野良猫が死んだ日
・一部分のセリフが読みづらい可能性があります。
・猫が大好きでしょうがない方、猫死亡描写が含まれますのでご遠慮ください。
・自サイト(黒野朱鷺/eightmeter)から引っ張ってきた二重投稿ものです。
四月六日、午前七時四十二分
とても良く晴れた日
猫が死んだ。
その日は俺の入学式で、時間までとことん寝てから登校するつもりだった。
でも、その日は何故か頭がスッキリしていて、起きて直ぐ支度して家を出た。
登校時間には余裕があったから、一昨年から知り合いの野良猫に逢いに行った。
きっと何時も通り、俺が来れば顔を出すだろうと思った。
道路に横たわる黒い塊を見るまでは…。
どうやら夜中に起こった事故だったらしい。野良猫の血は道路に、体毛に固まっていてついていた。
轢いた車の行方は知れない、どうだって良い事だ。そんな事より頭の中にあったのは
“あっけない”という言葉だけだった。
「(…確かあの高台に埋めてやろうと言ったんだっけな。)」
たった一本のソメイヨシノが、孤独に佇む丘の上。
猫が死んだら根元に埋めてやろうと決めていた。猫も其れを望んでいる気がしたから。
きっと見晴らしが良いからだろう。遠く遠くの海を、水平線を、この街を全てを眺めることが出来るその丘の上に、俺は向かった。
この街の頂上にあたる丘の上に辿り着いた俺は、タオルで包んだ野良猫を傍らに置き、ソメイヨシノの根元に穴を掘り始めた。
ざくっ
ざくっ
ざくっ
気がついたら泥だらけになっていたけど、気にはしなかった。
ざくっ
ざくっ
ざくっ
今…何時なんだろう?遅刻はしていない筈だ。
ざくっ
ざくっ
ざくっ
まだまだ浅いか…?もっと掘るべきか?
ざくっ
ざくっ
ざくっ
この位の深さでいいか。土が捲れなければいいんだし。
そういえば…死んだ後意識は何処に行くんだろう?やっぱ天国?それとも消えてしまうのか?
そんな事考えながら、タオルから野良猫の遺体を出す。
硬く、冷たい体は、生きた物が本来持つものを感じさせはしない。
本当に死んでしまったんだなと、改めて自覚した。
「…猫のお墓作り?………一瞬、幽霊か何かかと、思った。」
なんか人の声が聞こえた気がする。こんな所に誰か居るのか?空耳か?
そんな事どうでも良い。早く埋めよう。安らかに眠れるように…。
ヒヤリ
………………………………………………………………………………………………。
ナンダコノヒヤリトシタ 物 ハ?
「!?!!!!?!???!?!??!!??!?!!!?!?」
「あ、やっと気付いてくれた。」
後ろに居たのは木の太い枝にぶら下がっている男だった。
男の黒い髪は重力に逆らわずに一本も残らず地面に向かっている。
「なっななっなっなななんなななっななん!!!?!?!?」
「どもり過ぎ〜。」
吃驚して舌が回らなかった。
まさかあんなに冷えた物を首筋に当てられるとは…。全身に鳥肌が立った。
「ねぇ、それ、うちの学校の制服、だよね?新入生?」
「………。」
「名前、は?」
「………。」
なんなんだろう。この人は。何で俺に話しかけてくるの?
そう思いながら俺は野良猫の遺体を埋め始めた。
「……………?……あ、さっきの、冷たいやつは、これ、棒型アイスノン、凍るタイプ。」
訊いてませんから。本当、なんなんだろこの人…。
言葉の切り方がへ…いや、独特だ。言い換えれば個性的。
「…?もしか、して…聴こえて、ない?それ、とも…喋れ、ない?」
「……………。」
「…でも、それなら、この高校は、入れる、わけ、ないし…さっき、喋っ、たもん、ね。」
「……………。」
野良猫の遺体を埋め終えて、そろそろ本気で此処から逃げようと思い、足を動かした矢先、男は木から降りて俺の腕を掴んだ。
「!!!!……な…なんで…すか?」
細く見える腕とは裏腹に、男の手は俺の腕をがっちり掴んでいた。
「……学校、そっち、から行くより、こっち、の方が早い、よ。」
「…?」
男の指差す方向に目をやる。その先は………………………………………
紛う事なき崖だった。
…………此処を降りろと?
「大丈、夫。崖っぷち、一緒に降りれば、怖くない。」
そんな理屈、今時小学生でも通りゃしない。
赤信号皆でわたってあの世行きが関の山だ。
「大丈夫、だよ。」
男は再び、俺を宥める様に言った。
俺はそんなに不安そうな顔をしているだろうか?
意外だ。俺は無表情だと思っていたのに。
「俺を、信じて。君に、怪我、なんて、させない、から。そんな、全てを、否定、しないで。」
「え…?」
「この世、の、全てを、疑ったり、しないで。そん、なんじゃ、全部、つまら、なく、見えちゃう、から。」
心の中を見透かされた気がした。
俺が一番、出来なかった事。信じたいのに、信じられない。
全部嘘に見えて、人の言ってること全てに、裏が見えた気がした。
人が怖かった。
なのに、この男は…初対面にして、俺の作ったフィルターを真正面から破壊して…。
唯一言、“大丈夫”という言葉だけで俺を信用させた。
確証なんて、何もないのに。
一体何者?
「じゃあ、おぶ、られて。」
「へっ?」
「その方、が、楽、でしょ?」
「でっでででででも!重いですよっ!?」
「いいの。ほら、後、六分しか、ない。急が、ないと。」
俺は渋々男におぶられる。
男は俺が背中に居るのを確認した後、立ち上がり、崖の方まで歩いていった。
崖とはいっても、断崖絶壁というわけではなく、後ろのなだらかな斜面とは違いかなりきつい角度の斜面、という感じだが…
角度約70度の斜面なんて…崖みたいなものだ。
「ちゃんと、つかまっ、ててね!」
と言うなり、男は斜面を駆け出した。
これは…なんというかジェットコースターに近い気がする。胃がシェイクされる感覚だ。
横の景色は目まぐるしく変わっていき、前の景色は住宅街が水平線を隠していく。
「(あ…なんか…別世界みたいだ…。)」
まるで、この世界に二人だけみたいな、そんな気がした。
暫くすると、スピードが緩くなっていった。
景色は元の世界に戻っていて、目の前には学校。
本当に近いんだな…。
「ほら、早く、行か、ないと。」
「え、あ、ありがとう御座います!」
「気に、し、ないで。」
男は俺を下ろして背中を軽く押す。
俺は最後にもう一回お礼を言って、体育館に走った。
「 」
後ろで何か、聞こえた気がした。
振り返って見ても、其処には誰もいなくて。
暖かい春の風が、強く吹き付けていた。
―FIN―