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ドラゴンだって弱いんです  作者: 留坂豪
マイマザー 前編
3/72

マイマザードラゴン

 

 目が、覚めた。


 鼻を刺す、血の匂い。


 それが、僕の意識を急速に覚醒へ導いていく。


 温もりを感じている。

 僕を包んでいたのは、人間の腕だった。


 顔を上げる。

 綺麗な顔の、女の子だった。


 傍らには、煙をあげる小さい銃がひとつ。

 どうやら意識を失っていたのはそれほど長い時間ではないようだった。


 力なく横たわる蛇。

 頭部に、何かで撃ち抜かれたあとがあった。

 状況から見て、まぁ銃で撃ったんだろうな。


 そこでようやく、そうか、と。

 この子に助けられたんだ、と。


 ほっとしながら、思った。


 なんで、僕を助けたんだろう?という。


「目、覚めたのね。大丈夫?痛いところとか、無い?」


 少女の綺麗な唇から言葉が紡がれる。


「取って食ったりしないから、そんな硬く強ばらないで?」


 あれ。

 いつまにか体が強ばっていた。


 助けてくれたであろう少女でも警戒するほどに、僕の心に先ほどの出来事は刺さっていたのだ。


「怖かった、よね?でも、もう大丈夫だから」


 大丈夫、大丈夫、と繰り返され、僕の心は落ち着きを少しずつ取り戻していた。


 失礼なやつだ。

 命の恩人にこんな態度だなんて。


 落ち着きを取り戻すにつれ、どうしても感じることがあった。


 く〜っ、という、音。

 僕のお腹からだ。


 ……恥ずかしい。


 少女はクスッと笑って、何かを取り出した。


「ほら、これ食べて。そうだよね、生まれてから何も食べてないんだもんね。最初に気づいてあげるべきだったかな」


 微笑みながら差し出してくれたそれは、たぶん携帯食のようなものだったけれど、それでも空いた腹にはありがたい。


 その味を感じながら、あぁ、生きてるんだ、と。

 今、僕は生きてるんだ、と。

 僕は生き残れたんだ、と。

 ようやく感じることが出来た。


 これ、めっちゃ美味い。

 涙が出そうだ。


 それから、これまたようやく少女をちゃんと見る余裕ができた。


 少女の身長は150センチメートルくらいなのかな。

 そうすると、僕は50センチで、あの蛇は頭から尻尾まで5メートルぐらいになるんじゃないだろうか。


 蛇デカすぎだろ。


 そうやって頭を周りに向けたりして、動かしているうちに気づいた。

 体、結構汗やらその他やらで不快だ。

 それなのに少女は平気な顔でこちらに微笑んでいるのか……?


 女神か。

 いや待て落ち着け。


 またこの少女の正体が気になってきた。

 まさか、人間からドラゴンが産まれるとか!?


 いや、それは無いな。


 じゃあ、何なのだろう。


「もう、落ち着いたかな。じゃ、うちに行こう?」


 どうやら家は別のところにあるらしい。

 ならここが家ではないわけで。

 親=人間説は無しだ。

 まぁ、そりゃそうだ。


 あ、でも待って。

 動くんだったら自分で動きたい。

 この体にも慣れたいし。


 ご飯もらったら、結構元気が出てきた。


 クイッと体を動かし、腕の中から出る。

 あ、腕の温もりはちょっと惜しいかも。


「え?あぁ、自分で歩くの?」


 肯定するように頷き、少女の顔を見つめた。


「そう。じゃ、行こっか」


 少女は床に置いていた銃を拾い、入口の方へ歩いていく。

 それについて僕も外へ向かう。


 洞穴の外の世界は。


 岩山の道の中途。

 開けた場所。

 一面に広がる、色。


 綺麗な、森の緑だった。

 綺麗な、空の青だった。

 綺麗な、山の灰だった。


「いい場所でしょ?自慢の場所だったんだよ。ヘレナと、私の」


 ヘレナ?

 親のドラゴンの名前だろうか?


「行こっか、君のママのところに」


 少女の声が震えていて、その目尻に光るものがあることに、何だか嫌な予想ができてしまう。


 少女はそれっきり喋らないで山を下り始めた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 そこら一帯は、激しい戦闘のあとが広がっていた。


 そして残るのは、小さな、骨。


 それも、細すぎてなんの役にも立たなそうなものだけだ。

 つまるところ、それ以外はここにいたはずのドラゴンを倒した者達が持っていったのだろう。


 他には、死んだ人間が使っていたのであろう、壊れた武器や防具。


 少女の目から、一滴の雫が落ちる。


 あぁ、ヘレナってやっぱりこのドラゴンで、僕の親だったんだ……。


 そう思えば、何だか、思うところもある。

 僕が蛇に襲われていた時、いや、それよりも前に僕の親は本気で死ぬような戦いをくりひろげていたのだ。


 なんという母の偉大さよ。

 それに比べてなんと自分の小さいことか。


 なんか、感じるな。


 母親の生きたいという意思だとか。

 きっと、僕を守りたいという意思だとか。


 何なんだよ、人間って。

 理不尽だ。

 この世界でも、頂点に立っているのか。


 いや、助けてくれたのも人間だけどさ。


 この少女は、母と何があったのかな。


 そんな思いを察したのか察していないのか、少女は口を開いた。


「あなたのママはね、三年前にここへ来たのよ」


 少女は語った。

 多分、まだこの小さなドラゴンは言葉を理解できないだろうと思いながらも。


 ヘレナは、少女の住む街では周辺のモンスターを狩ってくれるありがたい存在で、でも近寄り難く思っていたこと。


 ある日、少女が森で迷った時助けてもらったこと。

 その時にそのドラゴンが話せることを知り、話してみたこと。

 それからも時々森に入っては、そのドラゴンと話したこと。


 森の中に巣を張っていて、卵が一つあること。

 蛇がうろついていて危なかったこと。

 ある日、山にいい洞穴があることに気づいたこと。

 二人でそこに卵を運んだこと。


 でも、帝都でドラゴンの討伐隊が組まれたこと。

 卵を少女に託し、ドラゴンは戦い、そして死んだこと。


「凄かったんだよ。帝国軍をね、三分の二ぐらいぶっ飛ばしちゃったんだから」


 その光景を思い出しているのか、嬉しそうな、でも悲しそうな目で遠くを見ている。


「……そろそろ街、行こっか」


 少女が振り返って。


「あれ?あなたも泣いてくれるの?」


 言われて、気づいた。


 涙が零れていた。


 分かる。

 本能かなんか知らないけど、分かるのだ。


 このドラゴンが親であることを。

 僕のために戦ってくれたことを。


 せめて、生きている姿を一度だけでも見たかった。


 その背を、見たかった。




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