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2-11 何のために剣を振る4

 捕まえる――弾かれた。刀を振る――受けられた。回避、ステップで相手の横へ、横振り、躱される。相手の剣が来る。これはフェイント、狙いは足元――踏み込んで間合いを崩す、左手で顔を掴みに行く。刀が来る。腕を引いて蹴りに変更、相手の蹴りで相殺された。間合いを取って一息――


「チッ、纏わせどうしはこうなっちまうのか」

「現象具現化による先読み合戦。まさに神の領域と言っていいだろう」


 一連の攻防、神威による余波によって大広間はすでにボロボロになってしまっていた。

 それに対してタケルもシンゼンも傷一つない。神威を纏ったことによって、相手の動きが分かり過ぎるほど良く分かる。

 小さな挙動の変化、視線の動き、風、相手の神威、それらを感じ取れるために、次の動きが予想出来てしまう。

 だからフェイントにはかからないし、本命の攻撃は確実に防がれる。ただ余波だけが周囲に飛び交い、建物を破壊していくだけだ。


「狭いな」

「うむ」


 行動は同時だった。

 タケルが余波によって開いた天井に向かって腕を伸ばす。シンゼンが足に力を籠め、床を蹴った。

 次の瞬間には二人は大広間から空へと出ていた。


「ここなら壊す心配はない」

「これまで以上に全力で参る!」


 神威の刃どうしがぶつかり合い、周囲に流星のような光を振りまく。


「出力で押しつぶす!」

「されはせんよ」


 一連の攻防で、神威自体の力はタケルの方が上だと分かっていた。それ故に、タケルは下手な先読み合戦を避け正面から力で押しつぶす方向を取る。

 シンゼンもそれは分かっていた。正面から受けながらも、刀を斜めにしタケルの力を逸らす。

 タケルの体が背後へと流れた。シンゼンは即座に振り返りながら刀を振るうが、神威で周囲を把握しているタケルにもその動きは良く分かっている。

 振り返らずに一歩前へと進み刀を交わした後、空を蹴ってバク中。


「おら!」

「見切った!」


 シンゼンの頭上を通り過ぎる瞬間に振られた刀は、シンゼンの前髪を数本だけ落とすにとどまる。

 放たれた余波が大広間の天井に二つ目の大穴を開けた。

 石ブロックが砕かれたため、煙が舞い上がり二人の視界を僅かに濁した。

 瞬間シンゼンが動く。

 前に出した腕でタケルを掴みにかかる。神威の現象具現化だ。

 タケルはその神威の動きに一瞬遅れた。砂煙によって神威の変化に気付くのが遅れたのだ。

 直後には首元に強烈な負荷がかかる。強く首を握りしめられ、血流が止められたのが分かった。


「このまま絞め殺す」

「させ――るか!」


 視界がぼやける中で、タケルは刀を振るう。

 それはシンゼンの具現化を切り裂き、首を絞めていた腕を消滅させた。


「具現化を刀で斬るだと。なるほど、刀に具現化を纏わせたか」


 すでに刀には神威を纏わせている。だがそれは漏れ出した普通の神威だ。だが今タケルが咄嗟に行ったのは、切れるという事象を具現化させた神威を意識的に纏わせたのだ。そのため、本来ならば普通の刀では斬ることのできない事象すら切り裂いた。


