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朝焼色の悪魔-第3部-  作者: 黒木 燐
第5章 微光
41/49

1.謎の転校生

20XX年6月25日(火)


 米国メリーランド州 フォートデトリック。

 デズモンド・ストークは、もう一度コンピュータの画面を見て苦虫を噛み潰したような表情で腕組みをした。

 彼は年齢50代前半、大柄で頭髪は後退し頭頂部もかなり薄くなっている。

 その後、いきなり立ち上がって窓の外に向かって仁王立ちとなった。画面にはカルテと共にさまざまなデータが立ち上がっており、そのすべてに異常なしという記述がなされていた。ストークはしばらく執務室の中を落ち着かない様子でうろうろしていたが、深呼吸ともため息ともつかない深い息を吐き、机に戻った。そして30分ほど前に届いた極秘文書の一部をもう一度じっくりと読んだ。


カワベ・タツミ氏に特記すべき感染は認められず。


 当然のことながら、それは何度読んでも同じ文面だった。

”これは喜ぶべきなのか,恐れるべきなのか……”

 ストークは、厳しい表情で再度コンピュータの画面を食い入るように見つめていたが、ドアをノックする音に、ややギクッとして顔を上げた。

”誰だ?” 

 ストークが不機嫌そうに聞いたが、ノックの主は落ち着きはらった声で答えた。

”CBRIFのブルームです”

”もう少し待てと言ったはずだが”

”緊急の用件です”

”……入れ”

 ストークはしぶしぶ入室を許可した。ドアが開いて、金髪を短く刈り、戦闘服をまとった女性が颯爽と姿を現した。年の頃40歳過ぎ、長身でがっしりとしており、男性隊員と並んでも遜色のない体格をしている。

 彼女はつかつかと歩み寄りストークの前に立って敬礼した。ストークは不機嫌なまま言った。

”要件は何だ.手早く言え”

”我々の任務はカワベ氏を無事に日本に送り届けることです.至急,カワベ氏を我々に還してください”

”そうはいかない.まだ発症の危険性がある.そうなったら日本へ帰すより,ここで治療した方が良い”

”越権行為です.治療法がないのなら,ここでも日本でも状況はそう変わらないでしょう.日本からも早く引き取りたいと何度も言ってきているし,大統領も早く帰すよう命令をされました” 

”大統領が?”

”現在感染がないなら早急に日本に送り返せ,とのことです”

”ううむ……”

 ストークは唸ったまま沈黙した。ブルームはその様子に痺れを切らせたのか、畳み掛けるように言った。

”大佐,大統領はかなり怒っておられます.市民の安全を確かめるために検査は許可するが,感染が認められない以上、これ以上の拘束は許さんと”

”……よろしい。半時間後には引き渡そう.ブルーム隊長,君たちは搬送の準備を急げ”

 ストークは渋々答えた。

”了解.では,失礼いたします"

 ブルームは敬礼をすると、回れ右をしてドアに向かった。しかし、何を思ったか彼女はふいに振り返り言った。

”その様子では、アレは出なかったようですね”

”貴様!”

 ストークは怒鳴った。しかし、彼は怒りを抑えると落ち着きを取り戻して言った。

”あの件に関しては,君も叩けば埃が出るはずだ”

”あいにくですが,私には後ろめたいことなど微塵もありません.おかげで階級はあなたの足元にも及びませんが”

”相変わらずの減らず口だが,口を慎むがいい.貴様と俺は違う.あの時とはな”

”命令系統の違う私に脅しはききません.……確かに昔とは違いますね.失礼します”

 ブルームは彼の牽制に微塵の動揺も見せずに部屋を出た。戸口には部下が命令を待って控えていた。

”許可は出た.少し寄り道をしたが,作戦を続行する.急ぐぞ”

”はっ”

 ブルームは部下を従えて足早にストークの執務室を離れた。



 朝からギルフォードは疲れていた。

 如月がこっそり由利子に訊いた。

「教授、どうかしはったんですか? また美月ちゃんの横に座ってぼうっとしとられますが。しかも、体育座りでっせ」

「それがね、今朝、サイキウイルス対策会議があったんだけど、そこでいじめられたのよ」

 由利子がこっそりと答えた。

「教授をいじめる人っておるんでっか」

「特に厚生省の速馬ってバカゾーがねちっこく言いがかりをつけてきてさあ。モリッチー(森の内)のおかげでつるし上げは免れたんだけど」

 由利子がそこまで言った時、ギルフォードが立ち上がりながら言った。

「ユリコ、厚生労働省です……じゃなくって、蒸し返さなくてよろしいです。それより、議事録とってたの編集したらPDFにして、さっさとVS対策会議のフォルダにぶち込んでください」

