“や”るとはつまりこういうこと
そのスライムは、リムークのすぐ近くの森に生まれた。
スライムの繁殖は単純で、まあ要するに一個体からの分裂だ。
ただ、そのスライムの親は子孫繁栄を目的に子を産んでいなかった。
スライムの子供は生まれる時、周囲の魔素を強引に吸収して魔石を作り、その核とする。
その過程は親にはあまり負担がかからないが、次に子供を作るのには一年のクールタイムが必要となる。
そしてその親が子を生んだ理由、それは魔石の吸収だった。
魔石の吸収は魔物の成長に最も効率が良く、その親もそれが狙いだった。
そんな訳でそのスライムは生まれた直後に親に襲われたのだが、感覚で生み出した水魔法が親に運良くクリーンヒットしたことで逆に親を倒してしまった。
きっと、生まれたばかりじゃ何も出来ないと親も舐めてかかっていた、というのもあるだろう。
それでも強さが上の親に、たまたま打てた魔法で生き残れたとなれば、相当運が良かったと言えるだろう。
それで、一躍そのスライムは親スライムの魔石吸収によって、生まれたばかりというのに森の中でまあまあの立ち位置につくことが出来た。
それからの日々もまた大変だった。
川を渡れば蛇が出る。
木に登れば鷹が飛んでくる。
地を這えばトカゲが忍び寄ってくる。
そんな中で必死に身のこなし、体の小ささ、水魔法で何とか凌ぎきったことは本当に凄い事だ。
時には蛇を倒してしまうこともある、波乱万丈な生であった。
そりゃあ、不意打ちだけれども。
それでも何度も死線をくぐり抜けた経験は、そのスライムを確かに強くしていた。
そんなスライムが魔素の高い濃度に引かれたのは、そこに大きな魔石があると思ったからで、当然さらなる力を求めていたわけだ。
不意に香った魔素の香りは、近くの森の広場からだった。
人里に近くはなるけれど、今はもう強くなったし、些細なことのように思えた。
人間など、おそるるに足りない。
そして、実際魔素の発生源に来てみればそこにはドラゴンの子供がいて、雰囲気からして殺し合いをしたことが無さそうで、純粋な目をしていた。
これは美味しい、他の奴に先を越されなくてラッキーだ。
まだ子供なのにそれ以上の魔素を感じるが、そんな事はどうでも良かった。
狼狽えているドラゴンに、スライムは初級水魔法“アクアボール”を放った。
連射を目的とした、使い勝手の良い魔法だ。
今までも助けられたし、今回もこれで押し切るつもりだった。
が。
そのドラゴンはあろう事か超初級風魔法なんぞで対応してきた。
しかもこちらの魔法の尽くを避けてみせると来た。
超初級で、初級を凌ぐのかと感嘆の意を示す。
自慢の魔法が躱されて少しイラッとしたけれど。
何とか躱している、という雰囲気で、このままいけそうだと思った。
ドラゴンも焦りから落ち着いてきたようだ、逃げられる前にこちら一気に攻めようか。
と、考えたところで。
ドラゴンの姿が消えた。
は?
いつの間に逃げた!?
どこだ!
なんだ今の急な加速は!
クソ、美味しいエサ、が……?
いや違う、後ろだ……!
この一瞬の逡巡が、命取りだった。
逃げないでくれよ、と直前に思っていたのがいけなかったか。
ただ必死に最期だけでも敵を捉えて、想った。
死にたく、ない……!
ドラゴンの拳はそんな想いを踏みにじって、無残にも振り下ろされた。
スライムの意識は、そこで途切れる。
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魔石。
それは、内臓のない魔獣にとっては記憶媒体で、思考ツールで、心臓のようなものなのだそうだ。
僕がスライムを殺した時、砕け散った魔石から漏れた魔素の光。
それはスライムの魂のようなもので、記憶やら想いやらが詰まっていた。
そしてそれは、スライムを殺した僕に流れ込んできたのだ。
流れてきた自分のではない記憶。
生きたいという想い。
僕の軽い覚悟は押しつぶされた。
「舐めてたよ、異世界」
なんてぼんやり自嘲気味に呟いて、自分のベッドから天井を見上げていた。
まぁ、そうだよな。
平和ボケした日本から来たんじゃこんなもんか。
やめてしまおうかな、魔法の訓練。
戦争になんて、行きたくないや。
殺しなんて、したくないや。
いや。
でも。
そんな決断をしたら僕の殺したスライムは、なんのために死んだというのだろう。
害であったから?
命の重さを僕に伝えるために?
いいや。
きっと、これから前に進むためだ。
決めるんだ、覚悟を。
今度こそ、真剣に。
この世界じゃ、命は軽く扱われてそうだ。
でも。
だからこそきっと大切にしなくちゃな。
ふう。
よし!
しんみりするのはやめよう!
前を向こう!
出来ることからやって行こう!
手の広がる範囲は狭いけど。
大した力も無いけど。
いつか、スライムを殺した事が僕の力になるように。
いつか、僕を助けてくれたアヴリルに恩返しができるように。
やってやる!