「事象すら切り裂く刀か。面白い」


 そう呟くと、シンゼンも同じように刀に神威を纏わせた。

 これでもう、お互いの神威具現化が相手に影響を及ぼすことは出来なくなってしまった。

 ならばどうなるか。

 純粋な剣技、そして――


「回り込む」

「反転」


 自身に対する具現化による、戦闘の高速化であった。

 背中へと回り込もうとするタケルに対して、シンゼンも即座に対処して見せる。

 もはやその速度は瞬間移動に匹敵する。回り込むという結果を、反転したという結果を引き起こし、コンマ一秒すら惜しいと思わせる速度で、二人の刀がぶつかり合った。


「斬る」


 タケルが刀に力を籠める。


「下がる」


 シンゼンは押し負けると判断し、即座に後方へと下がる。


「前へ」


 それを追うようにタケルが前へ出れば、


「回り込み」


 動きを読んでいたシンゼンが回り込みを選択、後方へと出現し刀を振るう。


「跳躍」


 タケルは空を蹴り、その場から一段高い位置へと上がる


「前方へ」


 シンゼンはタケルの目の前に現れた。その刀の切っ先は、タケルの眼前にまで迫っている。突きを放ちながら、具現化を利用して移動したのだ。

 タケルの意識が間に合わない。

 ほぼ脊髄反射で首が動き、切っ先はタケルの頬をかすめながら後方へと通り過ぎて行った。

 シンゼンは即座にへし斬りによって頭部を両断しようと試みる。だが突き出した刀に手を添えるよりも早く、タケルの腕が動く。

 振りぬかれた刀がシンゼンの腹を薄く裂いた。


「功を焦ったか」

「そう急ぐなって。試練はまだまだこれからだぜ?」


 シュゥゥゥという微かな音がタケルの耳に届く。それは、頬の傷が急速に直っていく音だった。そして見ればシンゼンの腹の傷も、目に見えるほどの速度でふさがって行った。

 シンゼンもそれを確認し、ふむと唸る。


「急所を突くまでは終わらんということか」


 その言葉に、タケルは苦笑する。


「思ってもないこと言うなよ、おっさん。このままじゃ千日手は確実だ」


 体力気力ともに神威が補完してくれるため充実している。傷を付けてもすぐに直り、急所を捉えられるような攻撃は確実に対処される。

 そんな状態を打開できる方法を、先ほどから己の中にある神威が示していた。

 それはシンゼンも同じこと。


「俺の中から答えが出てくる。この戦いを終わらせるための技を教えてくれる」

「逃れられんか。神威の試練からは――だがこの技、代償は大きかろうな」

「かもしれない。けど、ここで止まるわけにはいかない」

「そうだな。私は奴の気概に剣を託した」

「俺はあいつの意地を見込んだ」

「お互いの主が未だ信念を貫き通そうとしているのだ」

「俺たちが勝手にあきらめるわけにはいかないよなぁ!」

「では死合おう! 神威の到達点にて!」

「神だろうが何だろうが、使いこなしてやるよ! 来てみろ!」

「「神成!!」」


 これまででも、その気配は絶大だった。側にいるだけでひれ伏さなければならなくなるような畏怖が二人からは出ていた。それは戦闘の余波によって町中へと広がり、多くの人たちが家で、路上で、職場で膝を突き、立ち上がることができなくなっていたのだ。

 だが、気づく。それはただの余波でしかなかったのだと。

 タケルとシンゼン、二人の神成によって、王都には聖域が発生した。

 神のいる場において、頭を上げることができるのは同じ神だけである。先ほどまで戦闘を繰り広げていた兵士たちも、安全な場所で成り行きを見守っていた宰相も、二人の戦いを見守っていたリュネ達も、部屋に隠れていたニーナたちも、全員がその場に膝を突き、深く頭を垂れる。

 王都にいる全ての人が、その時だけは神の下に平等であった。


「我、スオウタケルを守護し、闘争の柱に準ずるもの。名をゼツエイなり」

「我、アオミヤシンゼンを守護し、支配の柱に準ずるもの。名をテイガイなり」

「守護者によって二柱が相対した」

「神令約により、決闘の儀が行われることを確定する」


 二柱が同時に右手を振るう。すると空間を割るようにして、空に巨大な舞台が現れた。

 二柱はその上に乗り、腰の刀を抜く。


「決幕を見届けよ」

「聖域のただ人が証人となる」

「いざ」

「尋常に」

「「勝負」」」


 二柱が動き、両者が交差する。

 振り向くことはない。神の戦いに二の太刀は存在しない。

 一振りによってどちらかの柱が斬られる。それが神の決闘。神を殺すための儀式。

 その勝者となったのは――


「見事である、ゼツエイ」

「テイガイ、そなたの名、しかと刻もう」


 テイガイの体が両断され、光となって消滅していく。その後に残されたのは、舞台の上に倒れ伏すシンゼンの姿。

 そしてゼツエイもまた、光となってゆっくりと消滅を始めていた。


「スオウタケルよ、刻まれた名の重さ、いずれ知る時が来よう。その時、お主が潰れぬことを願う」


 そしてゼツエイが完全に消え、残ったタケルはゆっくりと刀を鞘にしまう。

 直後、胸に強烈な熱を感じた。


「ぐっ」


 思わず胸元をはだけ、そこに触れる。そこには何かが刻み込まれていた。


「こいつは」


 指でその後をなぞる。


「テイガイ」


 それはゼツエイが殺した神の名。


「名の重さを知る。それが代償か」


 殺した神の名を体に刻む。それが何を意味するのかはまだ分からない。だが、楽な変化ではないことは確かだろう。

 振り返り、シンゼンの様子を確かめる。倒れ伏すシンゼンは完全に息絶えていた。

 そして神が消えたことで、二人が立っていた舞台も消滅する。

 タケルは即座に神威を使い、落下するシンゼンの体を掴んで大広間の中へと着地した。

 そのままゆっくりと死体を床に降ろし、乱れた服を整えさせる。


「おっさんとおっさんの神様の信念、背負わせてもらうぜ」


 タケルは立ち上がって刀を抜く。

 そして決着をつけるため、大広間の奥――王族と、そして宰相がいるであろうエリアへと進んでいくのだった。


   ◇


 イズモ、その山奥にある神社でその変化は起こった。

 御柱と呼ばれる神社の支柱が唐突に砕け、建物自体が倒壊したのである。

 幸いにして、倒壊までに時間があったため死者は出なかった。だが、あまりに突然の出来事に、若い僧侶たちは何が起きたのかと動揺を隠しきれない様子でいた。

 その中で、最も年上であり、この神社の住職でもある大僧正は密かに涙を流す。


「神が亡くなられた。どうかその名、背負ってくださいますようお願い申し上げます」


 大僧正は静かに祈る。神の思が受け継がれるようにと。

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