飛べないトカゲはただのトカゲ
魔素が回復するのを待つために食事休憩。
食べながら飛ぶことについて考えてみた。
飛べない。
いや、考えてみれば今のところ飛ぼうとかしてこなかったよな?
待てよ。
そうだ。
鏡で自分の姿を見た時、翼を見たじゃないか。
このまあまあぽっちゃり可愛い体に対して、あまりにも頼りなくて小さな翼を。
あぁ。
終わったー!
マジか。
飛ぶのも無理か。
あれ?
でもそしたらアヴリルはなんで飛べないのって聞いたんだ?
このサイズの翼で飛べるのか?
そうだ。
そういえば写真でヘレナを見せてもらった時、その翼も大きかったけど、ドラゴンの巨体を浮かばせられるようなサイズじゃなかったな。
なんか翼の大きさと筋肉ってかなり必要って話だよね?
だとしたら、どうやって飛ぶんだ?
「飛ぶってどうすればいいか、分かる?」
「えっと……一回聞いたけど、ヘレナは本能に従って、とだけ……」
ヘイ、マイマザー?
僕の本能はどうやら理性で塗りつぶされたぜ。
「まぁ、でも風魔法を併用してやってるんじゃ……あっ」
なるほど、無理だな。
ボクマホウツカエナイ。
「あれ?でもそしたら風属性しか空を飛べないんじゃないの?」
「あぁ、ドラゴンはね、他の魔獣と違って全属性の魔法に一定の適性があるから、皆それで飛んでるはずよ」
なるほど、ドラゴンってやっぱ強いな。
そしてやばいな。
ボクマホウツカエナイ。
「風竜はさらに補正がかかるから、飛ぶのも他のドラゴンに比べて上手いんじゃないかな。ヘレナも半分は風属性だし、本能に従ってっていうのは適性もあってやりやすかったんだと思う」
なるほど。
でも結局どうしろと。
「魔法の制御に慣れるまで飛ぶ練習はおあずけ、かな?」
「いや、飛ぶ練習をしてれば魔法にも慣れて、他の魔法も撃てるようになるかも」
おぉ!
なるほど。
それはいいな。
「そうしよう!」
「じゃあ、そうしよっか。でも、私はあんまり風魔法が得意じゃないんだよね」
あれっ。
そうなのか……。
人間にも適性はやっぱりあるんだな。
「飛行っていう魔法もあるんだけど、それは空気を捉えるための翼の生成と上昇気流を起こす魔法を合わせてそう呼ばれているの」
人が空を飛ぶための魔法だな。
でも、僕には翼があるから。
「上昇気流を起こせるようになればいいのか」
「そうだね。それで浮いてから翼とか横方向の風魔法で移動するの」
むむ。
やることが多くて難しそうだ。
でもそれができるようになる頃には、きっと魔法も上手くなっているはず。
頑張ろう。
「早速やってみようか」
ここら一帯の魔素も回復したようだ。
食事も終わったし、丁度いいだろう。
「上昇気流を起こすから、魔素の流れをよく見てて」
僕も自分で上昇気流を起こして調整できるようにしなきゃか。
大変だな。
アヴリルは杖を構える。
「風よ、我が元に」
魔法詠唱の起句。
魔素が反応して、不規則に漂っていたのをピタリと止めた。
この句はほぼ定形なんだな。
「対象に風を授けん」
杖を通した魔素は増幅して集中し始める。
今回の対象はこの広場の中央の空気。
飛行なら自分の周りの空気に向けるそうだ。
「上へ駆ける助けとなりて渦をまけ」
中央の空間に魔素の塊ができる。
複雑な魔法には句がさらに追加されるようだ。
「アップドラフト」
解放。
固まっていた魔素は句の通り空気を渦巻かせて上昇させる。
その威力は結構強く、空気を吸い込むために僕らも中心に流されそうなほどだ。
一度、ヘリコプターが飛ぶのを近くで見たことがあるのだが、それに近い感じを受ける。
まぁ、ヘリコプターは下降気流を起こしているのだが。
適性がないっていいながらこれか。
すごいな。
アヴリルが優秀なのか、誰でもこれぐらいはできるのか。
後者だったら怖いな。
まぁ、でもそれはないだろう。
「イア、制御しとくから、この中に入ってみて」
えっ、マジ?