「は~い」

 由利子は如月に肩をすくめてみせると、自分の席に向かった。 

 

 昨日の園山死亡の件と河部夫妻感染の件で、早朝から合同会議が行われたのだが、園山の告白の件でまた一悶着あったのである。


 会議の半ばまでは、各部署からの報告が中心で、ギルフォードも由利子たちに向かってボソッとであるが、比較的軽口を叩く余裕があった。

 しかし、警察を代表して葛西が今までの捜査成果を発表し始めたあたりから、会議室の空気が変わり始めたのがわかた。

「……昨日の朝、自殺体で発見されたC野市の少女、田所かんなですが、検査の結果、インフルエンザだったということです。それなのに、何故彼女がサイキウイルスに感染したと思い込み自殺に至ったのかということは、C野署の中山・宮田両名が調査中です。次に、昨日亡くなった園山修二看護師ですが……」

 由利子は、ギルフォードの横で会議の記録を取るためにパソコンのキーボードを打っていたが、彼が園山看護師と聞いて、少し身じろぎしたのに気付いた。彼の死は、ギルフォードにとって想像以上に重くのしかかっているのだと、由利子は思った。

 葛西が園山の告白について説明をしている間、会議室はハチの巣をつついたようにざわざわしていた。病院内に敵の内通者がいたのだから、無理からんことだろう。しかも、無関係の看護師まで巻き込まれた可能性があるのだ。

「残念ながら、園山看護師からそれ以上の情報を得ることはできませんでしたが……」

 葛西が何とかそこまで報告した時、座席から一際大きな声がそれをさえぎった。

「せっかく敵について知るチャンスを目の前にして、それはないだろう!」

 それに触発されたかのように、他の出席者たちも口々に言い始め、会議室は騒然となった。

「それ以前に、公立の、しかも、県の医療施設に敵が紛れ込んでいたなんて、シャレにならんぞ」

「まったくだ。それによって罪もない看護師が行方不明になっているとは」

「しかも、その時逃がした患者のせいで感染が広がったんじゃないか」

「ガイジンのセンセイなんか頼りにするからこういうことになるんじゃないの?」

「ご静粛に!」

 会議の混乱を収拾するべく、議長が声を張り上げて言った。 

「発言は挙手後指名されてからお願いします」

「はい」

 議長がそう言うや、すぐに一人手を挙げた。

「はい、速馬さん」

 速馬は立ち上がると、皮肉な笑みを浮かべて言った。

「実は、私はサイキウイルスが人為的にまかれたこと自体に懐疑的なのですが……」

「しかし、実際に園山さんの証言が……」

 葛西が反論すると、速馬はさらに言った。

「それは、感対センターのスタッフがそれを知っていたからじゃないですか? 三原先生、スタッフの皆さんにはどの程度説明されているのですか?」

 いきなり話を振られ、三原が驚いて速馬の方を見た。

「三原先生、お答えください」

「あ、はい」

 三原は立ち上がると言った。

「テロの可能性については伝えていませんが、人為的に撒かれた物の可能性は伝えてあります」

「というとは、せん妄状態にあった園山看護師の意識障害時に作り上げたフィクションである可能性もあります」

「そりゃあ、強引すぎます!」

 葛西が反論した。

「それに、事件が顕在化する前に送られたスパムメールや、駅で死んだ感染者が持っていた声明文の存在もあります。ちゃんと資料を読まれたんですか?」

「当然です。その上で言っているのですよ。第一それだって、テロの確固たる証拠にはならないでしょう。スパムメールは秋山少年のケータイを盗んだか拾ったかした人物の悪戯の可能性もある。ましてや、意味不明の文章を書きなぐったアレは、声明文の体をなしていない」

 速馬の指摘で、会議室がどよめいた。速馬は悠々と続けて言った。

「そもそも、テロということはギルフォード先生の予測のみから浮上した仮説にすぎません。厚労省としては、早急に疫病の存在を察知てくださったことは、いくら感謝しても足りないくらいと思っています。しかし、テロと決めつけたことに関しては、専門家ゆえの先走りと言わざるを得ない」

