第3話:少女
ふと、後ろから草を掻き分けてくる音が聞こえた。振り上げていた手を止める。
「ガサガサガサ」
「おい、嘘だろ挟み撃ちかよ」
んだよ?こっちは戦闘中なんだよ。それも消しゴムと修正液で戦おうと必死なんだよ。やっぱり叫んだのがまずかったのか?正直1匹でも死にそうなのに2匹目となると絶望的だ。絶望を通り越して笑いがこみ上げてくる。
しかし熊ではなかった
「あの〜誰かいるんですか〜?」
少女だった。青い髪、青い眼をした女の子だった。
あ、ちょっと可愛い。前方5メートルに熊がいなければもっと良かったんだが。
ここは喜ぶところだろう
やったぁ人だ!助かった。いや、いまにも熊が突進ししようとしてる状況なんだが…
ここで俺はいろいろと想像した。こんなジャングルに来るような奴だ。こんな格好だけどきっと強いんだろう。さすがに筋肉を使って戦うようには見えなかったが、ここはきっと異世界だ。魔法とかで撃退するんだろう。
思考時間:0.5秒
「た、助けてください!」
熊を指指して少女に言った。
少女が熊を見る。
ハッと口を開けて、眼を見開く。
沈黙が5秒。あれ?
なぜ俺の背中に隠れる?少女よ。少し嫌な予感がした
「助けてください!」
聴きたくない言葉が聞こえた。
「え?、魔法とか使えないんですか!?超能力とか!敵を倒せる強力な武器とか」
熊から目線をそらさずに言う。隙を見せたら食べられるだろう
「私、ホーンベアーを倒せるほど強力な魔法は使えません。武器も持ってません!」
やっぱりこの世界には魔法があるのね。ああ、あとあの熊ホーンベアーって言うのか。異世界だということを実感しつつ。もう一つ質問してみる
「じゃあ、弱点は?」
「…無いです」
やっぱり消しゴムと修正液で戦うしかないのか…
いや、一度は戦う決心をしたんだけどね。希望がふっと現れたと思ったら一瞬で消し飛んだのだからショックは大きい。
状況は数分前とあまり変わらなかった。むしろ悪化していた。
熊を倒す + 少女を助ける になったわけだ
背中には少女。前方には敵のホーンベアー、弱点は無し。
考えろ俺、俺の持ち駒は修正液、消しゴム、+ 能力未知数の少女だ。この3つを有効に使ってこの場から逃げる方法だ。この場合、ホーンベアーを倒してから逃げるか、倒さずに逃げるかの2択になる。どちらも危険なのには変わりなかった。少女の登場によって「逃げる」の選択肢が消えた。
まあ、少女を犠牲にして自分が逃げる、という手もあるのだが、そこまで翔太は腐ってない。
「じゃあ、出来る限り魔法で俺を援護してくれ。今から逃げる準備をする。」
少女が頷く
魔法のことは良くわからないが、こう言っておけば大丈夫だろう
再び、戦闘開始だ!
右手には修正液のボトル、左手には使い古して丸くなった消しゴムだ。深呼吸をしてホーンベアーに向かって突進した。それと同時に熊も動く。
「この熊がぁぁぁ」
さっきも同じことを行ったような気がしたが、気にしないことにする。
熊が横なぎに腕を振り回してくる。それをかがんで避けながら後ろに転がる。
『fire arrow』
少女が叫んだ。と同時に少女の手から棒状の炎が1本、放たれた。その火が熊の足元に刺さった。熊が驚いてのけぞった。
す、すげぇ。今、手から火が出たぞ、ライター要らないじゃん。
熊がひるんだ隙に持っていた消しゴムを全力投球して熊に向かって走り出す。もちろん消しゴムでダメージを与えるつもりは無いが、少しは怯んでくれるだろう。目の前に何かが飛んできたらびっくりするだろうし、実際のところ消しゴムなんて何の役にも立たないからだ
修正液のボトルを右手に持ち替えて、ボトルの頭の部分を親指で弾き割る。プラスチックで出来たボトルは簡単に割れた。熊の一歩手前で急停止して、それを熊の顔にひっかけた。
即席の目潰しだ。
案の定、熊がうめき声を上げた。
そりゃあ痛いだろう。だって修正液だぜ、普通は顔にかけたりしない代物、眼に入ったら悪ければ失明だろう。まあ、うめき声からして眼に入ったんだろうが…
熊がうめいている間に辺りを見回す。近くに落ちているであろう、アレを探すためだ。
眼を凝らして探す、必ずあるはずだ。
あった!、それは翔太の1メートル横に転がっていた。カッターナイフだ。翔太が今現在所持している中で唯一、武器と呼べるものだろう。
カチカチカチ
それを拾って刃を出す。長さは十分だ。問題は強度、折れなければいいんだが今はそんなことを考えてる場合じゃない。
それを拾って熊に向かって突進した。狙う場所は一つ
ドスッ
鈍い音が響く。
カッターナイフはのど元を貫いていた。一撃で相手を倒すには急所を狙うのが一番だ。だとすれば狙うところは限られてくる。
熊がよろめいた後、ゆっくりと後ろに倒れる
「や、やったー。俺、生きてるぞ」
本当に生きてることびっくりだだ
しかも、怪我一つしなかった。
少女がその場にへたり込む。
「手伝ってくれてありがとう、あー、俺は翔太。浅山翔太、よろしく」
「あっ、私はウェスタって言います。」
日本語を喋ってるのに横文字の名前なんだなぁ
「ところで、ここは地球?」
「チキュウ?ここはセト王国ですよ」
やっぱり、異世界だ。もう確信した。地球にセト王国なんて国は無いし、さっきの生き物だって地球には存在しないだろう。地球に変える方法を探さなくちゃならないわけだな…
「あの、とりあえず私の家に来ませんか?、ショータさんは命の恩人ですし、御礼がしたいので」
命の恩人?いや少し違うぞ、俺が巻き込んだだけだ。少しどころか全然違うじゃないか。
しかし・・・
「それは助かる!さっきまでこの森の中を彷徨ってたところなんだ。あ、ちょっと待った。俺の荷物」
差し伸べられた手を払いのけることもあるまい。ありがたく手をとった。
落ちていた学生カバンと散乱した筆記用具を拾う。この世界での俺の唯一の財産だ。大切に扱わなければ
「それでは、行きましょう!」
数分前まで熊に襲われていたのに元気だ、こんなことは日常茶飯事なのか・・・
というか何故森にいたんだ?
そんなことを考えながら歩いていると、小さな丘の上に家が見えてきた。