怖いんだけど。
「始めの一歩が怖いのは分かる。でも大丈夫だから。私を信じて」
そんなこと言われたら、僕がアヴリルを信じてないみたいじゃないか。
軽くうなづき返して、意を決する。
よし、行こう!
助走をつけて中心へ。
えいっ!
軽くジャンプして気流に乗る!
瞬間、ぐっとしたから押されるように体が持ち上げられる。
「おぅっ、わっ」
やばっ。
何これ、ちょっと辛い!
風が体に叩きつけられる!
バランスとるとか無理なんですけど!
空気の渦の中で目が回る!
やばい。
このままだと渦の外に投げ出される。
何とかしないと!
翼を広げて。
風の向きに合わせて体の向きを変えて。
よく見極めろ。
魔素の流れと空気の流れ。
二つの多すぎる情報から、魔素だけを見る。
空気と魔素の流れは同じ。
それを翼と体で受け止める!
パラグライダーとか、スカイダイビングとか、そんなイメージで。
テレビで見たように、受ける。
必死に、必死に体を動かして。
どれほど経ったか。
ふと、渦の外を見た。
耳元では風がごうごうとうなり、魔素を視るのを止められないけれど。
上空五メートルほど。
木々よりも少し高いところから、森を見回せた。
遠くに街が見える。
空飛ぶバスも、おそらく電車のであろう線路も見えた。
隣町も見えた。
さらにその奥に山脈も見える。
日本じゃ見なかった自然と街の合わさった世界に。
目を奪われて。
「あ」
なんという表現が正しいのか。
踏み外した?
まぁ、何にせよ。
落ちるーっ!
横殴りの風の対応にしくじって、外へ放り出された!
油断した!
「うおわああああああ!?」
背後で魔素が散開した気配。
アヴリルが魔法を止めた。
投げ出されたのを確認したんだな。
落下地点までアヴリルが走ってきた。
って、えっ。
待て、意外と僕重いぞ。
危ないって!
……何か詠唱してる?
「エアネット!」
僕とアヴリルの間に空気の網のようなものがができて、僕を受け止める。
その網が僕を跳ね返そうとするタイミングで網は霧散して、急減速した僕は、上手くアヴリルにキャッチされた。
危なかったぁ。
「はぁ、はぁ、間に合って良かったぁ」
アヴリルの息も荒い。
僕を下ろして、地面に座り込む。
それからしばらく息を整えて。
「最後のほう、結構安定して飛べてたね」
「だよね、できてたよね!」
そうだ。
上手く捉えられた。
体は上手く操れた……。
「あとは、魔法だけ?」
「そうだね。そうだけど、イア、最後まで気を抜いちゃダメじゃない」
「ごめん。あと、ありがとう、助けてくれて」
「ほんとだよ、もう。やりかねないと思って事前にどの魔法使うか決めてたからすぐ対応できたから良いものの、今後何かあった時に対応できるかどうかは分からないんだからね」
本当にすいませんでしたっ!
ペコペコお辞儀して謝意を示して、アヴリルも落ち着いたようだ。
「で、どうするの?今日は帰る?」
「そうしようか。私も疲れたし、まだ続けた時に帰りとか魔獣に襲われたら目も当てられないしね」
そうだな。
よし、帰ろう。
アヴリルも休憩終わりっていう顔をして立ち上がった。
持ってきていた弁当箱と杖だけ確認して帰路につく。
時間は午後三時といったところか。
帰ったら二人ともぐたっとなるだろうな。
今日も本当に疲れた。
この世界に来て疲れてばっかだ。
まぁ、落ち着いて観光することもいつかあるだろう。
慌てず騒がず。
少しずつ出来ることは増えていくはずだ。
うん。
頑張る。
そう決めたことを忘れないようにしないとな。