たちも新人なんだけど、さっきのセリフでうまい具合に受付嬢さんに取り込まれちゃってさ、まあそれでもさすがに恩は返したでしょってことで」
「う……たしかにチームクアトロの皆さんには凄い助けていただきましたし、皆さんの意見を無視することはこちらもできませんね……」
チームクワトロの四人も、少し申し訳なさそうな顔をしながらも、その意思は強いらしい。そんな様子にミリエラも萎れながらも頷くしかない様子だった。
「ゴブリンか。大量発生ってそんなに困るもんなのか?」
「知らないのか? ゴブリンは弱いくせに繁殖力だけは強くて、数で周囲の魔物を追っ払っちまうんだよ。おかげでここら一帯、どれだけ探しても今はゴブリンしかいないぜ。そんなんじゃ俺たちハンターは食っていけないし、町を出るしかないんだよ」
「残ったゴブリンはどうするんだ?」
ハンターがいなければ、ゴブリンは増え放題になってしまう。そうなれば、次に襲われるのは平民の村だろう。
「そうなる前にはギルドから領主様に依頼を出します。兵を動かしてもらって掃討作戦を行うんです。けど、そうなるとギルドとしての信頼が……」
「あー、まあ魔物を狩るのがギルドの仕事だもんな」
それが出来なかったとなれば、国の一機関であるハンターズギルドは色々と上から言われることになるだろう。場合によっては運営資金の減額などもあるかもしれない。
だからギルドとしてはなるべくハンターにゴブリンの大量発生をどうにかしてもらいたいのだ。
「もう、うちのギルドにはほとんど人が残っていません。あなたが最後の希望なんです! ゴブリンは弱いので、新人の訓練にもうってつけですし、万が一問題が解決できるようなら、ギルドランクの飛び級も可能かと!」
受付嬢は必死にタケルを説得する。
タケルとしては、ここでギルドに登録することは何ら問題がない。そもそも、少しでも即金を手に入れなければ今日の宿すら怪しい状況なのだ。ギルドの状態など選んでいられる立場ではない。
「まあそう言うことなら分かった。登録を続けてくれ。俺も金は必要だしな」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ぶんぶんと掴んでいたタケルの腕を振るミリエラは、嬉しそうに新規登録の用紙に必要事項の記入を行い、ギルドに関しての簡単な説明を行う。それは昨日のうちにリュネ達から聞いていたため、軽く聞き流し、タケルは問題のゴブリンに関して詳しく聞くことにした。
「んで、ゴブリンはどこら辺にいるんだ?」
「そこらじゅうにいるんですが、今一番問題になりそうなのは、ここから東に一時間ほど行ったところにある村です。住民が避難して無人になったそこに住み付いたゴブリンが順調に増えてしまっているようで、近いうちにこの町まで勢力を伸ばしかねないとのことなので」
「一大事じゃん。じゃあそこからやっていくか」
「お願いします。けど、絶対に無理はしないでください。まずは逸れている一匹から。少しずつ戦う数を増やしていって、自分の限界をちゃんと見極めるんです。それが出来なければ、相手がゴブリンであろうと関係なく殺されてしまいます」
「あいよ。ま、大船に乗ったつもりで任せといてくれ」
発行されたギルドカードを受け取り、タケルはリュネ達の元へと戻る。
そしてリュネの頭に軽いチョップをくらわせた。
「痛い! 何するのよ! 私のロイヤルな頭に傷がついたらどうするの!」
「ならもっと痛いのをお見舞いしてやろう」
タケルがデコピンの構でじりじりと手を近づけていくと、リュネは必死にその手を押さえる。
そんな様子をニーナはお茶を飲みながらのんびりと見ていた。
「ちょっとニーナ! ご主人様が暴力振るわれそうになってるんだから助けなさいよ!」
「リュネ様、無力な私をお許しください」
「んな!? いったーい!」
バチンという音が室内に響く。容赦ないデコピンに、リュネは額を押さえたままテーブルへと蹲った。
「ゴブリンのこと、分かっててこのギルドに呼びやがったな」
ゴブリンの大量発生。それは一日二日で発生するような現象ではない。ましてハンターの流出など、数カ月かけて起きる現象だ。それを、ここを通って港町へと行ったリュネ達が知らないはずはないのである。
タケルが、リュネ達がこのことを知っていると確信した理由はそこだ。
そしてタケルが海竜を倒せるほどの実力があることを知って、稼ぐついでにゴブリンの件を何とかしてもらおうと画策した結果、リュネ達はタケルをこの町のギルドへと向かわせたのだと判断した。
「タケルさん、仕方がなかったんです。ギルドは領主様や国に依頼を出せば大丈夫だと思っているようですが、今の国の上層部は知っての通り。領主たちもどこまで動いてくれるのか分かりませんでした」
「だからタケルに頼むしかなかったのよ。タケルならできると思ったから」
テーブルに顔を寝かせたまま、横を向いて唇を尖らせるリュネの姿に、タケルは大きなため息を吐いた。
「はぁ。そう言うことなら黙っていたことは今のデコピンでチャラにしてやる。けど今後はそんな詰まんねぇことで隠しごとは無しだ。ロリっ子、あんたは俺の雇い主だ。雇われの俺は、ちょっとぐらいの無理は聞いてやるさ」
「ぐぅぅ、なんか納得いかないけどありがと」
「ありがとうございますタケルさん」
「あ、でもニーナにもデコピンはするからな」
「流れでうやむやにできると思ったのに!」
その後、ハンターズギルドにもう一度「バチン!」という痛そうな音と、「きゃふーん」という可愛らしい悲鳴が上がるのだった。