言葉。言葉を話そう
リムーク。
それが少女の住む街の名前らしい。
まぁまぁの規模の街だ。
日本じゃ東京の、一面建物しかないようなところに住んでいたから、街の周りが木で囲まれていることに新鮮さを感じる。
大きな川があり、その川を囲むように円型の街が広がっていた。
そして、街と森の境は高めの塀で覆われている。
町の名前は、そんな塀の開いた、街の入口の看板に書いてあった。
カタカナで。
うん。
いやね、少女が日本語話してたしさ、まさか、とは思っていたけども。
カタカナまで入った日本語かぁ。
どうなってるんだ、この世界の言語事情は。
やっぱり英語とかも有るのかな?
英語はもう忌避感とか凄いんだけどなぁ。
うっ、前世の嫌な思い出が……。
まぁ、そんな事はとりあえず置いておいて。
会話したい。
そう、会話だ。
少女もなるべくこちらの意図を読み取ろうとはしてくれるんだけどね、それでもやっぱり話はしたいんだよ。
親のドラゴン、ヘレナも話せたみたいだし。
多分、僕も言葉を発せられるはずだ。
そんな事を考えながら口をもごもごしている最中も、少女はおそらく家を目指して歩いている。
街の人から僕への視線は結構鬱陶しいが、特に何も言われてないので、今はとりあえず無視。
少女も気にした様子はないから、多分事前に話は通してあるんだと思う。
少女が一つの建物に入ろうとする。
街の中で、一番大きそうな建物だった。
……え、何この子、村長の娘とかそういう立場な子なの?
あれ?
だから街の人も何も言わないとか?
ここに来てようやく僕にも運が回ってきたか?
いやでも、村長の娘とかなら堅苦しくて思うように動けないかなぁ。
「ほら、行くよ」
少女が声をかける。
建物を見てあれこれ推測してるうちに、思ったよりも立ち止まってしまっていたらしい。
「ここは私の家じゃないよ、そんなに固くならなくても」
また少女に心を読まれた。
……少女に心を読まれて、しかも合ってる回数が多すぎる。
そんなに僕って分かりやすいのか?
ポーカーフェイスを心がけたほうがいいかな?
にしても、村長の娘ではないのか?
いや、そもそもこれが家という保証もないか。
まだ少女の親が誰かは判断出来ないな。
少女はその建物のドアを開け、入っていく。
僕もそれについて入る。
建物の中は外と同様、白を中心にして落ち着いた雰囲気だった。
「あら、アヴリルさん?と、その子が例の?」
声は入って右側の窓口らしきスペースから聞こえてきた。
少女の名前ってアヴリルなのか?
「はい、そうです」
「そう、じゃあ、村長呼んでくるから待ってて」
「はい」
そうして受付嬢はパタパタと裏の方へ駆けていった。
そこそこの距離を歩いた疲れで、少女は椅子に、僕は床に座った。
「ここは、この街の管理をする所よ」
少女は言う。
ようするに町役場か?
「私の家はここからまた歩くから、ちょっと休んでてね」
うん?
どうやら僕をここに置いて村長と二人で話そうというつもりらしい。
えっと、どうしよう?
無理矢理でもついていくべきだろうか。
僕の知らないところで、僕の処分とか決定されてたら怖いんだが。
……有り得なくないな。
ヘレナは殺されたわけだし。
あ、受付嬢が戻ってきた。
「アヴリルさん、村長はそこの奥から3番目の部屋にいるから、行ってもらえるかしら」
「あ、はい!」
少女は立ち上がって部屋へ行こうとするので、僕もついていこうと腰を浮かせる。
「あ、うーん、すいません、この子も行って大丈夫ですかね?」
「えぇ、大丈夫だと思うわよ」
「そうですか、ありがとうございます」
どうやら良いようだ。
そんなに僕にとって悪い話じゃないってことか?