 速馬の発言に、ギルフォードは思わず立ち上がった。

「テロと言う指摘は不要だったと……?」

「そうです。そのせいで犯人探しと言う、余計な作業が付加されてしまいました。いや、むしろ、テロ対策の中にウイルス対策が組み込まれたと言って良い。それ故に、ウイルスの拡散を許してしまったのではありませんか?」

「そんな……」

 ギルフォードは思ってもいなかった指摘に愕然としたが、速馬は構わずに続けた。

「しかも、感染者がアメリカにまで渡っていたそうじゃないですか。これは、ウイルスを水際で防げなかったということですよね。あなたはBCテロや感染症対策の専門家で、こういう事態の対策に大変自信がおありで日本政府にもかなり強気に接しておられたようですが……、サイキウイルスがこれ以上深刻な事態になった場合、責任はとられるのでしょうね?」

「もちろん、僕なりにけじめはつけるつもりです」

「ハラキリでもされますか?」

 その言葉に、ギルフォードは一瞬「え?」という表情をした。しかし、速馬は紗弥以上のポーカーフェイスでギルフォードを見ていた。その時、前方の席から手が上がった。

「議長。発言の許可を」

 挙手の主は森の内だった。

「知事、どうぞ」

「速馬さん。確かに我々はテロの可能性を考慮した対策を講じています、しかし、あくまでも優先しているのはウイルス対策なのです。それでも感染者の増加を防げなかったのは、我々の力が足りなかったからで、決してテロ対策にかまけて感染症対策を怠ったからではありません。けじめというならば、私はこのウイルスと知事生命をかけて戦っているつもりです」

「それでは、より一層の努力をお願いしたいですね。いいですか。政府は近隣諸国の感情を考慮して、ウイルスの拡散次第では、F県やその周辺のみならず、九州全体の封鎖も考慮しているようです」

「九州封鎖……? 馬鹿な。不可能でしょう、それは」

「私も現実的ではないと思います。しかし、日本政府は異常なほどこのウイルスに恐れを抱いているようなんです。でもそうなった場合、この国の経済が受けるダメージは、風評被害も含めて計り知れないものになるでしょう。震災による東北の甚大な被害に続いて、九州閉鎖となると、この国の存亡にもかかりますから」

「このウイルスの脅威は重々わかっているつもりです。一人の勇敢な刑事が身を以てそれを教えてくれたのです。我々はより一層努力し、全力を以てこの災害と闘い勝利します。ここにいるみんなが同じ気持ちなんです」

 森の内は会議室を見渡しながら、毅然として言った。先ず警察の方から拍手が上がり、会議室のあちこちからも拍手が上がった。速馬はムッとしたような表情で座り、それを見計らってから、森の内が一礼して着席、ついで、ギルフォードも着席した。

 由利子はほっとしてギルフォードと紗弥の方を見た。ギルフォードは厳しい表情のまま腕を組んでいた。何か考えているようだった。紗弥は拍手をしながら、またも速馬に鋭い目を向けていた。


 由利子は議事録を読み返しながらその情景を思い出し、額に右手を当てた。何かがひっかかる……。スッキリしない気分のまま由利子は周囲を見回した。しかし、ギル研はいつもと変わらぬ雰囲気を保っており、由利子は少なからず安心した。気を取り直した由利子は議事録の仕上げにかかった。


「なんか、転校生が来るらしいぞ」

 男子の一人が息急き切って駆け込んできた。

「大田君、校舎内は走らないで!」

 彩夏がやや眉を寄せながら注意した。

「ごめ~ん。でさ、今職員室に行ったら、森川先生のとこに見たことない男子がおったけん聞いたっちゃん」

「へえ、この学校に転校生って珍しいね」

「編入試験、ほぼ満点の秀才君だってよ」

「へえ~」

 いきなりクラス内が騒然となった。

「西原君、転校生だって。どんな奴なんやろうね」

 良夫も興味津々な様子で祐一に言った。祐一はまったく興味ないようで、そっけなく言った。

「さあね。それより早く席につかんと、そろそろ先生が来るよ」

「あ、ホントやばっ」

 良夫は急いで立ち上がると、椅子を持って自分の席に向かった。良夫が席についたとほぼ同時に、担任の森川が、一人の男子と共に入ってきた。転校生は長身細身で、端正だが少し険のある顔立ちで、細い黒縁のメガネをかけていた。女子が一瞬彼にくぎ付けになった。しかし、彼は泰然として森川の横に立った。祐一は見るとはなしに彼の方を向くと、彼も祐一を見ていた。目が合うと、城生はかすかにニッと笑った。祐一は、何故か心がざわつくのを感じた。

