1-1 金と蒼の少女
一夜を歩き続け、二匹ほど同じような魔物を討伐した。三つの魔石で重くなったカバンを肩ひもに感じつつ、タケルは港へと近づいていく。
そこには人だかりが出来ていた。
だがどうも様子がおかしい。タケルの出迎えではないことに間違いないが、そうでなくても人が海の上を歩いていれば多少の注目を集めるもの。だが、人だかりはタケルが近づいてきていることすら気づいていない様子だ。
よく観察してみると、彼らの注目はどうやら桟橋の一つに向けられているようだった。そこにいたのは、ぼろ布を被った二人組と剣を抜いた兵士たちの姿。
犯罪者でも追い詰めているのだろうかと考える。
兵士の数は優に十人を超えており、ずいぶんと物々しい雰囲気が漂っていた。この状況ならば、確かに野次馬が集まるのもうなずけるというものだ。
二人組はお互いを守る様に抱き合っている。そんな中、ふと強い風が吹き、ぼろ布のフードに隠されていた顔が露わになった。
そこにあったのは綺麗な金と青の髪。それも金髪の方は背中に届くほどの長さだ。二人の少女の顔立ちにはまだ幼さも残っている。
女子二人に対して兵士が一部隊。しかもやけに物々しい。
明らかにおかしな様子に、タケルはどう動いたものかと悩む。
二人組が犯罪者の可能性もあるのだ。それならば追い詰めている兵士たちの行動は正しいものとなる。
そんなことを考えながら立ち止まっていると、兵士の一人が剣を振り上げ金髪の少女が青髪の少女を突き飛ばし海へと落とした。
すると兵士は剣を下し、金髪の少女の腕をつかむ。少女は抵抗しているようだが、大の男の力に敵うはずもなく腕を捻られて拘束されてしまった。
見ていて気持ちのいいものではない。青髪の少女が海面から顔を出すと残りの兵士たちが一斉に剣を向ける。
金髪の少女が「止めて!」と叫んでいるが、兵士たちがそれを聞き入れる様子はない。
そこまで見てタケルは動くことに決めた。刀に手を掛け、深く腰を落として居合いの構えを取る。
「とりあえず、みんなで水泳大会だな」
余分な力みを抜くようにフッと小さく息を吐き、鞘から剣を抜き放つ。
生み出されたカマイタチが桟橋の足を一息に斬り飛ばした。
支えを失った桟橋は、その上の重量に耐え切れず兵士たちの悲鳴と共に一気に崩壊する。
集まっていた二十人以上が一斉に海へと落ちた。同時に駆け出し、パニックの中から二人の少女の腕を掴んで海から引っ張り上げる。
「ぷはっ!」
「な、なに!?」
「話は後だ。今は逃げるぞ」
金髪の方が背も低く軽い。そちらを肩に担ぎ、青髪の少女を脇に抱える。
そのまま跳躍して海面から港へ。さらに地面を蹴って混乱する人混みから建物の屋根へと上る。
「あなた誰なの! 私たちをどうするつもり!?」
「黙ってろ、ロリっ子。舌噛むぞ」
近づいたからこそ分かる少女の身長の低さ。タケルは少女の見た目から十歳そこらだろうと当たりをつけた。
「ロリっ子!? ひゃっ」
陸側にいた兵士たちがタケルを指さしている。殺せとかいう声も聞こえてきており、ここで止まる理由もない。
屋根の上を駆けて助走をつけ、港と町を遮る防壁に向かってジャンプする。
「ぶ、ぶつかる!」
「んなバカなことするか」
防壁を蹴りさらに上へ。そのまま壁を飛び越え唖然とする警備兵を横目に町中へと飛び込んだ。
「ぐふっ」
着地の際にタケルの肩がロリっ子の鳩尾を叩いたが、逃げ切れたのならば些細なことだろう。むしろ静かになってちょうどいいとさえ思いながら、このまま逃げさせてもらうことにする。
路地裏や塀、屋根の上を利用してそのまま町を突っ切ると、タケルは門を強引に突破してそのまま町の外へと出るのだった。
◇
町を出たタケルは、気を失っている二人の少女を担いだまま街道を走る。
見た目は完全に犯罪者だ。国を出て早々なかなかのやらかしかもしれないと思いつつも、あのまま無視するのも気持ちが悪かった。これも神威の試練だと受け止め、足を動かす。
だがこのままあてどなく走り続けるのも限界がある。どちらかを起こして隠れられそうな場所を聞くことを考えた。
そして二人を見比べて、ロリっ子を早々に選択から外す。起こすと五月蠅そうということもあるが、青髪の方はよく見ればぼろ布の下にメイド服を着ているからである。
年齢もタケルと同じぐらいに見え、まだ話が出来そうだと判断したのだ。
二人を街道の木陰へと下し、青髪の少女の頬を軽く叩いてみる。反応はあるが、目を覚ます様子はない。
呼吸や脈は安定しており、怪我も見当たらない。刺激が足りなかったかと、今度は声を掛けながら頬を叩いてみる。
「おーい」
「後五分……」
寝言のような小さな呟きを聞き取り、タケルは容赦するのを止めた。
親指に中指を引っ掛け、少女のおでこの前へと持ってくる。
そして力を込めて解き放つ。
「いったーい!」
パチーンといい音と共に今度こそ少女が目を覚ました。
「な、なんですか!? ここどこですか!? あなたは誰ですかぁ!? おでこ痛いんですがぁ!?」
「ようやく目が覚めたか、寝坊助」
デコピンした場所は真っ赤になってるのだから、痛いのは当然だろう。
「俺はスオウ・タケル。あんたらを助けたんだが、どれぐらいまで覚えてる?」
「えっと、桟橋が壊れて誰かに引っ張り上げられて……」
「その後包囲網を突破して、町の外まで逃げてきたわけだ」
