魔法を撃ちます!
夜が開けた。
光が差して目を覚ます。
良く寝れた。
目が覚めたら日本だった、なんてことも無かった。
なんか残念なような、少し安心したような。
アヴリルの部屋。
ベッドの上。
隣には、誰かが寝ていた跡。
ほのかに香る、何かの花の匂い。
木製の箪笥。
動物のぬいぐるみ。
カーテンは少し開いていた。
光はそこから漏れていた。
キッチンのほうから音が聞こえる。
アヴリルは朝食の準備をしているようだ。
ベッドにしろカーテンにしろ、日本では見たことのない素材が使われていた。
しかもどれも、日本の物よりも性能は良さそうだ。
日本の現代知識無双は儚い夢だった……。
まぁそもそも、大した知識も無かったけどね?
かぁ〜っと、あくび一つ。
小さな体で思うように動けないのもあったが、昨日でだいぶ慣れた。
それでもとっさの動きは出来ないだろう。
まぁ、少しずつ慣れていけば大丈夫だと思うけども。
というか、生まれたばかりなのに結構筋肉ついてるのすごいなぁ、と思う。
やっぱドラゴンだからかな。
にしても、人の姿にはなれないのかな?
ドラゴンって人化するの割と定番だったりしない?
分かんないけど。
まぁいいや。
昨日の夜は夕食を食べて風呂に入っただけで寝に入った。
家の中はまだ全部把握しきれたとはいえないけど、なんとなくの雰囲気は掴めたと思う。
一階建てだからそこまで複雑ではない、というのもある。
昨日の夕食の時は魔法について詳しく聞いていた。
やっぱり詳しく聞きたくなるよね?
アヴリルが言うには、魔法は二種類の発動方法で分けられるそうだ。
魔導具を使う場合と使わない場合。
当然、使われるほうが主流だ。
威力補正がかかるから、とゲーム的なのかと思っていたけど、それはどうやら違うそうだ。
空気中の魔素を取り込むためらしい。
魔獣は自分の体内に魔石を持つ。
そのため空気中の魔素を道具無しで集められるのだが、人間はそうもいかない。
魔素を感知し操るのに魔石は必須なのだ。
熟練者になれば何も無くとも魔素の流れを簡単に感知し、不意打ちに気付けるようになるが、そのレベルの人はなかなかいない。
それにしたって、魔素を操ることは出来ないわけだし。
さて、そんな人間に必須の魔導具にもいくつか種類があるようだ。
主に杖、札、魔本、魔鉱石の四種類。
杖は魔石によって周囲の魔素を集め、詠唱などをトリガーに魔法を使う。
詠唱を変えることで使う魔法も変えられ、臨機応変に対応できる万能タイプ。
最も主流で、威力もそこそこ。
札は詠唱を無しで、魔法陣に魔力を流すことで発動する速攻魔法。
一枚一枚も大きくなく、色々な魔法を瞬時に出せる。
ただし、威力は低い。
魔本は札を複雑にしたようなものだ。
いくつもの魔法陣の組み合わせ、詠唱が合わさり大きな威力を出す魔導具。
しかし本に載っている魔法しか使えない。
臨機応変な対応は不可能だし、そのくせ結構かさばるそうだ。
魔鉱石は魔鉱山で魔素が固められ、できた石のこと。
周囲の魔素を使わず、中に封じられている魔法を起動することができるそうだ。
しかし中の魔法は魔鉱石によってランダムで、良いのであるとは限らない。
優秀なのは高値で取り引きされるそうだ。
ちなみにアヴリルの使った銃も魔鉱石の一種が入っていて、反動は小さく、威力は高い銃らしい。
弾丸も土魔法で自動的に補填されるとか。
まぁそんな感じ。
パタパタとスリッパで歩く音が聞こえてきた。
この家は洋風の玄関がないタイプだ。
ドラゴンとなった今、靴とか関係ない気もするけど。
「イア、起きた?」
寝室のドアが開かれ、ひょっこりアヴリルが顔を出して言う。
僕はもうすでに起き上がっていた。
「うん、起きてるよ」
また一つ、あくびをしながら答える。
「朝ごはん、できたよ」
ベッドから下りて返事とする。
アヴリルのパタパタという足音と共にダイニングへ。
食事。
これだけでも日本との差は大きい。
まず料理。
キッチンルームの所定の位置に食材を置く。
これで終わり、だ。
細かい調味料も設定出来るとか。
料理のメニューは200を超えるらしい。
ソフトの更新でまだまだ増える予定もあるとか。
メニューに無いのは自分で、という形だが有名なものはあるので最低でもこの街では手料理する人はごく少数になるらしい。
次に食器。
料理が冷めない。
皿の充電が切れるまで、だが。
詳しいことは分からないけど、どうやら蒸気とか使っているのだと思う。
そして片付け。
キッチンルームに置くだけでベルトコンベアーに乗せられ、洗われていきました……。
面白そうでした。
今度時間がある時にゆっくり見てみたい。
ちなみに、料理に変な材料は使われていなかった。
食文化は日本と近いようだ。
安定した衣食住が確保された……!
