逃げないと、死ぬっ!
蛇。
蛇だ。
自分を丸呑みにできそうなほどの、大きな口。
いやぁ。
やばい?
やばくない?
待って?
食べないで?
僕多分美味しくないよ?
ウロコとか案外硬いよ?
冷や汗をかきながら、周りを見渡す。
身の回りにあるのは、自分が割ったであろう卵の殻、洞穴の水たまり。
行き止まり。
入り口から見える、外の光。
というか、広いなこの洞穴。
ドラゴンってここまで大きくなれるんだ。
いや、そんなこと今考えてる場合じゃない!
どうすればいい?
どうやって生きればいい?
何をすれば生き残れる?
この暗い洞穴の中で、白い鱗は目立つ。
反対側の明かりになら紛れられるか?
とにかくあの蛇には、今勝てる気がしない。
なら、今は逃げることを考えよう。
どうやら蛇は絶対の余裕で僕のことを見ている。
出し抜けるチャンスはあるはずだ。
蛇の黄色い目は、僕を睥睨して……。
自分の体が震えていることに、ようやく気付いた。
怖い?
あぁ、怖いんだ。
その、威圧する目が。
その迸る殺気が。
震える。
体が、震える。
震えが、止まらない……!
滑り這ってにじり寄って僕に近づく、蛇。
どうすればいい……?
何を、すればいい!?
どうすればいい!?
体、体が動かないっ!
逃げる、逃げる、逃げっ……!
蛇は、ゆっくり確実に近付き、口を大きく広げ……。
動けっ!
何でもいいから動くものから動けよっ!
蛇は唐突に加速して僕に向かってきた!
それにようやく反応して、動くようになった体にすがり付くように逃げる!
ズンッと、すぐそばの壁から音が響いた。
はぁっ!?
やばい、やばいやばい!
なんでこの蛇、突進の勢いで壁に突き刺されるんだよ!
危なっ!?
躱せなかったらどうなってたんだよ、あれは!?
やばくないか?
なんだよこの世界の蛇?
しかも、壁にぶち当たっても支障なく動いてるし!?
逃げられない?
いや、逃げるしかないのに……!
どうすればいい?
どうすれば……!
無意識のうちに、少しずつ後ろに下がっていた体は、ふと、止まってしまった。
トン……。
か、壁……?
こんなに狭かったのか、この洞穴?
もう後ろに下がれない……?
いや、違う。
これ、壁じゃない。
蛇の、尻尾だ。
いつの間に回り込まれてたんだ?
尻尾がもう、体の周りを囲っている!
……あ、ぁ。
終わった……?
もう、逃げられない……?
死ぬ?
巻き付かれて?
絞め殺されて?
嫌だ。
それは嫌だ。
死にたくない。
戦う?
でも、それは無理だ。
何が出来る?
爪か?
尻尾か?
魔法か?
蛇は、容赦なく動き出す。
くそ。
生きるって決めたばかりじゃんか。
でも、死ぬ?
嫌だ。
怖い。
今度こそ終わりだ。
嫌だ。
死にたくない。
死にたくない!
嫌だ!
僕は!
僕は!
生きたいんだ!
生きるんだ!
それでも、蛇の尻尾は僕の体に巻き付いて。
ーーーーーァァァアアア!!!
何かの生物の悲鳴が聞こえる。
いや、あぁ、その音は僕が出してる。
汗が止まらない。
涙が止まらない。
唾液が、鼻水が溢れ出る。
死ぬのか?
こんな簡単に?
僕は?
本当に?
今度こそ?
これは夢だったのだろうか。
死んだ後に必ず見る、夢なのだろうか。
来世なんかじゃなかったのだろうか。
体は恐怖で動かない。
依然、叫び声だけは虚しく響く。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ!
嫌だっ!
その時。
タァァァーーーン……。
乾いた、発砲音だった。
急速に力の抜ける、蛇の尻尾。
かすかに香る、硝煙の匂い。
人間らしき生き物の足音。
抱き上げられる感覚。
尻尾からの解放を感じて。
緊張が抜けていくのを思って。
再び襲う空腹に耐えられなくて。
何かの、温もりを信じて。
僕は、意識を手放したーーー。