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2-8 何のために剣を振る1

 領都を出発してからの馬車の旅は、晴天にも恵まれすこぶる順調だった。そもそも方々からかき集められた七百人にも及ぶ兵士の隊列を襲おうなどという酔狂な盗賊などいるはずもなく、野獣や魔物だってそれだけの物量を前にすれば自然と足が止まる。

 ただのんびりと隊列の速度で移動する馬車から景色を眺めるだけの二日はタケルたちに、ババ抜きをしながら出されたカードで神経衰弱を行うという、なかなか奇怪なゲームを行うまでに発展するほどだった。

 だが王都まで後半日というところまで来たところで、その隊列の進みが止まる。

 正面から別の兵士の部隊がやってきたからだ。斥候の話によれば、数はおおよそ三百程度。数だけならば圧倒的に有利な状況だ。

 だがこちらは今あくまでもリュネの護送という体で動いている。近寄ってきたのが明らかに宰相の息の掛かった部隊だからと言って、問答無用で斬り捨てるなどできるはずがない。

 やや緊張した雰囲気が漂う中で、二つの部隊が正面から向き合う。

 こちらからは護衛隊の隊長が、向こうも同様に部隊の隊長が先頭に立ち、話を行っていた。

 タケルは馬車の屋根に座り、聞き耳を当てながらその様子を窺う。


「ここで我らに引けとおっしゃるのか?」

「流石にこの数で王都付近まで寄られると、民衆にいらぬ不安を与える可能性があると宰相閣下は留意されておられる。そこで王都でも顔が知れている我らがロンネフェルト様の護衛を行うようにと命じられた。なに、心配なされるな。ここまでくれば賊など出ないし、魔物も定期的に掃討している。万が一の事態もあり得ないさ」

「そういう問題ではない。我らはモズドワルド様命令の元、ロンネフェルト様に直々に頼まれ護衛を行っている。それを簡単に投げ出すことなどできない。もとより、護衛部隊が王都に向かうことはあらかじめ説明してあったはずだ。姫様を伴っての帰都ともなれば、民衆が不安がることもなかろう」

「これは困ったな。まさか宰相閣下の命令に背くおつもりか?」

「元より我らはレンディエラ領の領軍。戦時以外に他からの命令で動く理由はない。まして陛下でもない一宰相の決定など、耳を傾ける理由にもならない。それともお前たちは、宰相の権限は王族の方々直々の言葉よりも優先されるべきだとでも考えているのか」

「落ち着いてくれ。誰もそんなことは言っていない。だが我らも正規の手続きの元命令を出された以上それに従わなければならない。軍人であるならば、所属は違えどそれは同じであろう?」


 なかなかの舌戦が繰り広げられているようだと、タケルは楽しそうに会話を聞く。

 今のところはどちらが有利だろうか。押しているのは王族の命令であることを主張しているレンディエラ領軍であるだろうが、一概に相手側の主張も無碍にすることはできない。

 正規の手続きを踏んでいる以上、それが宰相からの指示だとしても王族の権威が付随する。陛下からの直接の命令であれば領主も陛下の一家臣であるため指示に従う必要性が出てくるが、ともに王族の権威を盾にした主張をしているため、話が平行線になってしまっているのだ。