 朝の挨拶が終わると、森川は黒板に名前を書き、転校生を紹介した。

「今日からこのクラスに入ることになった、月辺(げつべ)城生(じょう)君です。月辺君はお父さんの仕事の関係で、東京の方から来ました。最初はいろいろ戸惑うことも多いと思うので、みんな、教えてあげてね。さ、月辺君。簡単でいいから挨拶なさい」

「月辺城生です。月の辺に城が生ると書きます。新参者ですが、よろしくお願いいたします」

 城生は、にっこりと笑うと軽く頭を下げた。

「えっと、月辺君、席は……、後ろの右側の席に座って。来月の席替えまであの席でがまんしてね」

「え? 真ん中の席が空いていますよね。そこじゃだめですか?」

「あ、あの、その席は……」

 森川は説明しようとしたが、何と言っていいかわからず戸惑った。その時、祐一が立ち上がって言った。

「その席は、今月亡くなったクラスメートの席だよ。せめて49日が終わるまで、席をそのままにしておこうって、みんなで決めたんだ。だから……」

「なんだ、いない人の席か」

 城生は、少し小ばかにしたような口調で言った。

「もったいないじゃない。僕、ここに座ります。先生、いいでしょ?」

「でも、みんなの気持ちが……」

「死んだ人は帰ってこないんですよ。いつまでも引きずってちゃあだめだ」

 城生が言うと、雅之の空席の後ろに座っている女子生徒が手を挙げて言った。

「私も……、そう思います。なんか、席が空いているだけで秋山君が死んじゃったのを思い知らされて、気が重くなるんです。ううん、それどころか雨で暗い日とか、もう怖くて怖くて……。だから、月辺君が座ってくれるなら、その方がいいと思います」

 彼女の発言で、教室内がざわつき始めた。そして、各所から「賛成」の声が上がった。

「みんな、そんなに……」

 祐一が愕然とするのを見て、城生が言った。

「多数決をとればいいよ。この席を死んだ秋山君って子のために空けていたい人、手を挙げて」

 あげたのは祐一・良夫・彩夏他、合計10人に満たなかった。城生は悠然とした笑みを浮かべて言った。

「あとは聞くまでもないようだね。じゃ、先生、僕、ここの席でいいですね」

「え? あ。いえ、はい」

 森川は弱冠14・5歳の少年に圧倒されたらしく、要領を得ない返事をした。城生は悠々と歩いて雅之の席に行き、一瞬の躊躇も見せずに座った。祐一は呆然としてかつての雅之の席を見ていた。 


 中山と宮田の両刑事は、昨日自殺した田所かんなの友人の女生徒二人から校内の応接室で事情を聴いていた。学校側は、校内に警察が入ることを嫌がったが、中山は緊急事態ということでなんとか粘り通した。友人たちは友人の自殺というショックのただ中にいたが、彼女らは自ら言いたいことがあるということで、先生抜きで話したいと申し出た。もちろん学校側はそれを却下しようとしたが、中山の説得でついに学校側が折れたのだった。


 中山が二人に言った。

「C野署の中山だ。こっちは宮田。君たちは?」

「上村実花」

「金沢瀬里奈……です」

「二人とも、昨日の今日でまだまだ辛いだろうに、すまないね」

 二人はそれまでもスンスンと鼻をすすっていたが、中山の言葉にしくしくと泣き始めた。中山と宮田はどうしていいかわからずに、困ったというよりも戸惑った風情で少女二人を見ていた。しかし、しばらくすると落ち着いたのか、一人が口を開いた。

「かんちゃん、あんな奴と関わったから……」

「あんなやつ?」

 中山が聞き返した。

「上村さん、それはどういうこと?」

「あの、先週の日曜と月曜に、新型ウイルスの説明があったでしょ。月曜に、かんちゃん、なんか暗かったんで気になって聞いてみたら、何でもないって……。でも、月曜の放送の翌日、かんちゃん学校休んじゃって……」

 そこまで聞いて、中山は嫌な予感がした。実花は話を続けた。

「木曜には出てきたけど、なんか暗かった。それで、訳を聞こうとしたけど言ってくれないかったんです。だけど、何かに怯えたみたいな目で、時々泣いているし……。あたしたちどうしていいかわからなくて……」