それならいいんだが。
少女は部屋の前に立ってノックをして。
「失礼します、アヴリル・レイナーです」
どうやら少女のフルネームはアヴリル・レイナーというらしい。
「はい、どうぞ」
まぁまぁ年のいった声だった。
少女はドアを開け、部屋に入る。
それに僕も付いていく。
「あぁ、来たか。それで、そいつがヘレナの子か」
「はい、そうです」
「そうか。じゃ、とりあえずそこに座って」
入った部屋は執務室、という感じか。
ドアから見て奥に作業机、その前にテーブルと、それを挟んで向かい合うように椅子が置いてある。
少女と僕は右側に座ると、村長は軽く机の上を整理して作業机から立ち、僕らの前の椅子に腰掛けた。
村長は五十代前半といったところだろうか。
めっちゃ仕事できますって雰囲気が感じられる。
村長が椅子に座るなり駆け込むように少女が言う。
「それで、この子の事なんですが」
「はは、いきなり本題か」
「あ、いえ、でも……」
いい、いい、と言うふうに村長は手を振り口を開いた。
「さて、君はどうしたいかね」
「私は、自分の手で育ててあげたいと思っているんですが……」
「お金やらその他やらで難しい、と。それでどうするか、ねぇ。いっそ殺処分が……」
えっ、殺処分!?
嘘、そんな……マジ!?
「いえ!それはどうにかナシにしてもらえないでしょうか!」
大きな声を出したのは、アヴリルだった。
予想以上に大きな声で村長も驚いた様子だ。
かくいう僕も、いきなりの大声で驚いた。
「この子、無闇に暴れるような子じゃないし、なんとか……」
「あぁ、いやいや。私だってヘレナには世話になったし、その子を何もしてないのに処理するというのは望むところじゃない」
あぁ、そういや僕の母親に周りの魔獣とかいうの狩ってもらってたんだっけ。
村長もやっぱヘレナとは関わりがあったんだろうな。
「そこで、提案がある」
「提案、ですか?」
「そうだ。そのドラゴンが戦力になる見込みがあるというのなら、資金援助としても予算が出せる、というな。君は元々高レベルな魔法使いでもあるし、君が育ててくれるなら、という意見も上の方でもあるらしくてね」
「本当ですか!なら、それで是非お願いします!」
「ふむ、その様子なら途中で投げ出すこともなさそうだな。ドラゴンの世話は人とドラゴンの間で深い信頼関係が無いと上手くいかないからね。その子も大分懐いているようだし、大丈夫だろう」
そこでふと村長は空気を緩めて。
「いやね、カマをかけたようですまない。でもどうしてもこのことは慎重にしないと、だからね」
「いえいえ、こちらこそ大きな声を出してしまい、申し訳ございません」
互いにペコペコして、再び村長。
「にしても、白いドラゴンか。光属性か?」
纏う雰囲気が近所のおっさんぽくなった。
世間話か。
「どうでしょう。ヘレナは産まれるとしたら炎の純血か、風と炎の混血と言っていたので、これから色が変わるかと思ったのですが」
炎の純血!
炎と風の混血!
なんか心が浮き立つワードが出てきた!
これ結構僕にとって重要な情報なんじゃないか?
「そうなのか?」
「あ、いえ、推測なので、実際どうなるかは分かりません」
「ふむ。ドラゴンに関して詳しくないからなぁ、国立大学のほうなら多分分かるだろうが、この街じゃ分からんだろ」
国立大学……。
教育制度もできてるのか、この国は?
結構発展してるんだな、この世界も。
にしても、属性だってよ。
僕の属性は何になるんだろう。
やっぱ聞いた感じ炎か!?
いいね、かっこよくて。
「そうですね、何かの拍子に光属性になるという、という可能性も捨てきれませんし」
二人はひとしきり唸って、村長が言う。
「して、名前はどうするのだ?」
……ん。
…………お?
うおおおお!?
待ってました、名付けイベント!
え?何?
どうなっちゃうの?
少女がつけてくれるのか、このノリだと。
「あぁ、名前ですか。それならヘレナと話してもう決めてます」
お?
「ほう、なんという?」
「イアスエル、です」
……うん、悪くない。
いい?かな?
うん。
良いね。
「気に入った!」
なかなかいいセンスしてるじゃん、うんうん。
……。
…………。
しばし沈黙が流れた。
一拍の後、人間二人は僕を見つめた。
「今、この子話しました?」
「そう、だな」
「うん、話したよ」
再び話すと。
……。
…………。
「あれ!?ねぇ、私分かんないと思って変な事言ったりしてなかったかな!?」
「嘘だろ!?言葉理解してる前で処分するだ、しないだなどと!」
あれ、やっぱこんな産まれたばっかじゃ話すのはおかしいのか。
これは、まだ話さないほうが良かったかな?
まぁでもアレだ。
少女が結構大人びていると思ってたけど、十代らしさな面を見せてくれてなんだか安心したので良し。
細かいことは気にしちゃいかん。