 タケルが考えている間にも二人の舌戦は徐々にヒートアップを見せる。

 最初はお互い威厳を見せながらの話合いだったが、徐々に話題がそれお互いの軍の不満をぶつけるようになり始めている。

 やれ領軍は弱兵ぞろいだの、やれ実力の伴わない金だけの装備だの、ただの悪口になり始めている部分もあった。

 このままでは決着など付かないと判断したタケルは、馬車の屋根を鞘で二度叩く。すると扉を開けてニーナとリュネに変装したシルビアが降りてきた。


「どうですか?」

「話合いの解決は無理だな。プラン4だ。シルビアの頑張りどころだぞ」

「き、緊張します。私にできるでしょうか」

「大丈夫だって。胸を張れ。遠目からじゃどう頑張ったってあんたが変装だと気付かれることはない。思いっきりリュネの口調で命令してやれば、相手は引くしかなくなるさ」


 そう、そもそもこの事態は予想していた。

 こちらから軍を出すことが相手に伝わっている以上、宰相もただすんなりと王都に軍を受け入れることはないだろうと。

 そこで考えられたのは、どこかの町でリュネを襲撃してしまうか、もしくは軍を王都に入れないようにする工作だ。

 プラン4はその中で宰相の軍が護衛を変わると言ってきたらというもので、まさにこの状況にドンピシャのものだった。


「んじゃ行くか」


 屋根から飛び降りたタケルは、二人を庇うように前に立ち兵士たちに道を開けてもらいながら先頭へと進む。


「む、貴様は誰だ」


 突然現れた着流しの男に、王国兵の隊長は眉をしかめた。


「俺のことはどうでもいいさ。しがない雇われ傭兵だ。ただ俺の雇い主様からあんたらに言葉があるってよ」

「雇い主?」


 タケルが一歩横へとずれ、背中に隠れていたシルビアの姿を見せる。

 距離は百メートルほど。これだけあれば、ただでさえ小柄なリュネとシルビアの顔の違いなど分からない。


「ロンネフェルト様!?」

「隊長、出迎えご苦労様」

「ロンネフェルト様、お迎えに上がりました。馬車を用意してございますので、こちらにどうぞ」


 隊長は素早く膝を突くと、変装したシルビアに向けて深く頭を下げたまま言う。

 隊長はリュネが先頭にやってきたことで、こちらから移動すると考えたのだろう。それは間違いではない。


「その必要はないわ。馬車はここまで使ってきたのを使うから。それに専属の護衛もいるしね」

「彼のことでしょうか? あまり素性のしれないものを王城に入れるわけには……」

「大丈夫よ。私が保証するわ。それよりもここまで送ってきてくれた彼らを、そのまま追い返すなんてことはしないわよね?」


 タケルの素性にこだわられると面倒なため、シルビアはすぐに話題をそらす。


「それはもちろんです。王都までは我々の後をついて来てもらいますが、その後に制約はありませんので」

「分かったわ。じゃあモズドワルドに一言いってくるから、あなたたちは戻る準備をしておきなさい」

「了解しました」


 隊長は立ち上がると一礼して部隊の元へと戻っていく。

 タケルたちも馬車の元へと戻ると、本物のリュネとモズドワルドの姿があった。


「なかなかいい演技だったわよ! あえて言うなら声の張りが足りないわね!」

「お前はうるさすぎんだよロリっ子」

「シルビア、よくやった。予定通り我々は別行動に入る。タケル殿、娘を頼みます」


 プラン4では迎えに来た部隊と合流し、タケルたちは合流部隊と共に王城へ。その間にこちらの部隊は籠城場所へ移動する作戦である。その後、シルビアの変装が発覚した時点で行動を開始し、宰相の首を狙うというものだ。