頼むからこのまま変なものは出ないでくれよ?
虫とかそういうの。
まぁそんな朝ご飯が終われば。
「どうするの?もう行くの?」
浮き足立った僕は言う。
だって魔法だよ?
生まれた直後になんか小さな爆発できたけど、もっと大きいのやりたいじゃん?
「そんな急かさないでよ。あと少しで弁当ができるから、もう少し待ってて」
弁当か。
キッチンで弁当も作れるのか。
キッチンさん優秀だな。
しばらくしてからピピピ、という音で弁当ができたことが知られる。
アヴリルはキッチンへ消え、箱を持って出てくると小さなポーチ(四次元ポ〇ット的ななにか)に入れる。
家の奥へ行き、杖を持ってきて靴に履き替える。
「よし!行こっか」
待ってました!
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昨日は体に慣れることに必死で町の様子を見ていなかったけど、今日は見渡す余裕ができた。
車が、平然と空を飛んでいる……。
それに魔鉱石は、使われていないそうです。
マジかよ、すげぇな異世界。
あれはバイクか?
月をバックに宇宙人をカゴに乗せたりしてないよな?
ドローンが結構飛んでいる。
警備用か?
あ、荷物を持って飛んでる。
輸送機か。
見渡してあれこれアヴリルに尋ねたから、街から出るのは昨日よりも時間がかかった。
今日、魔法の練習に行くのは町の郊外の森。
町から二十分ほど歩いたところだ。
普段は人の町を警戒しているが、時々迷い込んだ動物や魔物が出てくるポイントだ。
木にほとんど隠れているけど、よく見れば町が少し見える。
そんな場所だ。
もう少し歩けばふと、開けた場所に出た。
伐採された森の跡だった。
五メートル四方ほどのスペースが出来ている。
「よし、ここにしよっか」
おぉ!
ようやく魔法の時間ですね!
「よろしくお願いします、師匠!」
「いやいや師匠なんて呼ばなくていいから」
歩くのも疲れた。
でも、やっと魔法の授業だ。
こうして僕の魔法無双ルートの特訓は始まる!
「えっと、じゃあ、魔素を練って何かしてみて?」
ふむふむ。
よし、ここは思いっきりやってやろう。
周囲の魔素を感じて、集める。
体内の魔素を感じて、集める。
一点に。
狙うは端にある切株の一つ。
「え?ちょっと……!」
体からは放出するように。
空気からは集めるように。
イメージするのは爆発。
「待って、やばっ……!」
そして、解き放つ!
凝縮した魔素は周囲へ一気に開放される!
ポン!
切株の上十センチメートルほどで、とても小さな火花が散った!
お?
産まれた直後よりも威力高いんじゃね?
まぁ、2回とも大した威力無かったけどさ。
どやっ、とアヴリルのほうを向く。
そういえば魔法を使っている時にアヴリルが何か言っていたような気がしたけど?
結構慌てた風だったよね?
なんかミスったかな?
当のアヴリルは呆然と切株を見ている。
おぉ?
僕の初魔法がうまく行き過ぎて言葉も出ないのか?
「アヴリル?」
いつまでも呆けてないで早く助言を!
「……え?あ、あぁ!」
「えっと、どう、だった……?」
キラキラした純粋な目でアヴリルを見る僕。
頬を掻きながら目をそらすアヴリル。
「……えっと、まず魔力量なんだけど」
「うん」
「流石の竜の魔力量だけあって人間じゃまず出せない量ね。まだヘレナのほうが多いし、これから成長すると思うと怖いね」
素直な賞賛の言葉。
ふふん、どやっ。
「空気中の魔素を集めるのもうまく出来てた。ポテンシャルが高いのを感じたし、産まれてまだまともに時間が経っていないのにこれだけっていうのは十分なんだけど」
どやっ、て、あれ?
……なんだけどって?
ねぇ、言いにくそうにしないでよ。
嫌な予感がするのだけれども。
「えっと、普通、どんなに魔力制御が下手な人でもあれだけ魔力量があればあの切株を吹き飛ばす、うまい人なら半径一キロメートルぐらいのクレーターを作れるんだけど……」
あ、あれ?
てことはまさか?
嘘だろ?
魔力制御が逆方向に天才レベル……?
「い、いや、魔力制御は技術だから練習すればできるようになるよ!たぶん、きっと。うん、大丈夫だから。私も教えるから!」
アヴリルさん、冷や汗垂れてます。
目を逸らさないでください。
そんなに絶望的なひどさなの……?
あー、マジかぁ。
僕の魔法道はどうやら前途多難なようだ……。