 実花がそこまで言うと、瀬里奈が後に続いて言った。

「土曜の午後、気分転換しようって誘って、ようやくオーケーさせたんです。それから一緒に映画行ってファミレスでおしゃべりして……」

「その時は田所さんは元気になってたの?」

「むしろ、はしゃぎ過ぎなくらいでした。でも、あたしたちが近づくと、よけちゃうんです。かんちゃんが食べた物を味見しようとしても、ダメだってすごい剣幕で怒って……。驚いたら、風邪気味だからって言ってた」

「でも、それ以外はいつものかんなに戻ってて……。だけど……、夕方に入ったメール見て、顔色が変わったんです」

「どんな用件だったかわかる?」

「はい。かんちゃんの彼氏からで、インフルエンザで高熱を出したから、明日のデートは無しだって……」

「インフルエンザね」

 中山はうなづいた。その情報はすでに得ている。

「はい。その後、用が出来たからって帰っちゃったんです。で、わたしたちは、彼が心配なんやねって笑ってたんです。なのに、自殺するなんて……。」

 そこで二人はわあっと泣き出した。中山と冨田は彼女らが泣き止むまで質問を待たざるを得なかった。

 ふたりはたっぷり5分待たされて、ようやく質問を再開した。

「で、そのことと、さっきの『あんな奴』とどうつながるの?」 

「はい。あの……」

 二人は同時に言って、その後口ごもった。

「大丈夫。僕らには守秘義務というのがあってね、調書には上げるけど、学校の誰にも絶対に言わないから」

「……あの、2・3週間くらい前だったか、かんちゃん、ちょっと羽振りが良かったんで聞いたんです。そしたら、繁華街で会った大学生と遊んであげたらお金くれたって。でも、その彼の家で寝てたら昼ごろ彼女らしい女の人が来てシュラバになったって、笑ってたんです。あたしたち、さすがに呆れたけど……」

「まさか、その大学生って……」

「わたしたち、詳しいことは聞かなかったけど、多分、テレビで言ってたあの人だと思う。あの、エイズで死んだっていう・・」

「せなちゃんちがうよ、エボラだって」

「いや、どっちも違うよ」

 と、宮田が二人の勘違いを訂正した。

「まあ、エボラの方がかなり近いけど。今騒がれているのは『サイキウイルス』と言って、エイズともエボラとも違う、新しいウイルスなんだよ」

 中山はその様子を見ながら苦笑いをした。

(これは、改めて正しい情報を徹底させんといかんな) 

 その必要を痛感しながら話を戻した。

「それで、君たちは田所さんがその大学生からサイキウイルスに感染したのではないかって思ったんだね」

「はい」

「でも、かんなを悪く思わないでください。かんな、陰で遊んでいたけど、ほんとはすごい寂しがり屋だったんです。お父さんやお母さんは仕事ばかりで構ってくれないって。お小遣いを十分にもらってて、わたしたちはうらやましいって思ってたけど……」

「彼氏だって、先週コクられたばかりみたいだけど、もうラブラブで、彼氏一筋になるってのろけっぱなしだったのに……。だから、彼氏に感染させたってきっと責任を感じて……」

 二人はここまで言うと口をつぐみ、不安そうにお互いを見た。

「どうしたの?」

 中山が聞くと、実花がおずおずと尋ねた。

「あのぉ、刑事さん、私たちは大丈夫なんですか?」

「感染のことかい? 田所さんも彼氏も調べた結果は新型インフルエンザだった。おそらく、彼氏から田所さんに感染ったんだと思うよ。君たちもこの学校も大丈夫だよ。ただ、インフルエンザの対策は必要だね」

「じゃあ、かんなは……」

「かんなの馬鹿。死ぬことなかったじゃないのっ!」

 そういうと、二人はまたわあっと泣き出した。今度は二人とも抱き合ってわあわあ泣いている。

「まいった。こりゃあ、長引くなあ」

「そうですね……」

 二人が困っていたら、担任の女性教師が驚いて飛び込んできた。中山が立ち上がって頭を下げた。

「申し訳ありません。田所さんのことを思い出させてしまったようで……」 

 担任は、二人をなだめながら言った。

「ご用件がお済みでしたら、お引き取りください」

「はい。お騒がせいたしました。宮田、行くぞ」

 中山は宮田を促すと一礼し、部屋を出て行った。

「ナカさん、あとは田所かんなのケータイから、森田健二との関連が判れば、感染ルートが一つ消えますね」

「ああ。そう願いたいよ」

(まさに、虱潰しだ……)

 中山は、先の長さにゲンナリしながら梅雨空を見上げた。また大雨になりそうだった。



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