 今のところは順調に進んでいると考えていいだろう。


「大勢守るよりも、二人だけ守る方が楽だからな。最悪二人を担いでそっちと合流するさ」

「またあの胃に来る移動になるんですか……」


 担がれて移動したときのことを思い出したのか、ニーナの顔が若干青くなっていた。


「そっちもしっかりな。ロリっ子、迷惑かけるんじゃないぞ?」

「あんたは私の親か何かか! モズドワルド! 行くわよ!」

「ハッ」


 リュネがぷんすかと怒りながら、モズドワルドを伴って後方の馬車へと戻っていく。

 タケルたちも馬車へと乗り込み、兵士の隊列からはずれ前の部隊と合流した。

 カーテンをしめて直接顔を見せないようにしておくことを忘れない。さすがにこの近さだと横顔だけでも変装が発覚する可能性があるからだ。

 王都に入る前に変装がばれれば計画は水の泡。ここからはより慎重に挑む必要があった。

 そして半日。予定通り馬車は王都へと到着する。


   ◇


 馬車は王都の中央通りを抜けそのまま王城への門を潜った。

 その先に待っていたのは、約束通りの兵士たち。左右にずらっと並んだ兵士たちが剣を掲げ道を作っている。

 その光景に、シルビアとニーナは体をぶるっと震わせていた。


「なんというか、迫力がすごいですね」

「剣って見るだけでもちょっと怖いですよね」

「そうなんです。あの光に反射するところなんか特に」

「わかります、わかります」


 なぜか共感しあう二人をよそに、馬車はそのまま王城へと到着した。


「さて、準備は良いか?」


 ここからが始まりだ。降りた瞬間、周りはリュネの顔を知っている者たちばかり。つまり即座にリュネではないことが発覚するということだ。

 当然問い詰められるだろう。そして王族を騙ることは重罪。当然拘束するために、ならんでいた兵士たちがこちらに牙をむいてくることになる。

 シルビアとニーナがうなずいたのを確認して、タケルが先に降りる。続いてニーナがおり、その手を取ってシルビアが姿を現した。

 リュネの姿をしたシルビアに困惑する周囲の者たち。その中で真っ先に動いたのは、例の隊長だった。

 

「貴様! 謀ったのだな!」


 剣を抜き、問答無用と斬りかかってきた隊長に対して、タケルも素早く刀を抜く。


「おいおい、こっちは一言もコイツが姫様だなんて言ってねぇぜ。そっちが勝手に勘違いしただけだ」


 確かにシルビアは一度も自分のことをロンネフェルトだとは名乗っていない。

 だがさすがにロンネフェルトに向けられた言葉に返した時点で、それは詭弁である。


「お前たち! 王族を騙る重罪人だ! 生死は問わん! 何としても捕まえろ!」

「「「ハッ!!!!」」」


 一斉に兵士たちが動き出す中、タケルも神威をたぎらせる。

 そして辺り一帯にめがけて無差別に神威の威圧を放った。


「ぬっ」

「おいおい、こんなもんでビビってんじゃねぇぞ!」


 半分の兵士が足を止め、隊長もその圧に思わずといった様子で一歩下がる。

 その隙に振りぬかれたタケルの刀は隊長の剣を根本から断った。

 そして迫る残りの兵士たちを無視し、二人を脇に抱える。


「口閉じてろよ、舌噛むぞ」

「大丈夫です! 覚悟はできてます!」

「お願いします!」


 ダンッと力強く踏み切り、タケルは二人を担いで一息に馬車の屋根へと上る。さらにそこから兵士たちの頭上を飛び越し、王城の扉を蹴り開けると城の中へと駆け込んでいった。

 突然の出来事に自体に頭が追い付いていない使用人や偶然居合わせた貴族たち。彼らを横目に城の中を駆け抜け上を目指す。そして人目のない廊下で適当な一室へと飛び込んだ。


「とりあえず第一段階終了だな」

「くっ、耐えられます。これなら何とか耐えられます」

「うぷっ」


 二人は案の定酔っているが、吐くほどではなかった。

 二人を降ろし、改めて部屋を確認する。招待客などを止めるための貴賓室だろうその部屋は、綺麗に整えられたベッドと家具や調度品が飾られていた。


「お前らはとりあえずここで待機だな」

「はい、ちょうど貴族とメイド。呼ばれてここに泊っていたことにすれば問題ないでしょう」

「さすがにメイドも、すべての招待客まで把握している訳ではないですからね」


 二人にはどこかで隠れていてもらう予定だったが、ちょうどいい場所が見つかった。ここでシルビアが変装を解き、招待客である振りをしておいてもらうことで、兵士たちの目を逃れることにした。

 偽装の安全性は王城で働いていたニーナのお墨付きだ。

 と、どこからともなく爆発の音が聞こえてくる。


「向こうも始まったみたいだな」


 リュネが偽物とわかった時点でレンディエラの領軍にも部隊が向けられているだろう。そこで戦いが発生したようだ。

 これで兵士たちの分断は成功した。あとはタケルが宰相の首を取るだけである。


「じゃあ行ってくるわ」

「お気を付けて」

「タケルさん、これを」


 部屋を出ようとすると、ニーナが何かを差し出してきた。


「コイツは」


 それは編み物でできた指輪だった。


「安全のお守りです。出発前に作っておいたんです。タケルさんは確かに強いですが、無敵ではないんですから。無理はしすぎちゃダメですよ」

「おう、ほどほどに頑張って宰相の首を貰ってくるさ」


 その指輪を中指へと装着し、タケルは宰相の部屋を目指すべく城の中を駆けていくのだった。

 

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