タケルが補足すると、周囲の様子を見渡して納得し、そして何かを思い出したようにハッとした表情になる。
「そうだ、姫様は!」
「姫様?」
タケルが聞き返すと、少女は慌てて自分の口を押える。そして気まずげに尋ねてきた。
「あ、今のは――聞かなかったことになりませんか?」
「ならんな。その姫様ってのはこのロリっ子か?」
少女の要望をバッサリと切り捨てもう一度尋ねてみると、今度は縋り付いてくる。
「聞かなかったことで! 聞かなかったことでお願いしますぅ!」
「だあもう! 分かった! 分かったから離れろ!」
ロリっ子よりも見た目年上だからこっちを起こしたほうがいいと判断したが、もしかしたら失敗だったかもと今更ながら思い直す。
青髪はかなりマイペースな上にドジかもしれない。
コイツから有用な情報が得られるだろうかと自身に問いかけ、悲しいことに即座に厳しいかもとの返答があった。
「とりあえずお前と一緒にいたロリっ子ならすぐ横で寝てるだろ。気は失っているが、怪我もないし問題ない。直に目を覚ますはずだ」
そう教えると、目に見えてホッとした表情になる。
「んで、お前ら何なの? とりあえず助けたけど、場合によっちゃまた兵士に突き出さなきゃならん」
状況的に気に食わないから助けたが、二人が大量殺人鬼などだった場合、兵士たちの対応は当然のものだろう。その場合は素直に頭を下げて二人を突き出すつもりだった。
「えっと、あのそれは――とりあえず殺人鬼とかではないです。あまり迂闊に素性の言える立場ではありませんが、さる高貴な方とその従者と思っていただければ」
すでに青髪が姫様と口走ってしまっている以上、タケルにもロリっ子が姫様であり、青髪がその従者であることは分かっている。問題は、なぜ一国のお姫様と従者が兵士たちから追われ、まして命を狙われていたかということである。
「私たちはとある理由で国から追われています。王都を脱出してずっと逃げてきたんですが、この町まで追いつめられてしまいまして」
「んで捕まりかけていたと。とりあえず犯罪者ではないんだな?」
「神に誓って」
タケルは少女の神に誓うという言葉を信じることにした。
ここで押し問答を続けても無意味だろうし、それよりも先に落ち着ける場所を見つけるのが重要だからだ。
「ならそれは後でいいや。とりあえず、どっか隠れられそうな場所とか知らないか? このままって訳にもいかんだろ」
二人とも海に落ちてるからびしょ濡れだ。乾かさなければ風邪を引く可能性もある。
青髪の少女も今更ながら自分たちの状態に気づいたのか、びしょ濡れになったぼろ布を摘まみ上げる。
「あ、じゃあ先に乾かしちゃいます」
「乾かすってここでたき火でもするのか?」
「ふふ、私こう見えても王宮勤めのメイドなんですよ。魔法だって使えちゃうんですから」
そう言って胸を張ると、少女は手の平を自身に向けて詠唱を唱えはじめた。
「世を司る精霊よ、我が身の衣を整えたまえ」
するとメイド服とぼろ布からたちまち湯気が立ち上り、あっという間に服が乾いてしまった。
そんな光景にタケルは目を丸くする。
魔法という力を使うものたちが大陸にいるという話は大人たちから聞いていた。だが実際に目の前でその現象を見るのは初めてだった。
「はぁ。魔法ってのはスゲーんだな」
神威とは全く違う体系の技に、思わず感嘆の息が零れる。
すると今度は、ロリっ子に魔法をかけていた青髪が首を傾げた。
「先ほど桟橋を壊したり、屋根に飛び上がったりしたのは魔法ではないのですか?」
「あれは神威の力だ。魔法じゃない」
「神威――初めて聞く力です」
「まあ、この辺りじゃそうかもな」
国交が断絶してから長い長い年月が経っている。小さな島国の不思議な力など知らないのが当然だろう。
「んで、どっか隠れられそうな場所はあるのか?」
「えっと、たしか近くに村があったはずです。そこの宿に隠れるのはどうでしょうか?」
「大丈夫なのか?」
手配が回っていれば、村に入った時点で兵士が来る可能性もある。それを心配したが、メイドは強く頷いた。
「はい、私たちを追っているのは、陛下直属の特務部隊だけですから」
タケルが詳しく話を聞いてみると、どうやら二人組が王国から逃げていることを知っているのは兵士の中でもごく一部の者たちに限られているということだった。
それも考えてみれば当然だろう。一国の王女ともあろう人がまともな護衛も付けずに国のどこかに隠れているのだ。そんなことが知られれば、犯罪者や王家に近づきたい貴族たち、最悪隣国が極秘に動き出してしまう。それを避けるために、大々的な触れは出さず自分の手のものだけを使っているということだ。
そのおかげで女子二人組の足でもここまで兵士から逃げてくることができたのである。
「そう言うことか。ならあんたの案を採用しよう。こっちのロリっ子は俺が担ぐ。道案内を頼むぞ」
「任せてください。それと私のことはニーナとお呼びください」
「ニーナだな。俺はタケルだ。ちなみにロリっ子の名前は?」
「あー、リュネ様です」
「リュネな」
本物の名前とは思っていない。逃げるときにでも使っていた名前だろうと判断し、タケルは頷いた。そしてリュネを肩に担ぐ。
「んじゃ行くか」
ニーナは肩に担がれたリュネの姿を見て何かを言おうと口を開きかけ、その言葉を口の中で別の言葉へと変え。
「ではご案内しますね!」
笑顔で先導するニーナは、面倒くさいことは避ける主義だった。